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○漫遊記目録

 ○壹之巻

 ○若狭(わかさ)の国(くに)の孝女

 ○屁(へ)ひりのおきな

 ○龍石(りゅうせき

 ○野守(のもり)むし)

 ○連哥(れんが)詠(よむ)を聞(きゝ)て狸(たぬき)のわろふ

 ○貮之巻

 ○哥(うた)ぬすびと

 ○抱守(こもり)主の児(こ)に代り死(しす)

 ○梅(むめ)が代(しろ)といふ香(かふ)の名(めい)

 ○鴬(うぐいす)の巣にほとゝぎす

 ○三之巻

 ○文月(ふみずき)のひかり物(もの)

 ○蜜(みつ)の蜂(はち)となる

 ○江戸(えど)根岸(ねぎし)にて女(おんな)の住居(すみか)を求(もとむ)る)

 ○蝶(てふ)に命(いのち)取(と)られし人(ひと)

 ○四之巻

 ○浪花(なには)の富人(ふうじん)きつねの児(こ)を得(え)る

 ○ひとを頼(たの)みて飛入(とびいり)し雁(かり)

 ○五之巻

 ○男(おとこ)を恋(こひ)て死(しゝ)ける女(おんな)

 ○寝言(ねごと)をいふ癖(くせ)

 ○  以上

 ○    目録終

 漫遊記巻之壹

                          綾足著

                                       

  ○若狭(わかさ)の国(くに)の孝女(こうじょ)

 若狭(わかさ)の国三方郡早瀬(くにみつかたこほりはやせ)といふ所(ところ)に、いとまづしくて住(す)む女(おんな)有(あり)ける。名(な)を糸(いと)とよびて、舅(しうと)の年老(としおひ)たるにつかへて孝(かう)を尽(つく)したるぞ、ためしなきみさほになん侍(はべ)りける。此女(このおんな)十四の年(とし)より此家(このいへ)に来(きた)り、舅姑(ふたおや)のいとむずかしきこゝろにかなひ、おのずからなる憐(あわれ)みをかふむりけるが、姑(はゝ)は死(しゝ)て翁(おきな)独(ひと)りに成(な)りて後(のち)は、たよりなくおはすらんとおもいて、殊更(ことさら)こころを加えてつかへけるほどに、此舅(このしうと)七十年(ななそじ)にあまりて、老耄(らうもう)しけるにや、心(こころ)も愚(おろ)かになり、おさな児(ご)のごとく泣(なき)まどひ、朝夕(あさゆう)の給(た)べものなども、ときならぬものを好(この)み出(いだ)して、せんかたなき事(こと)度々(たびたび)なれども、此女(このおんな)少(すこ)しも翁(おきな)の言(いう)にたがわず、こころをつくしてまいらせける。

 ある時(とき)、冬(ふゆ)の最中(もなか)にて風(かぜ)つよく吹(ふ)きあれて、雨打(あめうち)しぐれ、海(うみ)の上(うえ)いちあらく、漁師(りやうし)どもも業(つとめ)におこたり、家(いへ)に篭(こも)りて居(を)りけるころ、此翁(このおきな)、「鮮魚(あたらしきうを)を給(たべ)ん」と云出(いいいだ)しけるに、あらざけき魚(うを)とては、此国(このくに)の海辺(かいへん)にはもとむべきよふもあらず。さりとて魚(うを)はあらずと、翁(おきな)に告(つげ)んも心(こゝろ)くるしければ、天地(あめつち)の神々(かみがみ)にいのりて、「いかにもして、あざらけき魚(うを)ひとつ得(え)さしめ給(たまへ)」と祈(いの)りけるに、其現(そのしるし)もあらず。さらども、海辺(かいへん)に立出(たちいで)て見(み)ば、いと寒(さむ)き朝嵐(あさあらし)にふかれて、広(ひろ)き磯辺(いそべ)をあなたこなたとさがし求(もと)むれど、鱗(うろこ)あるものとてはなし。「こは我心(わがこゝろ)のきたなく侍(はべ)るによりて、神(かみ)の申ことをきこしめさぬらん。今はせんかたなければ、いかにもして翁(おきな)をいひなだめ、空(そら)のけしき海(うみ)にさまのなほりなん時(とき)を待(また)ば、鱗魚(なまうを)すこしにてもなきこともあるまじ。それまでは、ともかうも物(もの)こしらへてまゐらせん」と、泣々(なく/\)家(いへ)にかえれば、翁(おきな)罵(のゝし)りてさけびて、「鱗魚(なまうを)喰(くわ)む/\」とぞ泣居(なきい)ける。此女(このおんな)ちかく居(い)よりて、翁を撫で(なで)さすり、「唯今漁夫(たゞいまりやうし)どものふね多(おゝ)くしたてゝ、釣(つ)りに出て侍(はべ)れば、此夕(このゆふ)なぎにはあらざらけき魚(うを)あまた得(ゑ)て帰(かへ)りなむ。まづ朝食(あさげ)は心(こゝろ)よく参(まい)りて、暮(く)れを待(また)せ給(たま)へ。よき物(もの)こしらへ置(おき)てさむらふ」とて、干魚塩魚(ひうをしほうを)など、よきさまに作(つく)りて進(すゝ)めければ、「さらば夕食(ゆうげ)にはたがひなく、真魚(さかな)とゝのへ給(た)べさせよ」とて、朝食(あさげ)はよく喰(くひ)たり。女(おんな)いとうれしくおもひて、翁(おきな)のいばりにてぬれけがれたる衣(ころも)を解(とき)て、「今(いま)が間(あいだ)に洗(あら)ひて、あぶりほして着(き)せまいらん。是(これ)めせ」とて、おのがきるものを着(き)がへさせ、かのくさき衣(ころも)を井(い)のもとへ持出(もちいで)て、そゝぎ洗(あらひ)けるに、鳶(とび)のかけり来(き)て、何(なに)かあらん目(め)のまへに取落(とりおと)しけるに、魚(うを)のいまだ生(いき)てあるが、おどりめぐるなりける。いと嬉(うれ)しくてとらへて見(み)れば、二尺(にしやくばかりのめじろといえる魚(うを)なりける。只夢(たゞゆめ)のやふにおぼえて、持(もち)かへりてさま%\に調(ちやう)じまいらせければ、翁(おきな)はかぎりなくよろこびける。抑此女(そもこのおんな)の翁(おきな)にるかへ孝(かう)を尽(つく)しけることに、神(かみ)々のめでさせ給(たま)ふと覚(おぼ)へけること、あまたありける中(なか)に、此事(このこと)を専(もっぱ)らに人云(ひといゝ)はやしけるほどに、終(つい)に国守(こくしゅ)のきこしめして、いとあつく録給(ろくたまは)りていたわり給(たま)ふ。其後(そのゝち)、此翁身(このおきなみ)まかりても、是(これ)をまつり仕(つかう)るに、生(いけ)る時(とき)にまさりて、ねんごろにきこへける。此女今四十年(このおんないまよそじ)ばかりに成(なり)て、其所(そのところ)に住(すみ)て侍(はべ)りとなん。

  ○尼ひりの翁(おきな)

加賀(かゞ)の金沢(かなざわ)より、折(おり)々京(きやう)に往(ゆき)かよう商人(あきうど)のありけるが、都(みやこ)の風俗(ふうぞく)になれて、うたひ舞(まひ)おどるあそびごとよりはじめて、世(よ)に人(ひと)の面白(おもしろ)きといふほどのことに、身(み)をやつし侍(はべ)るほどに、商物(あきない)のことにはあらで、人(ひと)にたばかられて多(おゝ)くの宝(たから)をうしなひ、今(ま<ママ>)は古郷(こきやう)にもかへりがたく、浪花(なには)の方(かた)にくだりて、相知(あいし)れる人(ひと)のもとに立入(たちいり)て、月日(つきひ)を送(おく)るほどに、此浪花(このなには)に富栄(とみさか)へたる福人(ふくじん)の子(こ)、彼男(かのおとこ)をおもしろき人(ひと)なりとおもひて、何(いづ)くへも伴(ともな)ひ行(ゆき)て遊(あそ)びける。其群(そのむれ)の中(なか)に、きわめて人(ひと)のにくむ男一人(おとこひとり)ありけるが、恥(はぢ)かゝせんとて、屁(へ)ひる薬(くすり)をひそかに酒(さけ)に入(いれ)て呑(のま)せけるに、形(な)りありさまにも似(に)ず、屁(へ)ひりまわりければ、終(つい)にあしき名(な)の高(たか)く聞(きこ)へ、自(おのづか)ら恥(はじ)らひて身(み)しりぞきける。是(これ)はかの富人(ふじん)の子(こ)が、加賀(かが)の男(おとこ)におしえてさせたるなり。それはいかなる薬(くすり)ぞといへば、濁(にご)れる水(みづ)の上(うへ)にたゞよひ侍(はべ)るあはをとりて、日(ひ)に乾(かわかし)、石(いし)のごとく成(な)るを粉(こ)にして、酒(さけ)にまじへて呑(のま)せぬれば、屁(へ)に絶(たへ)ずしていかなるいみじき所(ところ)にても、あからさまに屁(へ)のどよみ出(いづ)るなりけり。此加賀(このかゞ)の男(おとこ)、めでたき薬(くすり)かなと覚(おぼ)へける。

其後(そのゝち)さいわひのことありて、古郷(こきやう)に帰(かへ)りけるに、親(した)しき一門旧(いちもんふる)き朋友(ともどち)うちよりて、酒(さけ)のみてあそびけるに、日比参(ひごろまい)りかよへる武家(ぶけ)よりも、彼男(かのをとこ)の国(くに)に帰(かへ)りしことぶきをのべんとて、二三人の侍達(さぶらひたち)かの家(いへ)に来(きた)り、ともに酒酌(さけくみ)あそびける。扨(さて)もかの男(おとこ)、都(みや)にてならひ得(ゑ)し屁(へ)ひりのくすり、かくすべきことにもあらねば、日頃(ひごろ)したししく参(まひ)りつかふるかたにて、「かゝる品(しな)ころ屁(へ)ひりの薬(くすり)にて、其(その)功(かう)いちじるし」と語(かた)りきこへ置(お)きけるに、いつの間(ま)にか、かの武家(ぶけ)に其(その)薬(くすり)を調(とゝの)へ置(お)きて、此(この)席(せき)にもて参(まい)り、人(ひと)知(し)れず酒(さけ)に調(てう)じ合(あわ)せ、彼(かの)男(おとこ)に、「此(この)酒(さけ)ひとつのみて、さるうへにて都(みやこ)の風俗(ふうぞく)ひとふしうたひてよ」とあるに、何(なん)のこゝろも付(つか)ずのみほしぬるに、人々(ひと%\)も皆酔(みなよひ)て上下(せうか)打交(うりまじ)り、男女(なんにょ)入り(いり)みだれ、「いざ舞(まえ)。いざうたへ」と責(せめ)られて、此男(このおとこ)立上(たちあが)り「さらば一手(ひとて)仕(つかふ)まつらん」とて、扇(あふぎ)を打(うち)ひらきて立(たつ)に、「まづあやしき音(おと)ぞひゞき出(いで)けるに、「こはいかに」といふほどに、唯(ただ)竹(たけ)などを打(うち)破(わる)音(おと)のさまにて、ほとゝ響(ひゞ)き、どゝと鳴(な)りてひり出(いで)たるに、いとくさき香(か)の満(み)ちわたれば、「是(これ)はいかなるあやまちぞ。けしからずや」といふ人(ひと)のあるに、おのれもあきれて逃出(にげいで)る。人々(ひと%\)どよみ笑(わら)ひて、扨(さて)又酒(さけ)になりけるほどに、其中(そのなか)にいさかひ出来(いでき)て、太刀(たち)を抜(ぬ)きはなち、ひた切(きり)に斬殺(きりころ)すほどに、その席(せき)に侍(はべり)ける人(ひと)、あるひは命(いのち)を失(うしな)ひ、かの男(おとこ)いたく屁(へ)ひりたるに恥(はぢ)て逃帰(にげかへり)しかば、幸(さひわひ)に此難(このなん)をのがれににける。もし此席(このせき)にありたらんには、いかなるめにかあひ侍(はべ)らむ。

扨後(さてのち)、此男(このおとこ)おもひめぐらずは、「おのれ都(みやこ)に往(ゆ)きかよひてよくつとめ、業(なりはひ)のみに日(ひ)を過(すぐ)さば、かゝるくすりのあることもしらじ。薬(くすり)をしりたればこそ人(ひと)にもおしえつれ。おしえ侍(はべ)ればこそ、我(われ)にのませ給(たま)ひたれ。のみたればこそ恥(はぢ)らひて逃(のがれ)つれ。逃(のがれ)つればこそ、わざわひはまぬかれたれ。是(これ)をよしあることとは申(もふす)ならめ。只(たゞ)此(この)薬(くすり)は我(わが)命(いのち)の親(おや)なり。我(わが)ためには水(みづ)のうたかたには侍(はべ)らず」とて、命(いのち)長(なが)く活(いき)て屁(へ)ひりの翁(おきな)とはいわれけるとなん。

   ○龍石(りゅうせき)

大和(やまと)の国(くに)上品寺(じゃうほんじ)といふ里(さと)にあそびける時(とき)、ある人(ひと)物語(ものがたり)せしは、我(わが)従弟(いとこ)は高取(たかとり)といふ城下(じょうか)に、土佐(とさ)といふ所(ところ)の者(もの)なりしが、久(ひさ)しく音信(おとづれ)のなかりければ、行(ゆき)て訪(とむらは)んと、比(ころ)は六月中旬(なかば)ばかり、いとあつき時(とき)なれば、朝(あさ)七つの時(とき)より立出(たちいで)て、日出(たちいで)て、日出(ひいで)ぬ間(ま)といそぎ行(ゆ)くに、はや三里(さんり)ばかりもきたりぬれば、「夜(よ)の明(あけ)んころはかしこに參(まい)り著(つく)べし」とおもひて、いよ/\道(みち)を急(いそ)ぎゆくに、かの従弟(いとこ)の元(もと)へは今五丁ばかりに成(な)りて、やう/\東(ひがし)の空(そら)しらみ、「はやくも来(きた)りぬ。少(すこ)し休足(きうそく)せばや」とおもへど、このほとり皆(みな)芝原(しばはら)にて、朝露(あさつゆ)深(ふか)く置(おき)ければ、座(ざ)しかねてそこら見(み)めぐるに、草(くさ)の中(なか)により程(ほど)なる石(いし)のあるを見出(みいだ)し、「是(これ)に腰(こし)かけて休(やす)まん」とおもへど、蚋(ぶと)などの多(おゝ)からんことをおそれ、そと立寄(たちより)て手(て)を打(うち)かけ引起(ひきおこ)すに、形(かたち)よりはいとかろく、大(おほ)きさは二尺(しゃく)ばかりにて、鈍色(にびいろ)の石(いし)也、是(これ)をいだきて道(みち)の真中(まんなか)にすへ、手拭(てぬぐひ)を出(いだ)して石(いし)の上(うへ)に打(うち)しき、扨腰(さてこし)かけたれば、此(この)石(いし)やわらかにたわむさまにて、衾(ふとん)などの畳(たゝみ)たるうへに居(すわ)りたる心地(こゝち)しぬれば、「こはあやし」とおもへど、やわらかなる石(いし)の有(ある)べくもあらねば、其儘(そのまま)に尻(しり)かけて、火(ひ)を打出(うちだし)てたばこくゆらせ、稲(いね)どもの心(こゝろ)よく青(あを)みたるを詠がめ、しばし休(やす)らひ居る間(ま)に、東(ひがし)のかたに朝日(あさひ)の高(たか)くさしのばれば、「いざ歩行(あゆまん)」とて、立(たち)て二町(にてう)ばかり行(ゆく)に、汗(あせ)のながれてあつく覚(おぼ)えぬれば、清水(しみづ)の元(もと)に立(たち)よりて、皃(かほ)などあらひ侍るに、何(なに)となくくさき香(かほり)の絶(たへ)がたく、よく/\正(たゞ)し見(み)るに、先(さき)に石(いし)のうへにおゝひたる手拭(てぬぐひ)に、深(ふか)く染(そみ)たる香(かほり)なり。 「これは何(なに)に似(に)たる香(かほり)ぞ」とおもふに、小〓(くちなは)のかほりにして、それよりもいとわろき香(か)の添(そ)ひたるなり。「こはけしからず」とあらひ落(おと)せど、中々(なかなか)ににほひは去(さ)らず。水(みづ)に入(いり)ては猶(なを)くさき香のつのりて、頭(かしら)にとほりて覚(おぼ)えければ、其(その)手拭(てぬぐひ)を捨(すて)て立(たち)のきけれど、手(て)もからだもくさく成(な)りて、しのびがたければ、「こはあさまし。はやく行(ゆき)て、湯(ゆ)あみせん」と、道(みち)を走(はし)りて従弟(いとこ)の許(もと)へ行(ゆき)つれば、皆円居(みなくるまざ)になりて中飯(ひるめし)を給(た)べけるが、主(あるじ)のいわく、「久(ひさ)しく見(み)へ給(たま)はざりしに、かかるあつき時節(じせつ)に、暁(あさかげ)には来(きた)り玉(たま)はで、日盛(ひさかり)には何(なに)しにおはしけるぞ」といふに、此男聞(このおとこきゝ)て、「今朝寅(けさなゝつ)より家(いへ)を出(いで)て、唯今(たゞいま)ふもとにて夜(よ)の明(あけ)てさふらへ。ぬし達(たち)も今朝食参(いまあさめしまい)るならずや」といへば、家内(かない)の人(ひと)みな笑(わら)ひて、「いづくに午睡(ひるね)して寝(ね)おぼれ給(たま)へる。陽蔭(ひあし)は未(やつ)の頭(かしら)にて、けふは昼飯(ひるめし)の遅(おそく)くて、唯今給(たゞいまた)べて侍(さむら)ふ」といふに、少(すこ)し怪(あや)しくなりて空(そら)を見(み)れば、実(まこと)にしかり。又暑(またあつ)きこと朝にてはなし。めしつれし下部(けらい)を見れば、是(これ)も唯(たゞ)あやしくおもへる顔(かほ)にて、「道(みち)にて何事(なにごと)もし給(たま)はざりし。唯(たゞ)火(ひ)を打(うち)てたばこ二吸斗(ふたすひばかり)して、いそぎ来(きた)りしに」と申に、家内(かない)の者(もの)面(かほ)を見合(みあわ)せ、「それは狐(きつね)にてこそあらん。山(やま)のふもとには狐(きつね)の多(おゝ)くありて、折々(おりおり)人(ひと)をまどはし侍(はべ)る」といへば、」いや/\、狐(きつね)とも覚(おぼ)えず。かう/\のこと侍(はべ)りて、その香(にほ)ひのいまに去(さ)らず。頭口(かしらくち)にとほりて大(おほ)きになやめり。湯(ゆ)あみせばや」といへば、主(あるじ)驚(おどろ)き、「夫(それ)はあしき目(め)に逢(あ)ひ玉(たま)へり。其石(そのいし)は龍石(りやうせき)とて、此辺(このへん)にはまゝありて、人(ひと)をなやます。その化物(ばけもの)は何(なに)ともしらねど、唯(たゞ)小〓(くちなわ)の香(か)の強(つよ)くしぬれば、所(ところ)のもの龍(りやう)の化(ばけ)てあるなりとて、龍石(りやうせき)とは申なり。是(これ)に触(ふれ)たる人(ひと)は疫病(ねつびやう)を煩(わづら)ひて、命(めい)を失(うし)なふ者(もの)多(おゝ)し。御心(おこゝろ)はいかに侍(はべ)る」といふに、忽(たちまち)身(み)あつく、頭(かしら)いたく苦敷(くるしく)なりけれど、かの従弟(いとこ)は薬司(いしや)にてありければ、心得(こゝろへ)て薬(くすり)を調(ちやう)じ、俄(にはか)に煎(せん)じ是(これ)を呑(のま)ませ、またからだに香(かほり)の止(とゞま)りたるには、洗(あら)ふ薬(くすり)を制(こし)らへてあらわせ、この此家(このいへ)にて疾臥(やみふし)なんもいかゞなればとて、其日(そのひ)の夕(ゆふ)がた、輿(かご)に乗(のり)て、うめきながら帰(かへ)らんとす。

又(また)主(あるじ)のいわく、「彼(かの)休(やす)み給(たま)ふ所(ところ)をよく見玉(みたま)へ。かならず其石(そのいし)は有(ある)まじきに」と云(いう)。下部共(しもべども)心得(こゝろへ)、「彼石(かのいし)は道(みち)の真中(まんなか)にこそありつれ」と、行(ゆき)て見(み)るに更(さら)になし。「人(ひと)のとりのけしにや」とさがしもとむれど、元来(もとより)石(いし)ひとつもなき芝原(しばはら)なれば、あるべきやふなし。「扨(さて)は化(ばけ)ものにてありけるぞ」と、おそろしかりけるに、かの下部(けらい)、「我(われ)は下人(げにん)にてあれば、腰掛(こしかけ)べきものもなく、大地(つち)に座(ざ)してありけるゆへ、此(この)化物(ばけもの)にはふれざりける」と幸(さいわい)得たる顔(つら)つきして帰(かへ)りける。

此男(このおとこ)八月の末(すへ)まで病(やみ)けるが、やう/\愈(いへ)て、其後(そのゝち)は、家内(かない)に示して、「山(やま)に行(ゆき)て、必(かなら)ず石(いし)に腰(こし)かけそ」と、おしへけるとなん聞(きこ)へし。

   ○野(の)もりといふ虫(むし)

信濃(しなの)の国(くに)松代(まつしろ)といふ所(ところ)の山里(やまざと)に、力強(ちからつよ)き男(おとこ)あり。角力(すまふ)抔(など)よくとりて、人(ひと)皆(みな)おそれあえり。みな月の比(ころ)、此(この)男二人連(おとこふたりづれ)にて山(やま)に入(いり)、柴(しば)かりて帰(かへ)りたるに、山水(やまみづ)の流(なが)れ落(おち)ぬる細道(ほそみち)を行(ゆく)に、一人(ひとり)の男(おとこ)は先(さき)に立(たち)て行(ゆ)き、彼(か)の力(ちから)つよき男はあとに立(たち)て、刈(かり)たる柴(しば)を竹(たけ)にゆひ付(つけ)、さしかたげて下(くだ)りけるに、何(な)にかあらむ、やわらかなるものをふみたる心地(こゝち)のしけるに、忽(たちま)ち真葛原(まくずはら)さはぎ立(たち)て、桶(おけ)の丸きほどなる、〓(くちなは)の形(かた)ちしたるが起(おき)かへり、足先(あしさ)きよりくる/\と巻(まく)と覚(おぼ)ゆるに、其(その)頭(かし)らは犬(いぬ)よりも大(おほ)きく、眼(め)の光(ひか)りすざましく、此(この)男(おとこ)の咽(のど)を喰(くわ)んと首(くび)をさしあげむかいたり。

かの男したゝかなる力雄(ちからを)なれば、ことともせず、「是(これ)はうはばみにてあらん。いで口(くち)より引(ひき)さき捨(すて)ん」と、荷(にな)ひたる柴(しば)をはなち、左(ひだり)の手(て)をのべて下(した)の腮(あぎと)をひしととらへ、右(みぎ)の手(て)にて上(うへ)のあぎとをにぎり、引(ひき)さかんとするにかなはず。鎌(かま)は持(もち)たりしかど、先(さき)なる男(おとこ)の腰(こし)にさゝせたれば、声(こへ)を揚(あげ)て、「鎌(かま)よ/\」といへど、そこらにはおらず。此(この)先(さき)の男(おとこ)は力(ちから)なき者(もの)にて、此(この)ていを見(み)るより、傍(そば)なる松(まつ)の木(き)にかきのぼり、身(み)をちゞめて見(み)居(い)たるに、「かまよ/\」といへば、木(き)のうへに居(お)りながら、腰(こし)なる鎌(かま)を抜(ぬ)きてなげおろしたり。それを彼(かの)力(ちから)つよき男(おとこ)ひろいとりて、足(あし)にて下(した)の腮(あぎと)をふみかため、左(ひだり)の手(て)にて上(うへ)の腮(あぎと)をもちかへ、右(みぎ)の手(て)に鎌(かま)を握(にぎ)り、声(こへ)をかけて、口(くち)より咽(のど)の元(もと)まで二尺(しゃく)ばかり切(きり)さくに、此〓縄(このくちなは)くるしくやありけん、巻(まき)しめし尾先(おさき)をゆるめ、惣身(そうしん)を以大地(もつてだいち)を叩(たゝくこと五六度(ど)、其響(ひゞ)き木(こ)だまにこたへてすさまじ。扨鎌(さてかま)を取直(とりなお)し、三つ四つにきりはちぬ。

此物首は常の小〓(くちなは)のごとくにて、足(あし)は六所(むところ)にありて、指(ゆび)もまた六(む)つなり。長(たけ)は壷丈余(あま)りにして、まわりの太(ふと)き所(ところ)は桶(おけ)ほどもありて、頭(かしら)と尾(お)のかたははるかに細(ほそ)し。その頭

(かしら)と尾(お)も谷(たに)の中(なか)へと打込(うちこみ)、中(なか)にもふとき所(ところ)を柴(しば)と共(とも)に荷(にな)ひ持(もち)て、けふのほまれを親(おや)にも見

(み)せ、所(ところ)の者(もの)にも驚(おどろか)さんと、いさみて帰(かへ)りける。

親(おや)は年老(としおひ)いて家(いへ)に臥(ふし)たりけるが、待(まち)わびて、「いかにけふはおそかりし」といふに、しか%\のこと物語(ものがた)り、「是見玉(これみたま)へ」とて、かの一切(ひとき)れの丸(まる)き肉(にく)をとり出(いだ)せば、親(おや)おどろき、「あしきことを為(なし)つるものかな。是(これ)は山(やま)の神(かみ)にてこそあらん。かならずたゝりを蒙(かふむ)るべし。我子(わがこ)とはおもはじ。家(いへ)にも入(い)れず」と、追出(おひいだ)しけるほどに、此男(おとこ)は、「ほめられんとて持帰(もちかへ)りしに、おもひの外(ほか)に侍(はべ)るかな。何(なん)の山(やま)の神(かみ)ならんや。人(ひと)を喰(くわ)んとするものは、たとへ山(やま)の神(かみ)にても命

(いのち)をとるべし。我(わが)ほまれを嘖り給ふは、我(われ)も親(おや)とはおもはじ」とあらそふ中(なか)へ、村長来(しやうやきた)たり合(あわ)せとやかくいゝなだめ、こと納(おさま)りたり。扨其切(さてそのきり)たるを見(み)んといふ人多(ひとおゝ)く、あなたこなたへ遣(つかは)しけるに、二三日の中(うち)にいとくさくなりければ、今(いま)はうるさしとて捨(すて)たりけり。此男(このおとこ)もくさき香(かおり)のうつりて、着

(き)たる物(もの)どもをぬぎすてけれど、更(さら)にそのうつり香(が)のやまで、頭(かしら)いたくなやみ臥(ふし)たりけるを、医師(いし)をむかへ薬(くすり)を乞(こ)ひて、沐浴(ゆあみ)しければやう/\に止(や)みたり。此医師(このいしや)の云(いゝ)けるは、「是なん老〓の類(たぐ)ひにはあらず。野守(のもり)といへる虫(むし)なり。井(ゐ)に生(せうず)る虫(むし)を井守(いもり)といゝ、家(いへ)に生(せうず)るを家守(やもり)といゝ、野(の)に生(せうず)るを野守といふ」よし語(かた)りけるとなん。

扨此男(さてこのおとこ)、三年斗後(ばかりのち)、国守(くにのかみ)より禁(きん)じ置

(おか)れたる山(やま)にいりて、木(き)を盗(むす)みたることの顕(あら)われて、捕(とら)へて首(くび)を切(きら)れけり。是(これ)は野守のむしの仇(あた)したるなりと、人々(ひと%\)いゝはやしけるとなん。

  ○連哥(れんが)詠(よむ)を聞(きゝて)狸(たぬき)の笑(わらいし)

世(よ)に化物(ばけもの)の出(い)づるなどいふこそ、彼(かれ)も是(これ)も人(ひと)の物(もの)がたるを耳伝(みゝづて)にいへど、自(みづか)ら其化物(そのばけもの)にあひつるといふものがたりは必(かなら)ずなきことなり。物(もの)に書付(かきつけ)て侍(はべ)ることも、おのれかゝるものを見(み)しとて書(かき)しはなし。さはいへど、なきことは世(よ)には伝(つた)へじ。

こゝにみづから三四人まで居合(いあわ)せて、其化物(そのばけもの)を見(み)つるといふものがたりしけるを聞(きゝ)しに、武蔵(むさし)の国(くに)のことなり。秩父(ちゝぶ)の郡鉢形(こほりはちがた)といふ処(ところ)は、古(ふる)き大城(しろ)のあとにて、今(いま)は民(たみ)の家村立(いへむらたち)さかへたれど、古(ふる)き堀(ほり)のあと、筑土(ついじ)などの跡(あと)も残(のこ)りて侍(はべ)るに、おのずから狐狸やうの物(もの)も住侍(すみはべ)るが、極月(しはす)のころ、或寺(あるてら)に人(ひと)あつまりて、夜(よ)ごもりに連哥(れんが)よみて遊(あそ)び居(お)りけるに、其友(そのとも)の中(なか)に口(くち)おそき男(おとこ)の侍(はべ)りて、おのれがつぐべき時(とき)にあたれば、久敷(ひさしく)かんがへいりて、めぐりのおそくなるに、おのづから夜(よ)も更(ふけ)わたりて、ゐなかなればあるじ客(きやく)あしらいもふつつかにて、火灯(ともしび)の影(かげ)もうすくなり、いろりの炭(すみ)も大(おほ)かたに消(きへ)て、いと寒(さむ)くなりまさるに、「今夜(こよひ)は一折(ひとをり)にてやめん」といへど、「夜(よ)ごもりによむべしとて、あつまりたるに、朝烏(あさがらす)の鳴(な)くまではかへらじ」といひしこる友(とも)どちのありて、二(に)の折(おり)をよみかけて、又一めぐり二巡(めぐ)りつけゆくに、彼男(かのおとこ)の場(ば)にあたりてかんがへ入けるが、「おもての見(み)わたしよからず。次句(つぎく)の意(こゝろ)ばへいかゞ」などいひかへされて、とかくにかんがへわづらひて侍るに、口(くち)ばやくいひつぎて渡(わた)しける友(とも)がらは、ねむたがりて、次(つぎ)に立(たち)て、打(うち)ねぶるもあり、或(あひ)は尿(ゆ)ばりに立(たち)などして、人(ひと)げもすくなく、かの火桶(ひおけ)どもはひえかへりて、八ッ過(すぐ)る頃(ころ)にも侍らむ、夜嵐(よあらし)いと寒く吹(ふき)わたる音(おと)のするに、かれが口おそくかんがへわづらひたるを笑(わら)ふにや、いづくともなく老(おひ)たる声(こへ)にて、「はゝ」と笑ふ音(おと)す。

はじめは、友だちどもの次(つぎ)の間(ま)よりわらふとおもひ居りしに、打かさねてしり高(たか)にどよみ出(いで)、いと高(たか)く笑ふに、誰(たれ)なりと見れども、みな打(うち)しづまりて居(い)たれば、あやしと見るに、よく聞(きけ)ば、火桶をうめたる板敷(いたじき)の下にて笑ふなり。「こはいかに」とあきれてよくきけば、人にもあらぬ声(こへ)なり。「狸(たぬき)ならむ。狐(きつね)ならん。何にもあれ見あらはさむ」とて、人みなよりて其(その)火桶をぬきて見れば、いと黒きけものゝ犬ほどなるが、飛上(とびあが)りて、先(まづ)火をばふきけして、本堂(ほんどう)のかたへさして走り行しとおぼゆるに、人みなおどろきさはぎて、俄(にはか)に火をともして打殺(うちころ)すべきかまへして、てんでに棒などひつさげて、此方(こなた)かなたと見るにさる物は見えず。戸もしめ垣(かき)も固(かた)めたれば、いづくへ行かむ所もなし。

人々かひなくて、「さもあれ、夜の明(あけ)ば見定めん」とてあとをばよくさしかため、火桶などももとのごとく取入(とりいれ)て、火をてらし立て、皆一所(みないとところ)に寄り集りてあるに、彼男(かのおとこ)は化物にわらはれつることのいとくやしく、「おのれ、朝にならば此(この)むくひせむ。人々(ひとゞ)力を加(くわ)えてたべ」とて待程(まつほど)に、夜も明行(あけゆけ)ば、隅(すみ)々までみえわたるを待て、かの仏(ほとけ)のおはすあたりをくまゞみれども、更(さら)になし。「是(これ)も化(ばか)したるならん」といひて、戸も格子(かうし)も押(おし)ひらきて侍るに、仏にそなえたる木の実どもは何も残らで、花瓶(くわびん)などは打みだれたるに、「さればこゝにかくれて侍りしものを、今すこしさがし見るべし」などいふを、仏もをかしくやおぼしけむ、頻羅果(びらか)の唇(くちびる)を打ひらきて、「はは」と大声(おほごへ)にわらひ出給(だしたま)ふに、人々打おどろき、魂(きも)よはき男はにげ去り、つよきは打すゝみて見るに、幾度(いくたび)も大声にて笑ひ給へば、「何にもあれ化物(ばけもの)なり。御首(みくじ)にもせよ、打叩きてみよ」とて、長(なが)き竿(さほ)を取出(とりいで)て打(うた)んとすれば、御首螺髪(らはつ)は、いと黒(くろ)きけものとかはりて、飛(とび)かけりて逃去(にげさ)りける。あはやといふ間(ま)に何国(いづく)へかまぎれうせぬ。

うちに有(ある)をさへもとめかねつるに、まして野(の)をさして逃出(にげいで)ぬれば、いづくもとめん方便(たより)もなく、寺(てら)の主(あるじ)をはじめ、彼にあざむかれたることを口おしくおもへど、とらへどころなきことなれば、其事(そのこと)をたゞ云(いゝ)のゝしりて止(やみ)けり。「さても螺髪に化(ばけ)て居つる。毛の色(いろ)黒かりしかば、狐にあらず、狸なりけるよ」と口さがなく云のゝしれど、深(ふか)く狸がたはぶれには逢(あひ)けるなり。みなうちよりて、其跡をかきはらふとて見れば、仏の御手(みて)にはいとくさき糞(くそ)をたれかけておきつるぞうたてかりき。

彼笑われたる男は、とにかくに其(その)ことをいひ立られて、口おそきことの名高(なたか)くなりしかば、みづからくやしく思ひて、連哥よむことはやみにけり。是(これ)は其席(そのせき)に居合(いあわ)せて、狸をかりまはしたる人々のいひけるほどに、人づての空(そら)ものがたりには侍らず。

 漫遊記巻之壹終

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漫遊記(まんゆうき)巻之貳

  ○哥盗人(うたぬすびと)

東(ひがし)の二条(にでう)に住(すみ)ける若(わか)き男(おとこ)の侍(はべ)りしが、両親(ふたおや)なくなりてより心(こゝろ)そゞろになりて、家業(かぎやう)のことどもは捨置(すておき)、唯(たゞ)そことなくうかれ歩行(あるく)ことをこのみければ、親族(しんぞく)どもいさめて、「さ有る心得(こゝろへ)にては家(いへ)をもうしなひ、終(つひ)に身(み)もほろぼすべし。かゝることも、必(かならず)ひとりにて侍(はべ)る故(ゆへ)なり」とて、兎角(とかく)に聞(きゝ)つくろひて、よき嫁(よめ)をむかへて侍(はべ)るに、しばらくさもせで居(お)りしが、よき家主(いへもり)こそ出来(でき)たりとおもふさまにて、此度(このたび)は遠(とほ)き野山(のやま)に至(いた)り、夜(よ)も泊(とま)りて、雨(あめ)などの降(ふ)れば、二日三日(ふつかみつか)も帰(かへ)らず、おのづから人(ひと)も見(み)すてゝ、家業(かぎやう)もうすくなるにまかせて、家(いへ)にあればよからぬことどもを聞(き)くとて、内(うち)には足(あし)もとめず出(いで)あるく。

嵐山(あらしやま)のさくら散(ちり)すぎて、小室(おむろ)の花(はな)よしといふさかり、一日も落(かけ)ず行(ゆ)きたりしが、或日(あるひ)、花(はな)の陰(かげ)にひとり立伏(たちふし)て遊びをるに、かたへに幕打(まくうち)まはして、よしありげなる女達(おんなたち)の、男(おとこ)たるものは童(わらべ)どもさへ遠(とを)くしりぞきて居(い)るに、たゞしめやかに酒汲(さけくみ)かはして、暮(くれ)なんまでとて、花(はな)の陰(かげ)を立(たち)さりがたくし給(たまふ)さまなり。いとゆかしければ、幕(まく)のほころびたるより目(め)をすこしさし寄(よ)せたるを、こしもとゝおぼしき女(おんな)の、はやく見付(みつけ)て、「さなのぞき給(たま)ふな。あらはにてこなたへ入(いら)せ給(たま)へ。くるしからず」ときこゆるに、かゝることには馴(なれ)たる奴(やつ)なれば、はゞからずいりければ、「よくこそ」とて、酒(さけ)すゝめ給(たま)ふに、はやゑひて声(こへ)おかしく哥(うた)などうたひ出(い)で、ふしもおかしくいひさはぎ、そら物語(ものがたり)まじへて盃(さかづき)の数(かず)めぐるに、女達(おんなたち)珍(めづ)ら敷(しく)聞(きゝ)なして、うちざゝめき給(たま)ふ中(なか)に、上座(ぜうざ)におはすかたの、年(とし)のほど二九あまりにも侍(はべ)らんと見ゆるが、主(あるじ)の君(きみ)ならむ、けだかく、にほやかにて、折(おり)々腰元(こしもと)の耳(みゝ)にさゝやき給(たま)ひて打(うち)ゑみし給(たま)ふに、こし元(もと)もうなづきなどす。彼男(かのおとこ)いよ/\そゞろに酔(よひ)ほこりて、声(こへ)を高(たか)くなして唱(うた)ひなどするを、彼(かれ)是(これ)好(この)みものし給(たま)ひて、いと珍(めづ)らかにしたまふさまなり。

夕暮(ゆふぐれ)にもなれば、花の下風(したかぜ)も打(うち)かほりて、夕影(ゆうかげ)のさやかなるに、彼君(かのきみ)のけはひも照(て)りそふばかりなるを、「かゝるあてやかなる君(きみ)も、又世(またよ)にはおはしけるよ」と、梢(こずへ)の花(はな)はなきものに思(おも)ひなしてあるを、こしもとども袖引(そでひき)て、「耳(みゝ)かし給(たま)へ」といふに、心(こゝろ)はやくさしよせたれば、「あしきことはあらじ。あすのゆふ暮(ぐれ)にかう/\して参(まい)り給(たま)へ。所(ところ)はそれの所(ところ)なり。かならずたがへ給はで、来(きた)り給(たまへ)よ」と聞(きく)より、唯(たゞ)夢(ゆめ)の心持(こゝち)して、「いづれの星(ほし)にあたりて、かくよきめを見聞(みきく)かな」と口(くち)にさへ出(いづ)るを、こしもと等(ら)、「かまへてひそかになし給(たま)へ」とてさゝやくほどに、「男(おとこ)ども御迎(おむか)ひに参(まい)りて侍(はべ)るを」とておそれげなる。扨日(さてひ)は暮(くれ)ぬ。「やがてかへらせ給(たま)ひて、明日(あす)の夕(ゆふ)なむ」ととり%\にいへば、男はまかり出(いで)ぬ。

又(また)の日(ひ)はとくおき上(あが)りて、「今夜(こよひ)はよき人(ひと)の御元(おんもと)に、哥(うた)よまぬ人(ひと)々をめすなり。われらも詠人(よみびと)にとられて侍(はべ)る」など、こと%\敷(しく)いひなして、かたちは、髪(かみ)よりはじめ、手足耳(たあしみゝ)のきわまでもかい洗(あらふ)に、湯(ゆ)は三度(さんど)まで入(い)りて、色(いろ)ありげなる人(ひと)となりて、衣(きもの)などはある程(ほど)のものとり出(いだ)して、すこしも新(あたら)しからんをゑり着(き)て、夕暮(ゆふぐれ)のまぎれにとありし、それのかどをさして走(はし)りゆくに、いひをしへしに違(ちが)はず。

さて臣(もみ)の木(き)の大(おほ)きなる、垂枝(たれゑだ)のいとくらきもとに、立(たち)かくれて侍(はべ)るに、折々かきならす琴(こと)の響(ひゞき)なども遠(とほ)からぬは、彼住給(かのすみたま)ふ御(おん)あたりにやなど、をしはからるゝに、門引(もんひき)ひらきてむかひいるゝ人(ひと)もなし。けさより昼(ひる)ばかりまで降(ふり)つる雨(あめ)のしたゝりは梢(こずへ)に残(のこ)りて、風(かぜ)のふきならすごとに、ひやゝやかにこぼれ落(おつ)るにぞ、肩裳(かたすそ)を濡(ぬ)らして、今(いま)や人(ひと)の出(いで)てむかへ入(い)るゝと立待(まつ(ママ))ほどに、暮(くれ)六ツの頃(ころ)になりて、女(おんな)のこは音(ね)にて、「おもてにそれの人(ひと)や立給(たちたま)へる」ときこゆれば、嬉(うれ)しくて、「さいつ時(とき)より參(まいり)て、此森(このもり)の雫(しづく)に立(たち)ぬれてさふらう」といらへすれば、「いとよし。今少(いますこ)しまたせ給(たま)へ」とて入(いり)つ。先(さき)の事(こと)は違(ちが)はざりけりと、たのもしくおぼへ、少(すこ)し心(こゝろ)も落居(おとしい)、かの濡(ぬる)るも何(なに)とも思(おも)はで侍(はべる)に、又更(またさら)に音(おと)もなし。月(つき)おそき夜半(よは)なればいとくらくて、「人(ひと)は見(みつけ)ねど、犬(いぬ)や吼付(ほへつき)なん」とおもひおそれて居(い)たりける。

さて戌(いぬ)の時過(ときすぐ)る頃(ころ)、守(まもり)の鼓(たいこ)のきこゆるに、いよ/\心(こゝろ)せかれて、風(かぜ)のおとのさやと聞ゆるにも、耳(みゝ)かたぶけたり。さて待(まつ)に、おくの方(かた)よりしめやかに沓(くつ)の音(おと)して、鍵(かぎ)にやあらん、ころ/\と鳴音(なるおと)などもして、此方(このかた)に来(きた)る人(ひと)あり。「是(これ)なり」と思(おも)ふに、彼聞(かのきゝ)しれる声(こへ)して、「よく待(また)せつるかな。御上(おかみ)にはしづまらせ給(たま)ふに、やう/\人気(ひとき)も遠退(とほの)きて侍(はべ)れば」とて金戸(かなど)をひらき、手(て)を取(と)りて引入(ひきい)るゝに、常世(とこよ)の洞(ほら)にいざなはれし人(ひと)の心(こゝろ)もかゝりけむと、胸打(むねうち)さわがれ、花(はな)のかりむくる林(はやし)をめぐり、水鳥(みづどり)の立(たち)さはぐいけの辺(ほとり)を行(ゆく)と思(おも)ふに、泥(どろ)の高(たか)くふみあがるに、裳(すそ)を高(たか)くまきあげたれど、かのよくとき洗(あら)ひし脛(はぎ)なれば、はづかしからず。又石(またいし)をつたひゆく所(ところ)の侍(はべ)るに、沓(くつ)もしとゞになりつればぬぎ捨(すて)たり。又中門(またちうもん)の侍(はべ)るをも打(うち)こえて、から垣(かき)おもしろくしわたしたるに、山吹(やまぶき)の咲(さき)ひろがりて侍(はべ)るに、真砂のいと高(たか)く造(つくり)かまへたる家(いへ)の欄(をばしま)には、白(しろ)がねをのべて所(ところ)々はりまはしたるとみゆる。きざ橋(はし)のもとに至(いた)りて、女(おんな)は内(うち)に入(いり)て、しばしして、ゑぼしやうのもの、また上(うへ)のきぬなど見ゑ、白(しろ)きあさごろもにてあるをもち出(いで)て、「其御(そのお)すがたにては人(ひと)の見(み)とがむるを、是召(これめ)して此円座(このゑんざ)のうへにひざくみ、此箒(このはゝき)を前(まへ)に置(おき)て居(お)らせ給(たま)へ。若此(もしこの)あたりを官人達(くわんにんたち)の来(き)あわせ給(たま)ひて、何人(なにびと)ぞとのたまはゞ、我(われ)は散花(ちるはな)をおしみて、かくてさむらふ者(もの)なり、とこたへ給(たま)へ。後(のち)は此女(このおんな)がよきにはかり申さん。くらくしては人(ひと)もこそ見(み)とがむれ。燈(あか)しまいらせよ」とて、火(ひ)を前後(ぜんご)にいとあかくして立(たて)たれば、今(いま)は色(いろ)とれるこゝろもなく、「こははなやかなる忍(しの)びごとかな。うれしからず」とおもへど、せんすべもなくて居(を)るに、沓(くつ)を高(たか)く引(ひき)ならして、黒(くろ)きうへのきぬ着(き)たる人の、爰過(こゝす)ぎ給(たま)ふと見(み)えつるが、立(たち)どまり給いて、「それに候者(もの)は何者(なにもの)ぞ」ととがめ給(たま)ふに、「彼教(かのお)しへ給(たま)へるはこゝよ」とおもひて、「散花(ちるはな)を惜(おしみ)てかくさぶらふ者(もの)なり」といふに、「心(こゝろ)あるかな」との給(たま)ひて、かたほにゑみて過(す)ぎさせ給(たま)ふ。「先(まづ)よくもしたり」とひとりおもひてをるに、又彼方(またかしこ)より赤(あか)き上(うへ)のきぬ着(き)たる人(ひと)の、こゝ過(すぎ)させ給(たま)ふさまなるが、又立留(またたちどま)り給(たま)ひて、「それに侍(はべ)るは何者(なにもの)ぞ」との給(たま)ふ。「是(これ)は散花(ちるはな)をおしみてかくさぶらふ者なり」といへば、「こゝろ有(ある)かな」とのたまひ、ふりむきてほゝゑませ給へば、立(たて)わたしたる御かうしの内(うち)には、女達(おんなたち)のおはす所(ところ)も近(ちか)かりき。大(おほ)かたにあざむきつれば、今(いま)は来(き)て見(み)とがむ人(ひと)もあらじとおもひて居(お)るに、此(この)たびは青(あを)きうへのきぬ着(き)て、棒(ぼう)をもたせたる人(ひと)の間近く来りて、「かくさぶらふは何者ぞ」とのたまふ。「是は散花をおしみて、かくさぶらふ者なり」と申せば、「いと心あるかな。さは哥をこそよまん。一くさ仕れ。是にて聞べしや」とあるに、おどろき、「いかにこたへん」とあきれたるつらつきを、御かうしの内にはどよみ笑ふ声す。彼男は汗になりて、心には願を立、「一くさ詠み得させて給へ」といのるに、おそくなれば棒持たる男責て、「哥よみえずば、まぎれたる者なり。さいなみてや見侍らむ」などいふに、むねさはがれて身もふるひ出るに、「古き哥にもあれ、おもひ出ば、はし%\をかひなをして、いひ出むものを」とおもひめぐらすに、ゆやといふ謡物の中に侍るが胸にうかびたるを、「かゝるものゝ中に侍るは、高き人達は知り給ふまじ。故此所をのがれ侍らむ間なり」とおもひて、「詠み得て候」と申。「さらば詠め。聞ん」とあるに、春雨のふるは涙か桜花ちるを惜まぬ人しやはあると、唯其儘に打上たれば、「さてこそ盗人よ。彼方の御門より追出し侍らむ」とて、棒もちたる男が力を出して、頭より打べくす。彼男あわてゝ、「何もぬすみし覚へは侍らず。ゆるさせ給へ」とわぶれば、「今のよめりといふ哥は、大伴の黒主が哥にて、古今集にはえらまれたり。さらばおのれはうた盗人にあらずや。いで立々」とて、着たる物をはぎ取て追ば、あなた此方にげまどひて、こけまろぶさまを、女達みなの声して、今はつゝみなく高声に笑ひ給ふを、心もつかねば、「口おしき恋のあだ人どもなり」とおもひながら、いたくおはれたるに、植篭たる木の枝に顔をばつきやぶられなどして、やう/\に門の外に逃出たれば、金戸あらゝかにしむる音して、又内にはどゝと笑ふ声したり。

 「いとくるしや、狐のしたるなり」とおもひて、帯などもとけみだれたれば、むすばんとするに、ふところより白銀三つまでこぼれ出たり。「是ぞかの木の葉を以ばかしたるなり」と、ひとりごとして、たもとに打入てもちかへるに、猶も其おもりすれば、「是は石なり。狐の性見あらはさん」とて、やがて家にかへりて火を明くして見るに、猶違はず、白銀なり。「心ふかき奴かな。しからば物に入置て、あす見あらはさん」とて、いとくたびれたれば、「湯づけ給べん」といふに、妻の女は、常のことなれば、にくがりもせで、いふにまかせて寝させ、其夜は屡々寝おびれなどして、いたくうめき、朝になりてつとめておき出て、かの狐見あらはさんとて箱をひらくに、かはらず。「是は松の青葉にてふすぼらせたるには、たへずして化あらはすといふなれば、ふすべん」とて、竃にそなへたりしを引ぬきて火つけてけぶらすに、さらにかはらねば、此上は踏鞴にかけて見るばかりぞと鍛冶の家にいたり、「たゝらからむ」と、さわぎけると聞し。

   ○抱守主の児に代りて死

明和六年戊丑の年、水無月十一日のことなり。若狭国三方郡西津村といふ所に、小松原角左衛門と云者の娘、つなといひけるが、三方郡の刀称茂太夫と云者の家に仕へ、児の抱守して居りける。年は十四になんなりける。さて、ある日夕つかたに外に出て、主の子をば背におひて立あるき居に、病にあたりていとくるしげなる犬の走り来て、負へる子をくはむとす。たやすく逃べくもあらねば、主の子のみ大切におもひぬれば、はやく前にいだきとりて、懐におしかくしながらはらばひて伏しにけり。犬はおもふまゝに、其抱守が膊腹をくひやぶり、猶もくはむとするを、人のかけつけて扣けば、犬はにげさりぬ。さていたわりかゝへて主の家につれ行て、「いかにや」と問に、いとくるし気なり。「さても此子は何としてたすけしぞ」とゝへば、「おのれ御家に参りける時、親にてさふらふものゝ云教しへけるは、御愛子をいだき守りてつかへ奉らば、唯心を加へてかしづき奉れと聞きしことのみおもひて、日頃こゝろをっつくしいたわり奉りぬ。けふ犬の来りて喰んとせし程に、我身くわるべしともおもひめぐらさず、唯ふところにかくし奉ればあやまちはおはすまじと、おもひつきたるのみなり」と申す。扨見る内に身うちはれふくれて、くるしみける。人を仕立てゝ、かれが里なる親に告げやりて侍るに、小松原が妻きたりて、我娘の病は問で、先、「御愛子いかゞおはしませし。あたまちやしたまわざりし」と、問侍りけるぞいとみじかりける。

かくて医師をむかへて薬をもとめいたわりしかども、終に癒えず、秋になりて死にけり。主も我子の命の親なりといひて、厚くはふむりおさめけるに、国の守きこしめし、たぐいなきものにおぼしめされ、今年辛卯呑みなづき、其はふぶり所をあらため、街道のかたへ侍る西徳寺といふ寺の内の人目に付くに其墓を高くきづき、忠誠なる志のはじめ終りをば、つまびらかにしるし給ひて、「そのはか所をはき清めてよ」となん、仰せ下されしとなり。

  梅が代と云香の名

香をきくことを好める人、深く此道に惚れまどひて、人の世の中は、唯此香爐の中にあり。さるは聞、香悉能知といふことを常ごとにし、沈外といふ教をうけては、天が下の政ごとも此外をもれじなど、愚かにおもひまどえる人に、其友達の人語りけるは、「群芳譜といふ書の中に、苦棟樹に梅をつげば、又の年必黒き花をひらくといへり継で見たき物にぞ」といふを聞、何とも仕て見る癖なん侍るうへに、欲の心の深ければ、もし黒き花さかば、市に出してこがねにかふべしと、心の内に深くよろこべど、其苦棟樹といふ木のおぼつかなくて、所の物知りに問ひければ、「それはあふちのことなり」と申。「さる木はいづくに侍る成」ととへば、「玉水の里に多く侍りしと覚え申」と教ゆるに、「しからば玉水には我いとこの侍るに、今より参りて、先一木継て試み侍らむ」とて、俄に足結しめて、小走堤を南に走り、唯一時ばかりに行つきて、大汗をのごひてあるに、「何ごとにきたり給ふや。春日の御祭りにか」などいへば、「さることには参らず。御庭に苦棟樹や侍る。少し継穂して試みたき事の侍に、梅の穂もて参れり」といふに、「あまりにいそぎたりしかば、物知りのおしへたりし名はとく忘れたるなり。まことに苦棟樹にては侍らざりし」とて、頭をひねれどもおもひ出ず。

其日はおそくなりつれば、夜は泊りて、又の日の暁き、人を仕立て、かの物知りのもとえ問い遣りければ、あふちと書きてつるに、是なりしとて「あふちやもちておはす」といへば、「さる木も侍らず」といふ。「御庭にあらずは、此所のは多くある木なりと、京のもの知りのもふされたり。聞きつくろいてたべ」といへばあなたこなた問いあはせけるに、「此所のもの知りの申すは、あふちは柵壇のことにて侍る。苦棟樹と申名は聞もおよばずと申す也。いかに違ひて聞給へるならむ」といふ。

 さる所へ此里の医者のきたり合わせて、「苦棟皮といふ薬の侍る。其苦棟皮は黒き実のなりて、京わたりの女童は是にはねすげてつき給ふもくろじの成る木なり」と云。「その木爰に侍るや」といへば、「いな、さる木は侍らず」といふに、是も彼もいとまぎらはしくなりて、しばしまよひそが、「さるにてもかく参りて侍るに、先其栴壇にもあれ、あふちと心得て継ぎてみむ。御庭にや侍る」といへば、「栴壇ならばそれらの木はみなそれにて侍る。いずれえとも継ぎて見給へ」といふに、若木の一尺ばかりなる木の元を伐らせて、もて行し梅の穂をならびしまに/\継ぎて、「やがて黒き梅の花を見せ申さん」とて、其日も其所にやどり、「此木のかたへには童はべどもはよせてたべな」といひ頼みて帰えりしが、廿日ばかり過て、いかに侍らむ、見て来ばやとおもいて、珍らかなむものをみやげにして、「先づころのつぎ木、きかまほしくて、又下りさふらふ」といふに、主の聞て、「仰のごとく人とてはかたへにも寄ず、守りてさふらふに、はや十日ばかりにさきにみな枯て侍り。来る年の春つぎなをして見給へ」といふに、ちからなく、「さるにても其根の木をたべ」とて、自ら鋤もて行て太き根の所を挽切りて、もてかへりて、屋根に打上げてほしてをきたり。さて後、打切て是を焼に、おかしき一ふしのかほりしたければ、梅が代といふ名を付て、もちたりけるとなむ。

   ○鴬の巣に時鳥

江戸なる高橋といふあたりに、やんごとなき君の御別荘の侍るを、守りてありし人のかたり給ひき。やよいの末に木間深き所に、鴬のしば/\行かよひけるを見れば、巣をつくりおきて侍るなり。よきことしたり、是がひなを取りて養むと思ひて侍りしに、ある時ほとゝぎすのまだ鳴立ぬがひとつ飛来り、其巣のわたりをうかがふさましけるを、此方のかくれて見をるに、鴬は出て居ざりしかば、此ほとゝぎす心のまゝに巣をのぞき見て、まだかひごに侍るを嘴にくはへて、四つ五つはべりけるをひたのみにのみてけり。にくきやつかなとおもひてなを見おりければ、しばしありて、おのれが口よりいと赤きかひごを只ひとつ、彼巣に吐き入てとびさりぬ。是ぞかの鴬のかひ子の中のほと/\ぎすと、よめることならむとおもひて、此先いかにあらんと待に、やがて月のつごもりがた、ひゝと鳴声のしける程に、鴬は猶行かよいて養さまなり。卯月はじめにもなれば、からだのいと大きなるまゝに、巣にあまりて、巣には足をのみすえて立ち居たり。彼親とおもふ鴬よりみれば、はるかに大きなるを、さもかなしくするさまにて、小さき虫などくひもt5いて来たるに、子は大きなる羽をひろげ、ながき唇を打ひらきて、その餌をくはむとするに、鴬は我頭さへ口のうちにさし入りて、のまるべくすれば、後はすこしおそれてや、我はすのうへなる枝に居りて、ゑは落し入てくわせける。やう/\巣をはひ出るころになれば、うぐいすは先に木づたひて、時鳥をならはせけるに、羽もながくなるさまなれば、飛てや行かむと思ひて、やがて是を取てやしなひけるとぞ。

漫遊記巻之二終

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漫遊記巻之三

   ○文月末の夜の光物

明和の頃、文月すえの八日、いとあつかりしかば、我友どち来、「東山の高き所に行て涼まん。来ませ」とあるに行ける。其家は左阿弥とて、いとよき家にて、いづくえもなく見わたさるゝに、涼しき風も吹き入れて、人々心よく酒などのみてあるに、戌の時ばかりにも侍らむ、こゝにも麓にも人立さわぎて、「北のかたの山に火つきて、もえ出たり」といふに、欄に立出て見れば、北とおぼゆる空は、ひたすらにあかくなりて、家村のことにはあらず。高山の林どもに火付てもへのぼるならんと見ゆ。さていづくならん、倉馬の山かと見れば、すこし遠く、又若狭路の山にはまたちかしとて、とり%\いひさはぐ間に、かゞやく光りの幾条も立登りて、天のかぎりは南をさしてたなびきたるに、「こは火にあらず。天の気なり」といひ出るに、このっさきいかならむと、おもひはかられておそろし。さておかしかりける興もなくなり、みなかへりいなんとおもふ心のみにして走り出ける。かく赤き気の立のぼりしためしは、古き記にもみへ、近き御代/\にもありしこととて、物にもかきとゞめ、また、ちかきほどなるは、おぼへたる翁の物語に聞しが、いままのあたりに見ることいと珍らし。京の町々はことさらに立さわぎて、人は東西はせとをり、彼空のひかりなりと、すこしはさわぎも止みけれど、人皆立まじりて、いかなることぞとてさわがしく見る。我家にかへりても、是が末を見たくて、寝もせず見居るに、赤気は東の空にめぐるやうに見えて、彼光り出たる条もうすくなり行に、此まゝにてこともなく、消うすべくとおもひて、子二つばかりまでは起き居て、それより寝けり。扨其後、若狭の人の来りしに、きけば、「その日の酉の時ばかりより、うすくれなひに侍る気の、北の方に見えて侍るほどに、夕日の名残りにて侍るならむと思ひ居りしに、戌のかしらよりいと赤くなるまゝに、かのかゞやき出る条もいやまさりて侍りき。海のうへは只血をばそゝぎしやうなれば、北の海のさまを見むとて、舟を出し漕出て見れば、三里ばかりより此方のことにて、それより先へ何の気も見へ侍らず」と。又大和の人来るに、問へば、「彼空の赤くなりたるを見しより、国中の人立さはぎ、京は不残焼うせるなり。其中にいと赤く立ちのぼるひかりは、盧舎那仏の堂に、火つきたるなりとて、親族の京にある人は、それ問むとて、俄によそほひてはしり登らむかまへをす。又さもなきは、日の雨というものゝ降来て、生たるもの、限りは、のこらず滅する時なり。はかなくもおそろしき時ぞ来にける。是をのがれんには、土の室に隠るゝぞよきとて、古(いにしへ)より侍(はべ)る穴(あな)どもの中(なか)に、幾日(いくひ)も/\も隠(かく)れ居(い)て、給物(たべもの)の用意(ようい)なども、心(こゝろ)ぎたなくして、もちはこびつゝ、いとさはがし。是(これ)は他(ほか)の国(くに)にはなきことにて、大和(やまと)の国(くに)には、土(つち)の室(むろ)とて所々(ところ%\)に侍(はべ)るが、みないにしへに人(ひと)の住(すま)ひける所(ところ)なり。其(その)やうは、石(いし)にてかこみ、出入(でいり)の便(たよ)りよりはじめて、水(みづ)など流(なが)れ入(い)るまじき方便(たより)までも造(つく)りりたる儘(まゝ)にて、幾所(いくところ)も侍(はべ)るなり。夫(それ)を人伝(ひとつた)へていふ。むかし火(ひ)の雨(あめ)の降来(ふりきた)りし時(とき)、人(ひと)みな此穴(このあな)にかくれて、命(いのち)をのがれしなりと。又其火(またそのひ)の雨(あめ)のことは、書(ふみ)にもしかと記(しる)して侍(はべ)るといふ。実(じつ)に氷雨(ひさめ)と侍(はべ)ることを、耳伝(みゝづて)に火雨(ひさめ)と覚(おぼ)えつるぞことはりぞかし。さてかく鳴(なり)さはぐ間に、こともなきことなりとて、やう/\にしづまりし」となり。

其外東(そのほかひがし)は松前(まつまへ)の人(ひと)の語(かた)るも、同(おな)じ時(とき)同(おな)じやうなり。西(にし)は長崎(ながさき)の人のかたれるも、又しかり。唯加賀(たゞかゞ)の人(ひと)の語(かた)れるぞすこし異(こと)なり。それは、「其日暮(そのひく)れ六の頃(ころ)、黒(くろ)き雲(くも)の一むら海(うみ)のうへにたなびきて、赤(あか)き色(いろ)なる光(ひか)り、ほの%\と見(み)へけるを、夕日(ゆうひ)の影(かげ)のさし渡(わた)るにもあらず。鳴神(なるかみ)のひかりにてもなく、見(み)る中(うち)にやう/\夜(よ)に入て、彼光(かのひか)り出(いづ)る気(き)の天に登(のぼ)り海(うみ)にくだると見(み)しより、北斗南(ほくとみなみ)に立(たつ)」といふ。昔(むかし)よりかゝることのためしを、物知(ものしり)たる或翁(あるおきな)の、「われよく覚(おぼへ)て侍(はべ)る。是(これ)にたがわぬ気(き)の侍(はべ)りしとしは、稲(いね)よくさかえて国中(こくちう)ゆたかに侍(はべ)りしなり。甚(はなは)だよきことにて侍(はべ)りし」とかたりき。

  ○蜜(みつ)の蜂(はち)に成(なる)

吉野(よしの)の奥(おく)には蜜蜂(みつばち)といふ物(もの)をかひて、多(おゝ)くの蜜(みつ)をばとることをなせり。是(これ)を養(やしな)ひし人(ひと)のかたりけるは、まづ是(これ)をもとめむには、あるべくとおもふ山の木(き)をもとめあるきて、やう/\見出(みいだし)て是(これ)を取(と)らむとおもふ時(とき)、衣(ころも)をぬぎて、頭(かしら)よりはじめて、手足(てあし)のうらまでも、残所(のこるところ)なく蜜をぬりて行(ゆく)なり。さて其巣(そのす)をとらむとするに、蜂(はち)共多(おゝ)く飛出(とびいで)て、其人をさすとて身(み)にひしと取(とり)つけども、其蜜(そのみつ)の香(にほひ)をかぎ知(し)りて、おのれが友(とも)としおもふにや、少(すこし)もさゝずといへり。扨其巣(さてそのす)をば我家(わがいへ)に持(もち)かへり、蜜(みつ)のしたたりをとるに、便(たより)よき所(ところ)をはかりて物(もの)につりおけば、蜂(はち)はおのが住所(すみどころ)にさだめて、年々(とし)につくり広(ひろ)げて、後(のち)は釣鐘程(つりがねほど)の大(おほ)きさにもするなりといふ。

又其巣(またそのす)の中(なか)には正(まさ)に親(おや)としうやまふ蜂(はち)の侍(はべ)るにや、中(なか)のほどに住居(すみお)る一ツは飛出(とびいづ)ることもなく、穴(あな)もゆたかにして住(すむ)なり。口(くち)のかたはしのかたには、数(かず)も知(し)れず住居(すまい)て、朝(あさ)より夕(くれ)に至(いた)るまでは、おちこちに飛行(とびゆき)て、花(はな)の匂(にほ)ひを羽(は)がひに付(つけ)て、もてかへりて巣(す)の中(うち)に入るなり。是(これ)を巣(す)に侍(はべ)る蜂共(はちども)のくひてゆばりする、其(その)したゝるが蜜(みつ)なりといへり。よく馴(なれ)たるを見るに、飛行(とびゆき)たる蜂(はち)ども飛(とび)かへりて、巣(す)の穴(あな)にいらむとする時(とき)は、穴(あな)の口(くち)に大(おほ)きなる蜂(はち)どもの守(まも)り居(ゐ)て、かの花(はな)の匂(にほ)ひをもてこざるをば、せめにせめておひかえす也。すこしにてももて来(きた)らざるは、たやすく穴(あな)の中(うち)に入(いる)ることなしとぞ。実(じつ)によく物(もの)をおぼえてさふらふ虫(むし)なりといへり。さいへば、蜂(はち)の花(はな)につきてあるを見るに、みなその花(はな)の黄(き)なる匂(にほ)ひを、足(あし)につけて飛行(とびゆく)ものなり。是(これ)ぞかれらが役(やく)なりしよ。

又かの蜜(みつ)といふ物(もの)こそ、いとあやしきものになん。是(これ)を正(まさ)しく見来(みきた)りて、よく知(し)りたる人(ひと)の、よき蜜(みつ)を久(ひさ)しくたくはへてもてりしに、二重(ぢう)の蓋(ふた)をして侍(はべ)るに、事(こと)ありて、うへなる蓋(ふた)をこぢはなちたるに、下(した)なる蓋(ふた)をば喰(くひ)やぶりて侍(はべ)るにや、細(ほそ)きあなふたつまで明(あけ)て、是(これ)が中(なか)より、小(ちいさ)き蜂(はち)どものはひあがりて侍(はべ)るに、いとあやしがりて、そのふたをもひらきたれば、蜜(みつ)はかたまりよりて、其色(そのいろ)ながら皆(みな)かたまりて、巣(す)の穴(あな)になりて、高(たか)きひくき打重(うちかさ)なりて、其中(そのなか)には蜂(はち)の子(こ)のいくつもつきて侍(はべ)りしなり。又其底(そのそこ)なるは、ゆた/\としてたゞよへるに、半(なかば)より上(うへ)は、終(つひ)にはかはきて、残(のこ)りなく巣(す)になりたり。かへす%\もあやしきむしなり。

   ○江戸根岸(ゑどねぎし)にて女(おんな)の住居(すみか)を求(もとむ)

むさしなる江戸の春辺(はるべ)そ、いともにぎはいたる。松竹立渡(まつたけたてわた)すほども、他国(たこく)には、似ず。大(おほ)きなる、小(ちい)さき家(いへ)のかぎり、門(かど)は誰常葉木(ただときはぎ)の林をなせり。川(かわ)のいと広(ひろ)きに、行(ゆ)きかふふねどもゝ、春(はる)のかぎりにぎわしくしわたしたれば、見(み)るさへのどやかなる。根岸(ねぎし)と云所(いうところ)は北東(きたひがし)にあたりて、町並(まちなみ)をさがりて、山(やま)のしづくの里(さと)なれば、水(みづ)の心(こころ)もきよく、家居(いへゐ)などもしめやかにて、竹垣柴木(たけがきしばがき)のみを便(たより)に、しほり戸(ど)かまへたる住居(すみか)どもなり。春立(はるたち)て二日といふ日(ひ)、友(とも)だちにいざなはれ、其(その)あたりをあそびあるきける。日(ひ)はいとのどかにて、高(たか)き林(はやし)などは霞(かすみ)わたり、岸(きし)は柳(やなぎ)もへ出(いで)て、鴬も引(ひ)きあげて鳴(なく)なり。おぐらき径(こみち)を打(うち)めぐりて行(ゆく)に、はかなきしをり戸(ど)なれども、見入(みいれ)のいとよしありげ住(す)める家(いへ)の園(その)には、椿(つばき)の色々(いろ)に咲(さき)たるさへ、いとあらはなれば打見(うちみ)ゆる。此(この)友人(ともひと)しばし立(たち)どまりて、「此家(このいえ)の隣(となり)なりしか」とて、のぞき見(み)て、頭(かしら)を打(うち)ふり、「爰(ここ)にもあらず。そもこれはあやしきかな」と、ひとりごとし侍(はべ)るにぞ、「こは何(なに)ごとをのたまふなり」といへば、「いとくるしきことの侍)(はべ)り。いで語(かたら)む」とて、道(みち)を歩(あゆみ)ながらかたるは、「去年(こぞ)の霜降(しも)月廿三日にか侍(はべ)りし。此(この)あたりにはあらんねど、日頃(ひごろ)ものいひける女(おんな)の、やう/\あきがたになりて侍(はべ)るもとへ、今夜(こよひ)はいきてことわりなきくぜつどもをいひかけて、相(あい)はなれんとおもひしかば、いそぎて此道(このみち)をとをり侍(はべ)りしに、日(ひ)のくるゝに、雪(ゆき)のいたく降出(ふりいで)しかば、笠(かさ)やどりせん知(し)るべも侍(はべ)らず。此(この)あたりに行(ゆき)なづみてさむらひしを、正(まさ)しく今(いま)見入(いり)つる家(いへ)の隣(となり)なりし。いやしげなき女(おんな)の出来(いできた)て、『いづくにおはす人(ひと)ぞ。かさなしにて、いかでおはさむ。蓑(みの)かして参(まい)らせん。しばし立(たち)よらせ給(たま)へ』と云(いう)に、いとうれしく、そも山姥(やまうば)にてはあらじとおもひて、付(つき)て入(い)れば、見(み)しよりは住居(すまい)もいときよらかにはき清(きよ)めてあるに、『此方(こなた)へ』といふに、おもひがけねば、我(われ)は只(たゞ)簀子(すのこ)に腰打(こしうち)かけて、『いそぎて参(まい)るかたの侍(はべ)る。此儘(このまゝ)に居候はん。彼笠(かのかさ)はかし給(たま)へかし』といへば、『すこしたのみ参(まい)らせたきことも侍(はべ)るに、さな居給(おりたま)ひぞ。ひたすら降(ふり)候』とて、女(め)の童(わらわ)の清(きよ)らかなるが出(いで)て、袖(そで)にすがりて引(ひけ)ば、黙(もだ)しがたく、つきて行(ゆく)に、出居(でい)と思(おぼ)しき所(ところ)はいと香(かう)ばしうして、壁(かべ)には秋野(あきの)のけしきおもしろくかきつけたり。

さて其所(そこ)に座(ざ)をむしれば、物引(ものひき)まはして中(うち)に伏居(ふしい)たる女(おんな)の、さだかにはみえねども、年(とし)のほど廿(はたち)あまりなるが、すこし枕(まくら)をあげて、おもはゆげに物(もの)いひかけたるはけはひ、口(くち)つき、いとけだかく、声(こへ)などもにほやかにて、直人(つねびと)にはあらずとみゆるに、いかなることにつきてたかき人(ひと)のかゝる隠家(かくれが)におはすならんと、すゞろにおしはかれども心落居(こころにおちい)ず。うかゞひて侍(はべ)るを、先(さき)に案内(あんない)せしおんなの出来(いできたり)て、『是(これ)なるは、みづからが仕(つか)へまゐらせし君(きみ)にて候。こゝにかくおはす筋(すじ)は、今(いま)なむかたり出(いづ)べきことにも侍(はべ)らず。唯今(たゞいま)おして御許(おんもと)を申入(もうしいれ)て侍(はべ)るむねは、この君(きみ)、昨日(きのふ)のあかつき、物(もの)まふでしたまひし道(みち)にて、しろの犬(いぬ)の飛出(とびいで)て、御足(みあし)のはしにくひつきけるを、そこに居(お)りあはせて侍(はべ)りける人々(ひと%\の、かいはなちて給(たま)はりしに、血(ち)もいたくながれて、からきめ見給(みたま)ひける故(ゆへ)に、気(き)ものぼりおはしたるならめ、人心地(ひとごゝち)もなくておはせしを、やう/\物(もの)にかきのせまいらせて、是(これ)までは御(お)ともして侍(はべ)る。人(ひと)のいふをきけば、犬(いぬ)にくはれたる病人(びやうにん)は、世(よ)にむずかしき物(もの)になど。さるゆへにや、ねつの御心(おこゝろ)も侍(はべ)りて物(もの)も参(まい)らず、かく打(うち)ふしておはすなり。そこは御医師にこそ候。よきくすり給(たま)ひて、立所(たちどころ)にしるし見(み)せ給(たま)ひてよ』など、わりなく聞(きこ)へけるに、みればすこしおもく、乳(ち)もはれ給(たま)ひて、なやましげなり。

『こはおもひがけぬ。けふにかぎりて人(ひと)もめしつれず、薬(くすり)ももたし侍(はべ)らず。されどかく俄(にはか)のことには用(もち)うべき薬(くすり)の、いさゝ懐(ふところ)に侍(はべる)るを、先試み(まづこゝろみ)に参(まい)なりらせむ。御足(みあし)はいかに侍(はべ)る。うかゞはばや』といへば、『げにも』とてかへに侍(はべ)るこし元(もと)の立(たち)そいつゝ、表(おもて)は金(こがね)のいとにて、はな紅葉(もみじ)をぬひ重(かさ)ねたる唐(から)の絹(きぬ)に、裡はこき紅(くれないをあわせたる夜(よる)の物(もの)の裾(すそ)を、少(すこ)し押(おし)まきて、『御足出(みあしいだ)させ給へ』といへば、はずかしげにてさし出(いだ)したる、いと白(しろ)くつや/\しき脛(はぎ)の細(ほそく)やさしきまで、いやしげあらぬ人(ひと)なりと、打守(うちまも)るに、それと見(み)ゆる疵(きず)もあらねば、『いづくかあやまち給(たま)へる所(ところ)にて候』と問へば、おんあうちゑみてはづかしげに、『今少(いますこし)うへのかたに侍(はべ)る』とて、白(しろ)きあやのきぬを、二重(ふたえ)ながらおしまきて侍(はべ)るを見(みる)に、ふくらかなるふともゝの出(いで)たるに、牙(きば)にくひあてたりと見ゆる疵(きづ)のあとも侍(はべ)を、よく見(み)とりて、『今(いま)こしもと達(たち)のの給(たま)ひしごとく、いとむつかしきものには侍(はべれ)れども、それはやまひ付(つき)たる犬(いぬ)のくひたるをいふなり。是(これ)はさる犬(いぬ)にもあらねが、たゞざれほたへてくひたるならむ。今参(いままい)らする御薬(みくすり)は、付(つけ)て、ものにまきふさぎておき給(たま)はゞ、近(ちか)きほどには怠(おこた)り給(たま)ふべし。われらまたかさねて参(まい)りて、うかゞひ参(まい)らせん』といえば、みなうれしがりて、『猶(なを)々頼(たの)み参(まいら)せん。爰(こゝ)は何(なに)ごとにつけても、便(たよ)りあしく侍(はべ)る所(ところ)なれば神田(かんだ)なる柳(やなぎ)が原(はら)わたりに、御いとこのおはするが元へ、今(いま)二日ばかりのあひいだうつり給(たま)はん。扨(さて)其処(そこ)の御住所(おんすみどころ)もうけ給(たまは)りおきて、こなたよりむかひ参らせん。しるしおき給へ』とて、うづだたかく(ママ)蒔絵(まきえ)したる硯(すずり)の箱(はこ)に、ふるき墨(すみ)のいとこまやかなるをすりのべて、まぢかくさしおきたり。また同(おな)じ蒔絵(まきえ)したる箱(はこ)に、しほりの紐(ひも)の房(ふさ)ながくたれたるをときて、内(うち)なるみちのく紙(がみ)をとりいだして、よきほどにさしおきてしりぞきぬ。かゝるふるまひを見(み)るにぞ、つたなくゆがみたる鳥(とり)の跡(あと)を残(のこ)さむは、いとくちおしかりしかども、こゝろ高(たか)くかひなぐりて、『かさねては此所(このところ)へうけ給(たま)はらん』と、我住所(わがすみどころ)を申おきて、出(いで)んとすれば、もてなしせんとて立(たち)さはぎけれども、かのことの片心(かたごゝろ)にかゝりて侍(はべ)るに、雪(よき)もはれければ、蓑(みの)もかりうけではしり出(いで)しが、さるにてもうかしき人(ひと)には侍(はべ)るよと、道(みち)すがらもおもひつゞけて行くに、夜(よ)に入(いり)ぬれば、石(いし)にふみあて、雪(ゆき)に踏(ふみ)ぬきなどして、酉(とり)の刻(こく)ばかりに、からうして彼女(かのおんな)のもとへつきにけり。

さて思(おも)ふまに/\いひふるまいて、いたくふけぬれば、其夜(そのよ)はそこに丸寝(まるね)して、あかつきかへりにけるが、風(かぜ)の心地(こゝち)に煩(わづら)ひぬれど、彼(かの)かさやどりせし夕暮(ゆうぐれ)の雪(ゆき)なん心(こゝろ)にしみて、かのむかへんとありしを、けふ/\と待(まち)はびて侍(はべ)るに、終(つい)に音(おと)もせで年(とし)もくれにければ、あまりにものゝゆかしく侍(はべ)るに、きみをなむそゝなかしまいらせて、かく參(まい)りたり。其(その)ふしは、いとあわたゞかりしかば、その家(いえ)のさまは露(つゆ)もおぼえず。たゞ隣(となり)なる庭(には)には、椿(つばき)の色(いろ)々に咲(さき)ほこりて侍りしことゝ、黒木(くろき)にてふきたる屋根(やね)にしをり戸(ど)しかまへたるとは、よくおぼへたり。其家(そのいへ)はさだかにて侍(はべ)るに、彼隣(かのとなり)はあとも侍(はべ)らず。たしかに見(み)しよりは三十日ばかりのほどなり。

それほどに家(いえ)も消(きえ)なんやとおもひしほどに、先(さき)にも立(たち)どまりて、つら/\見入(みいり)て侍(はべ)るなり。さこそおもえ、所(ところ)をたがえたるにや。かくと知(し)らば、うつらむといひし家(いえ)の名(な)、又(また)いかなる人と、つまびらかにも聞(きき)おかまじを、をしきことしたり」とてくやむ。「さばかり正(ただ)しく覚(おぼ)えたらば、かの椿(つばき)の咲(さき)たりし家(いえ)に行(ゆき)て問(とば)ば、家(いえ)もこぼちてうつりたらむも、猶行先(なおゆくさき)も聞(きき)得(え)べし」といふに、「げにも」とて立ち入(たちいり)つつ、外(ほと)のかたに声(こえ)つくりして、「げにも」とて立ち入(たちいり)つつ、外(ほと)のかたに声(こえ)つくりして、「すこし物(もの)うけたまはらむ」といえども、いらへなしい。「常(つね)の時(とき)すらあるに、初春(はつはる)の礼(れい)申に参(まい)らむ人(ひと)も侍(はべ)る物(もの)を」と打(うち)ささやきて、「此主(このぬし)は昼寝(ひるね)したるならむ。よし声高(こはだか)にいへ」とて、猶(なを)こはづくりて、「ものうけ給(たま)はらむ」とひ入るに、こたへねば、。「ものうけ給はらむ」といひ入(いる)るに、こたへねば、くるす戸(ど)のすこしひらきたるを、から/\と押(おし)開(ひらき)て、顔(かほ)さし入(いれ)つつ〔頼(たの)みまいらせん」といへば、老女(らうぢょ)が顔(かほ)さしむけて、二(ふた)つの耳(みみ)に指(ゆび)をさしあて、「物(もの)高(たか)くのたまへ」といふに、こはつんぼなり。「ゆるさせ給(たま)へ」といふさへ、ひゞくばかりにひて、ちかくさしより、しか%\のよしをとへば、老女(らうぢょ)きゝて、「けふはさる御所(おんどころ)へ初春(はつはる)の礼(れい)を奉(たてまつ)らんといき給(たま)ひしなり。人(ひと)ふたりまでめしつれ給(たま)へば、老女(らうじょ)きゝて、「けふはさる御所(おんどころ)へ初春(はつはる)の礼(れい)を奉(たてまつ)らんといき給(たま)ひしなり。人(ひと)ふたりまでましつれ給(たま)へば、老女(らうじょ)ひとりかく守(もり)て侍(はべ)るなり」といふ。さてはいまだに移(うつ)り給(たま)はぬにやと、又よくとひかへしぬれば、「此方(こなた)の殿(との)は、御蔵守(おくらもり)の下(した)つかさにて侍(はべ)るが、今(いま)は家(いえ)をも名(な)をもわ子にゆづりて、かくしづかにて住給(すみたま)ふなり」といふ。さてこそきこへぬ。つんぼにても聞(きゝ)おふせばやとおもひて、こへを盤渉(ばんしき)の甲(かう)にとりて、「隣(となり)の家(いえ)は、いつの比打こぼちて侍(はべ)る。住給(すみたま)ふ人(ひと)はいつの程(ほど)に、いづこへかうつり給(たま)ひてけるよ」と問(とへ)ば、すこし聞(きゝ)とりしにや、老女舌打(らうぢよしたうち)まぜらせて、「されば老婆(らうば)が頭(かしら)は、をとゝしの春(はる)そりこぼちてける。又(また)こゝへは去年(きょねん)の秋(あき)より移(うつ)りて候」といふに、いと腹立(はらたち)て、今(いま)はかひなければ、「よし/\」とうなづきて、小声(こごへ)にて、「狸(たぬき)ばゝよ。しびとばゝよ」といへども、更(さら)にもきかず。和々(にこ)として、「湯(ゆ)などひとつまいらせん」とて立(たつ)を、いときたなげなれば、打(うち)わらひて出(いで)ぬ。

さては所(ところ)をたがへたるなりとて、あなたへ行(ゆき)、此方(こなた)へゆき、椿(つばき)の咲(さき)たる庭(には)や侍(はべ)る、黒木(くろき)もてふける門(かど)や侍(はべ)ると、見(み)れども/\侍(はべ)らず。あまりにのぞきあるくを、人(ひと)の見(み)とがめて、ぬす人(びと)かとおもふさますれば、「今(いま)はおもひ捨(すて)よ。さるにてもことのふうへたるに、椿(つばき)もとめあるかむより、椿餅売家(つばきもちうるいへ)もがな」と、おかしからぬを打(うち)わらひて、かへる路(みち)に出(いで)ける。「かくまで見(み)るに、家もあらぬはいとあやし。犬(いぬ)にくわれたりとあるからは、さだめし毛(け)のむく/\とはへたる脚(あし)なりけむよ」といふに、「いな/\、人(ひと)の脈(みゃく)にてうかゞひつることはたがはじ」といひ勝(かち)て、只(たゞ)夢(ゆめ)の中(うち)に相(あい)見る人(ひと)を慕(した)ふばかりになむ、こひわたりける。

  ○蝶(てふ)に命(いのち)とられし人(ひと)

みちのくのかたに侍(はべ)りし、ある国(くに)の守(かみ)につかはれける武士(さむらひ)の、生(うま)れながらかの蝶(てふ)をきらひて、常(つね)に云(いわ)れける。「春(はる)はおもしろき物(もの)なれども、てふの飛(とび)あるくぞうたてき。いづくへ行(ゆく)べきとも思(おも)はず」とて、よき日(ひ)には内(うち)に居(お)り、雨(あめ)のしめやかに降(ふり)くらす日(ひ)には、花見(はなみ)んとてぞ出歩行(である)きける。友達(ともだち)これをあやしみて、「世にことなることをいふ人(ひと)かな。実(げ)に癖(くせ)ならばあしき性(せう)なり。ためしてや見(み)ん」とて、春雨(はるさめ)の打続(うちづゞ)きてふる頃(ころ)、「花見(はなみ)て酒呑(さけのみ)などせばや」といひ遣(や)りぬれば出来(いでき)たり。みなゑひすゝみて、かの男(おとこ)をいつはりて一間(ひとま)に入(いれ)おき、戸(と)をさしかためて、蝶(てふ)三つ四つとり置(おき)しを、はなち入(いれ)ければ、此男大声(このおとこおぼごへ)を出(いだ)し、「あなや、ゆるしくれよ」とさけびて、あなたこなたにげあるく音(おと)しけるが、しばしして音(おと)もなくなりにけり。「さてこそ、くせはなをりつる」など云(いゝ)て、ふすまひらきて見(み)れば、仰向(あをのけ)ざまにたふれて死居(しにい)たり。人(ひと)々あきれてかひおこし、薬(くすり)などいへども、手(て)あし氷(こほ)りて死入(しにいり)ぬ。さて見(み)れば、はなちたる蝶(てう)どもは、鼻(はな)の孔(あな)にはひ入(いりて、これらもともに死(しに)をりけり。甥弟ひおとど)なども侍(はべ)る人(ひと)にて、後(のち)にはかかることと知(し)りけれど、かたきといひ出(いで)んすじにもあらねば、そのままになりにけり。

漫遊記巻之三終

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漫遊記巻之四

        ○浪華(なには)の富人(ふじん)狐(きつね)の児(こ)を得(え)る

浪(なに)花の浦(うら)におほくの宝(たから)をもちて、家(いへ)とみさかえて侍(はべ)る男(おとこ)、秋(あき)のいとおもしろくなりぬとき、あまた友(とも)だちいざなひ、比良野(ひらの)のかたに行(ゆく)に、こぼれ口(ぐち)といふあたりを通(とを)り侍(はべ)りけるとき、あやしき家(いへ)に何(なん)の子(こ)にかあらむ、いとちいさき檻(をり)に入(いれ)て侍(はべ)り。

兎(うさぎ)の子(こ)かと見(み)れば、狐(きつね)の子(こ)にて侍(はべ)るなり。珍(めづ)らしく思(おも)ひて、「是売(これう)らむや」といひ入(いれ)させたれば、主(あるじ)らしき男(おとこ)、「これはうりさふらふものには侍(はべ)らず」といふ。「いかにして得給(えたま)ひつるぞ」と重(かさ)ねて問(と)はせたれば、「さいつころ、曽根崎(そねざき)のかたに参(まい)りて侍(はべ)りける夕暮(ゆふぐれ)に、ほとりの森(もり)のかたへにて、犬ふたつが出(いで)て、一つの狐(きつね)をくひ殺(ころ)して侍(はべ)りけるに、いとかなしく、犬(いぬ)をばうちたたきて追遣(おひやり)り侍(はべ)りけれど、其狐(そのきつね)はいたくくはれて、いき出(いで)べくのあらぬさまなるに、眼(め)をひらきて、我(われ)をば頼(たの)む心(こころ)の侍(はべ)りけん、頭(かしら)をふりあげて森(もり)のかたにむかひて、いく度(たび)も打(うち)うなづき、其(その)かたにこころありげに見(み)へてさふらひし故(ゆえ)、往(ゆき)て見(み)しかば、榎(ゑ)の木(き)の老(おひ)たるうつぼの中(なか)に、此(この)子狐(こぎつね)のかくれ居(い)て侍(はべ)るなり。

漸(やう)々穴(あな)をはなれて侍(はべ)るほどにて、をさなさな(ママ)侍(はべ)るに、かの狐(きつね)は此母(このはは)と見(み)へて、乳(ちち)などもふさやかにたれて侍(はべ)り。是(これ)は此子(このこ)をたのむなりとおもひとりしかば、そのままにいだきもちて懐(ふところ)にかくし入(いれ)て、其母狐(そのははぎつね)にむかひて申たるは、『たのみがひなき我(われ)にはあれども、此子(このこ)はそだてあげて、いかにもよくやしなひ侍(はべ)らむ。又よくおひ立(たち)て侍(はべ)らば、犬(いぬ)など住(すむ)まじき広野(ひろの)にもち行(ゆき)て、はなちやるべし。若(もし)その間(ま)に、よき人(ひと)にあひて社(やしろ)の主(ぬし)ともせんずるなど、きこゆるすじも侍(はべ)らば、いかにもよくははからひ侍(はべ)らん。今(いま)は心(こころ)やすかれ』と、人(ひと)に物(もの)申ごとく、云聞(いいきか)せさむらへば、うれしげなるさまに見(み)えて、幾度(いくたび)もうなづき、目(め)もはなたず、ふところなる子(こ)をうちながめ侍(はべ)りしが、肝(きも)のあたりをいたくくはれたるにや、直(すぐ)に眼(め)をふさぎて死(しに)ける。さて哀(あわれ)なることかなとおもひ侍(はべ)るままに、そこなる薮原(やぶ)に入(いり)て、竹(たけ)を押折(おしおり)て、それをもて土(つち)を深(ふか)くほりて、彼(か)れがからだをかくしとらせぬ。また、かへりては乳(ちち)もあらねば、飯(めし)をねりてやしなひて侍(はべ)る間に、おひ立(たち)てさむらふなり。彼見給(かれみたま)へ。我(われ)にはよく馴(なれ)てさむらふを」とて、檻(をり)の口(くち)をひらけば、手(て)につきてざればみなどす。彼富人(かのふじん)、是(これ)をみてしきりにほしくなりしかば、「故(ゆへ)ある御物(おんもの)がたりかな。よくもし給(たま)ひつる。是(これ)はひたすら我(われ)にあたへ給(たま)へ。ねんごろに養(かひ)そだてて、のちは我家(わがいへ)の守(も)り神(がみ)にいはひて、社(やしろ)をも立(たて)、神(かみ)の御位(みくらひ)をも申こひて奉(たてまつ)らむ。さて価(あたひ)は申給(たま)ふままにして参らせん」と、わりなくいひかけしかば、主(あるじ)うれしげに聞(きき)て、「見奉(みたてまつ)るに、物違給(ものちがへたま)ふべき御人(おんひと)がらにも侍(はべ)らず。しからば神(かみ)にいはひて、社(やしろ)の主(ぬし)としてたまはらむとや。此(この)値(あたひ)には何(なに)をかのぞみ侍(はべ)らむ。唯(たゞ)もち行給(ゆきたま)へ。参(まい)らすべし」とて、檻(をり)ながら手(て)に渡(わた)しければ、「こはかたじけなし。さあればとて、値参(あたひまい)らせでは心(こゝろ)すまず」とて、さま%\にいひしかども、ことはりあつく聞(きこ)ゆるに、しひていへば腹立(はらだて)しくけるを、「しからば仕(し)やうこそあり」とて、礼(れい)などはあつく云(いゝ)て、下部(しもべ)に其檻(そのをり)をもたせ、けふの野遊(のあそび)はおきて、先(まづ)かへりて是をざれて遊(あそ)ばんとて帰(かへ)りにけり。

次(つぎ)の日(ひ)とり%\にさたして、又(また)の日物(ひもの)よく云(いゝ)とるべき使(つかひ)に礼物(れいもつ)どもあまたもたせ、かの得(え)たりし家(いへ)につかはしたるに、「その人は昨日(きのう)いづこえか家(いへ)を移(うつ)し給(たま)へり」といふ。「いづくにか」と問(と)へども、其家主(そのいへぬし)も「さだかに覚(おぼ)えず」といふに、いひがひなければ使(つかひ)はかへりにけり。さるうへはしひてたづねとはむかたもなく、十日ばかり過(すぎ)ゆくに、かの子狐(こぎつね)は人に馴(なれ)ねば、たゞわなゝきゐて、物(もの)くふこともともしくするに、いや痩(やせ)にやせて侍るを、「かくては死ぬべし。いかにして好(この)まむ物を喰(くわ)せなん」ととりは%\いふ。なかに狂言師(きょうげんし)の男きたり合(あわせ)て、「是(これ)は釣狐(つりぎつね)といふ舞(まひ)の侍(はべ)るに、鼠(ねずみ)を油に煮てくわせんは、彼がこのむものこれに過ぎたるはあらじ。しかして見給(みたま)へ」といふ。人々きゝて、「足元(そこもと)の御家(おいへ)のこととて、折りしもおもひつき給ひける。さて鼠(ねづみ)は」といふに、俄(にはか)にもとらへかねて、米ども積入(つみいれ)て侍る蔵主(くらぬし)にいひ遣(や)りて、「唯今(たゞいま)の間(あいだ)によく肥(こへ)たる鼠(ねづみ)をとりて出(いだ)せ」といひやりつるに、蔵主等(くらぬしら)いとわづらはしとは思へど、主(しう)の仰(おほせ)なりとかしこまりて、俄(にはか)に升(ます)を引(ひき)かけて、彼が飛(とび)つかむとき打(うち)かへりて、これょかぶりふさんやうにしかまへて侍るに、しばしありてはたと鳴音(なるおと)す。すはとてはしりゆきて見れば、物ぞ入(いり)たる。「そやつ、打(うち)ころせ」とて、荒雄(あらおとこ)どものとりかこみて升なむ打(うち)かへせば、鼬(いたち)の子のはしり出(いで)たるに、あやしくくさきかほりの息(いき)ひりかけたるにや、目口(めくち)もふたがるばかりになやみて、荒雄(あらおとこ)どもさへ逃(にげ)ぬ。「よしなきさわぎかな」とて、又(また)しかまえ置(おき)て息をもせで待(まつ)に、こたびはよき鼠(ねずみ)二ツまでとり得て侍れば、俄(にはか)に人走らせて遣(つか)はしたるに、かの油に煮てもていきて、くわせ侍れども、まださる物はくひおぼへぬにや、打ねぶるたるまゝに捨(すて)をき、只(たゞ)くらき所(ところ)にはひかゞみてあるに、人々(ひと%\)なぐさめかねてもてづらひける。

さて夕暮(ゆうぐれ)がたになりて、年のほど廿(はたち)には過(すぎ)まじとみゆる色よき女の、表に来たりて、「物たのみ参らせん」といひ入(いれ)て侍るに、「いづくより」と候得ば、「いとかすかにて侍る者なり。いづくよりとも聞(きこ)え奉(たてまつ)らじ。是はさいつころ、こぼれ口にて得させてかへり給(たま)ひつるものゝ、ゆかりの者(もの)にて候へといゝつぎて給(たま)はらば、上(かみ)にもおぼしあたり給(たま)ふ筋(すじ)も侍(はべ)らむ。是迄(これまで)からき道(みち)をこえて参りつれば、其志(そのこゝろざし)をおぼしはかり給(たま)ひて、御次(おつぎ)なる人(ひと)をばよけさせ給(たま)ひて、直(ぢき)にあはせ給(たま)へ。かならずかしこみおぼしそと申上(もうしあげ)させてよ」とねんごろに申を、あやしとはおもへど、しか%\いひ入(いれ)て侍(はべ)れば、主(ある)じ人々をあつめて、「彼(かれ)がゆかりと申せしからは、人には侍(はべ)らず。先(まづ)その女(おんな)はいかなるさまぞ。何(なに)をか着(き)たる。声(こへ)はいかに侍(はべ)る。手足(てあし)は何(なに)とある。先(まづ)こともなく一間(ひとま)に入(いれ)おきて、みな行(ゆき)てひそかにのぞき見(み)よ」といふに、此方(このはう)へとて一間(ひとま)に向(むか)へ、格子(かうし)などの穴(あな)には、人々ぬきあししてさしより打(うち)のぞき、ありさまを聞(きく)に「何(な)んのことにもあらず。常(つね)の女(おんな)にてさふらふが、とかくにともし火(び)に打(うち)そむきてのみ侍(はべ)る。面長(おもてなが)に見るぞ心(こゝろ)からにや」と申。又(また)ひとりが来て、「よくのぞきて侍るに、こともなく侍るが、久しく見つめて侍る間に、耳(みゝ)のうごき侍るやうにみえし」といふ。又ひとりが来て、「とにかくに、鼻のあたりひこめきて、物臭(ものか)ぎまはすさまに見えて候が、是は彼油(かのあぶら)のかほりを聞(きゝ)つけたるならむとおぼへさむらふ」といふ。

時もうつり侍るに、此家(このいへ)に古く侍る老人(らうじん)の出(いで)て、「何条(なんでう)こと侍らむ。人みなかうしのこなたにあつまりてさむらはん間、こゝろ安くおぼして、其女を此方によび入て、彼が申事、はじめ終り聞取給へ。狐おのれいかばかりのわざかせん。おそれ給ふな」といふに、げにもとて、「さらばこなたへ」とて、彼女をいざなひ来るに、主立出、「いとめづらかにこそ」といらへば、女礼を正しくなして、「みづからことは、彼が為には姨にてさむらへ。いもとにて侍る者、うひ子まふけて侍るを、祖父がかたへ参るとて娘のまだいとけなきをともなひて侍りけるに、さいつ比曽根崎の森にておもはずも命をうしなひ侍りけるとき、情ある御人のきたりあひ給ひて、彼をたすけ、またいもとがなきがらは土にかくし給ひつる。其後やしなひそだて給ひつる間に此御方へとうけ給り、かゝる大宅にかひそだて給はゞおひさきたのもしく侍れども、此ほどは煩ひて侍るよしをほのかにしりて侍るまゝに、なつかしくおもひさむらふほどに、何ごとをもしのびてまいりつれ。そとあはせ給へ」といふに、主きゝて、「のたまふこと我きくに少シもたがはず。又煩ひて侍ることをもいとはやくきゝ給ひしに、此方へ得てかへりしのち、人にも馴ぬにや、うちわなゝきてのみ侍るまゝに、物もたべず痩ほそりて侍るほどに、此ほどはわれ/\もおもひ煩ひて侍る。かのこぼれ口にすめる人は、すぐに使をたてゝ礼ども聞へ侍りけるに、是は行さきしれず。住居も移し給ふに、かえしやらん所もなく、とかくにもてあつかひて侍る時なり。よくこそ」とて、其檻を取よせて口をひらきたれば、其子は嬉しげにて飛出て、女が懐をかきわけて、乳をうちくわへなどするに、主も立のぞく人びとも、唯あきれにあきれて、「実もいつはりなきゆかりにては侍るよ」とて、うたがひも打とけて、みなあやしきことになむおぼえ居たり。女やゝ涙をのごひて、「何かとものおもひも侍るにや。いと痩て侍るなり。此うへは我にまかせおき給へ。おふしたゝてかへし奉らむ。自らが妹が乳ほそくかひなきまゝに、外の子はみな死て、唯是のみ残りて侍るゆへ、みづからが乳にてそだてあげて侍るほどに、かく馴ては侍るなり。かく聞へ奉るも妹がかたみにて侍ると思へばなり」とて、ひた泣になき入るを、人にもたがはじとて皆哀になんきゝ居ける。

さてしばしして、「爰にひとつの願ひのさむらふを、申なやみて侍るなり。さいつころ曽根崎の森にて此子をたすけ給はりし人は、今事にかゝりていと苦しみしたまふを、我よくしりて侍れど、すくひ奉まつらむ方便もなし。其方便を我にかしあたへ給はゞ、こよひの中にすくひ参らせて、此子がいのちをつぎたる礼と、妹がなきがらをかくし給ひし礼とを、ひとゝき報ひ奉りたうおもひさふらへ」と申。「何にもあれ、うけ給はらむ」といへば、女けしきあらためて、「世の人々に報ひ申ことは、よきことはよきをむくひ、あしきことはあしきをむくひ侍るに、さるわざはいとすみやかに侍れど、われが身のちからに及ばぬことのひとつは、世にある宝に候。しいて報ひせんと思ふには、かなたをうばひこなたに報じ、此方をかすめて彼方にむくひすることの待るは、果はおのれが罪になむなりて、いとくるしきめを見ることの待るに、せんすべなければ、此ことをあからさまに聞し奉る。今こがね百両を出して、自らにあたへ給はれ。是を待行てむくひせば、彼人たちまちに苦しみをのがれ給ひなん。もしさる金の数にもおよばで、苦しみをすくひ待らば、あまれる金はもて參りて、かえし奉らむ」と、うはべなくいひはなちたるに、主、「いとやすきことよ」とて、鍵主を呼て、こがね百両封じたるまゝにてとり出て、女遣はせば、礼あつく聞えて、「はやかへえりなん。時もうつりさむらふ。此子は今申ごとく自からつれて參りなん。さあれど、道すがら犬の吼つきて待らむ。おのれはともかうもせん。此子におもひなやみてさむらふ」と申せば、げにもとて、のりものをまうけさす。さる間に、彼舞まふ男が、先の油に煮たるものを、家づとにとてもて出けるぞ、心づきいとおかしき。女うれしがりて、「よき御玉ものかな。此かほりにあいて命うしなふが数もしらず侍るなり」などいらへて持ちたり。さてのりもの荷ひて来たるに、「曾根崎の森までおくりなば、はやかへれ」などいふ。女も人々にもねんごろに礼をなして、のらんとすれば、主しばしととゞめて、「約し参らせしごとく、御社のこともちか%\にいとなみ侍らむ。いつのほどにか此子をかへし給はらむ」といへば、「御社つくりおさめ給はんまでには、いと安くそだてあげてかへし奉らむ。社成就なし給はゞ、火を清くし、水を清くして、粟・稗・稲・麦・大豆・小豆を煮て、玉筒にはそれを盛り、辛き酒、甘き酒をそなへ、掃清めて待給はゞ、必自もともに參り来て、ながく御家を守り奉らむ。又參り来つるしるしには、其御社のうちを見させ給へ。あやしき光の侍らむぞ」と、よしありげに聞ゆるに、いよ/\たのみに聞こえて、のりものかきいれたれば、かろらかに飛のりける。さて、人々門辺に立送りて、「のりものはしづかにゆけ」などいひて、又家の内の人には、「今夜の事人になかたりそ。まことなき人こそ、かゝる筋はあやしめ」など、みなうれしがりて、いりて寝る。さてのりものをかきゆくに、夜中過るばかりかの森につきぬ。「爰にてさむらへ」と云ば、「いと遠き道也。苦しくおぼしたりけむ。我は是より参る所あれば、はやく帰らせよ」とて、のりものをいでけるが、子をかきいだきて薮原にまぎれ入ぬ。物うたがひせぬ男どもなりしかば、其かたをばふしをがみなどし、身のうへをさへ「頼み奉る」など告おきてかへりぬ。又家の内には、かたく人の口をとめて、何ごとももるまじくしつれど、かやかくあやしき筋どもいひわたる間に、事もなきに其家の男ひとり行方なくなりたり。かゝることより、浪花のことなれば、あしがきの隔もなく、「何某ぞ、人にたばかられて、金百両をとられ、そのうへに盗人をのりものにのせてふしおがみて送りたり。おぞきやつかな」と、いとかしましく聞えわたりける。後によくきけば、此女の乳にてかひそだてたる子狐より、いろ/\のたばかりをしくわへたること也といへり。かのおばといひつる女は、こぼれ口におりつる男の妻にて、曾根崎のわたりに住てあるを、彼も我も見しとて、いとおかしがりつるとなん。又俄に家出しつる下部は、かれらにくみしてよろづしるべしたるなりとぞいへる。

   ○人頼て飛入し鴈

きさらぎ十日ばかり、越前の国坂鳥といふあたりを旅行しけるに、雪いと高し。「此雪いかばかりの高さに侍る」と問に、「十丈あまりなり」といふ。いかにして左ははかりしれりとおもふに、常に見る大木のうへが、真柴などを見るごとくに、雪のつもりてうへに余り侍る(はべる)をもって、夫程(それほど)の丈(たけ)なりとはいふなり。

雪はおもしろきものにて、松(まつ)の小枝(こえだ)にかかりたるあかつき、しののめのうら葉(は)にふりしく夕暮(ゆうぐれ)などは花(はな)にもまさりておもほゆるを、かくばかりもつもりたる山路(やまじ)にては、人(ひと)の命(いのち)をもとるべきものは雪(ゆき)なり。かまへてきさらぎ斗(ばかり)は、春(はる)のきざし下(しも)にめぐみて、かのつもれる雪(ゆき)は氷(こほり)ながら地(ち)をはなれてくゑおつる。是(これ)雪国(ゆきぐに)には雪(ゆき)なだりといふなり。さる時(とき)は麓(ふもと)の家村(いえむら)を埋(うづも)らし、柱(はしら)・梁(うつばり)などをさへ打(うち)たふし、あまたの人是(ひとこれ)にうたれて死(し)ぬる事ありといふ。かかるおそろしきことを聞知(ききし)る人は、やどりをば朝早(あさはや)く出(いで)て、水(みず)の消(きへ)まじきときにあゆみ、日(ひ)のさしのぼりてあたたけくなれば、さる高山(かうざん)の常陰(かげ)ならぬ所(ところ)をもとめて、昼(ひる)より先(ま)づやどりを乞(こ)ふなり。又(また)さるやどりをこふにも、大路(おほぢ)の雪(ゆき)は軒(のき)より高(たか)ければ、遥(はるか)に人屋(じんや)を見下(みくだ)して大声(おほごへ)を出(いだ)し、「やどりせん。借給(かしたま)へ」といへば、打(うち)あふぎて、「道(みち)の伴(ともな)ひはいくたりにてさふらふ」など云(いふ)を、「誰見給(ただみたま)ふばかりの伴ひなり。借代(かりだい)はいくら参(まい)らすべき」と、又(また)大声(おおごえ)にいへば、「かかる雪(ゆき)の中(なか)の住(すま)居(ひ)して侍(はべ)るに、何(なに)まいら せんものもなし。よきほどにし給(たま)へ」といふさへ幽(かすか)にきこゆ。さて谷(たに)の底(そこ)にはひくだる斗(ばかり)に家(いへ)の外(ほか)に下(お)りて、先火(まづひ)を乞(こ)ふにぞ、真柴(ましば)はぬれにぬれて、火つかず。烟(けふり)は立(たて)こめていぶせきこといふかぎりなし。

さて落間(おちま)のすみに雁(がん)を三ツと真鴨(まがも)を二ツ、かごにふせてかひおけり。「こはかかる旅人(たびびと)にたべさせむかまへにや」といへば、「さることにはあらず。彼(かれ)らはよく時(とき)を知(し)りて侍(はべ)る鳥(とり)なれども、西南(せいなん)の国のはやく春(はる)つきし年(とし)は、時(とき)をたがへてまだきに北国(ほっこく)をさしてかへり来(きた)る故(ゆへ)に、翼(つばさ)ありて空(そら)はゆけども、さすがに八重山(やへのやま)の雪(ゆき)のみを見(み)つつ飛(とび)こゆるに、とく下(お)理手物(もの)はまむとすれども、野(の)も岡(おか)も川(かわ)もひた白(しろ)にて、何(なに)はまむ所(ところ)もなければ、飛(とび)かへらむとしつつ、空(そら)にいざよふ時(とき)、かの雪国(ゆきぐに)に侍(はべ)る雪吹(ふぶき)といふ嵐(あらし)の吹出(ふきいで)て侍(はべ)るに、まどひて、すこしも人家(じんか)のちかからむ所(ところ)に飛(とび)くだりて、やすらふなり。日比(ひごろ)は人(ひと)をおそれて高(たか)く飛鳥(とぶとり)なれども、さる時(とき)は其人(そのひと)をおもひたのみて、かく近(ちか)づくがふびんに侍(はべ)り。是(これ)も十日斗(ばかり)先(さき)の嵐(あらし)に、我家(わがいへ)の外(ほと)にくだりにけり。此隣(このとなり)にも先(さき)の家(いへ)にも、三ツ四ツ落(おち)て侍(はべ)るを、みなわがごとくにして、稲をはませてかひてさふらふ。やうやうのどけくならば、隣(となり)なるも、先(さき)のも、これなるも、ともにしてはなちやらむと申しあはせてさふらふ」とかたる。よき心(こころ)かなとはおぼえ侍(はべ)る。

漫遊記巻之四終

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漫遊記巻之五

  ○男(おとこ)をこひて死(しに)ける女(おんな)

いとあつき比(ころ)、音羽(おとわ)の滝(たき)のうへなる寺(てら)に往(ゆき)て、一日  涼(すず)みせんとて、道(みち)のほどもあつければ、辰(たつ)の時(とき)ばかりに寺

(てら)までは往(ゆき)つきなむといひちぎりける。若(わか)き人のふたりは東(ひがし)

の五条(ごでう)に往者(すむもの)なり。ひとりは西堀川(にしほりかは)の三条(でう)わたりにすむ者(もの)なり。又是(これ)がもとへ同(おな)じ年(とし)のほどなる若人(わかきひと)なるが、浪花(なには)よりのぼりてあるを、「けふはかゝるあそびするに、いき給

(たま)はんや」とて、ともなひて行(ゆく)。道(みち)のほども遠(とを)ければ、巳(み)の時斗(ときばかり)にやう/\に参(まい)りつきける。五条(ごでう)よりはいとちかければ彼(かの)二人は先(さき)に参(まい)りつきて居(お)りける。

さて浪花(なには)の男(おとこ)を引(ひき)あわせて、「同(おな)じ心(こころ)に侍(はべ)る人なれば、ともなひて参(まい)りつる」といふに、五条(ごでう)の男(おとこ)どもゝ、「よくこそ」とて、先酒(まづさけ)をもりてうらなく遊(あそび)、又(また)、「一時(ひとゝき)ばかりも早(はや)くきておりつれば、さびしきまゝに、おのがしれるげいこ、ひとりふたりまいれよと申遣(つかは)しぬるが、只今(たゞいま)にも参(まい)りなむ。そこ元(もと)にも心あての君召(きみめ)して」など聞(きこ)ゆるに、堀川男(ほりかわのおとこ)も、「道(みち)にて知(し)れる方(かた)へ立(たち)よりて申おきて侍(はべる)。只今(たゞいま)にも参(まい)りなん」といふ。なには男(おとこ)には、「いかに」と聞(きこ)ゆるに、「かよふに参(まい)ることはまれに侍(はべ)れば、京(きやう)に知(し)れる人は侍(はべ)らず。君達(きみたち)を仲人(なかうど)にたのみ申さん。よきあそびをさせ給(たま)へ」などいらへて居(い)たり。

「さてもおそし」と待(まつ)ほどに、やう/\に来(きたり)て、とやかくさわぎ、さみせんなどしらべてかきならす間(ま)に、又堀川男(ほりかわおとこ)のいひおきて侍(はべ)りけるも来(きた)りて、「我友(わがとも)にて侍(はべ)るうかれ女(め)が、物(もの)申たき御人(おひと)を見(み)うけて侍(はべ)れば、我身(わがみ)も参(まい)らむとあるゆへに、つれだちて参(まい)りし」といふ。「こはいと興(きやう)あり。浪花男(なにはおとこ)のさびしくおぼしたりしものを」といひはやして、いつが間(あひだ)にかゝる知(し)るべをばしおき給(たま)ひける」など、そゝのかしたてゝ、「いずくにぞ」といへば、かの遊女(うかれめ)がいふは、「志(こころざ)す日(ひ)にあたりて侍(はべ)るに、上(うへ)の山の御仏(みほとけ)にまうでゝ、そこへといふにまかせて、わがめしつれし婢女(はしため)ひとりをつけて、みづからは別参(わかれまい)りさふらふ。このところはよく申きかせおきたり」といふ。「いな/\、人(ひと)をつかはしてむかえさせむ。はやくよびて浪花人(なにはびと)の花(はな)を見(み)ん」などいひさわぎて、女(おんな)どもふたり上(うへ)の山(やま)へ遣(つか)はして、「仏(ほとけ)をがみておはさむを、はやく来(きた)り給 (たま)へ」とてやる。

女(おんな)どもの、「誰(たれ)にておはす」ととへば、「昔(むかし)の名(な)は荻(おぎ)と覚(おぼ)えつる。同(おな)じ里(さと)に居(ゐ)しかば、折々(おり)往(ゆき)あひて侍 (はべ)りしが、浪花(なには)のかたへと聞(きこへ)て、後(のち)は久(ひさし)く打(うち)たえて侍(はべ)るに、先(さき)つかた、いと身のやつれたるありさまにて入来(いりきた)り給(たま)ひて、『そのおはするかたへみづからも参(まい)りなむ。よく知(し)りまゐらせて侍(はべ)る人のおはしたる。物(もの)申たきこともあれば』など聞(きこ)え給(たま)ふに、『こはよき時(とき)なり。我(わが)しり参(まい)らせし御人(おひと)の御伴(おんともな)ひにて、浪花人(なにはびと)のおはしたるが、それにておはさむ。物(もの)がたりは道(みち)にて聞(きゝ)まいらせん』とて、打つれて出侍(いではべ)りしに、わが家 (いへ)にはおぢおばたち、その外(ほか)、人(ひと)おほく居(い)て侍(はべ)りしがども、誰(たれ)も見(み)おぼへねば、たがひにものもいはで、われひとりとやかくいひて出(いで)し。道(みち)すがら物語(ものがたり)もして侍(はべ)りしが、何(なに)をいひつるか聞(きゝ)つるか、心(こゝろ)もとめ侍(はべ)らず。猶今(なをいま)の御名(おな)もきかず侍(はべ)りき。其姿(そのすがた)はたけもひくからず、細(ほそ)やぎてかみのめでたく侍(はべ)る。としのほどは廿斗(はたちばかり)ならむ」といふ。「さていかなる色(いろ)の衣(きぬ)をかめして侍(はべ)る。帯(おび)は何(なに)にて侍(はべる)」ととへば、「それはおぼえず」と打(うち)わらふ。「こはけしからずのことかな。道(みち)の伴(ともな)ひ人(びと)の何色(なにいろ)めして侍(はべ)るをもおぼへ給(たま)はずとは、あまりにうかれていそぎ給(たま)ふゆえならむ」とて、女(おんな)どもゝ打(うち)わらひつゝ、「何 (いづれ)にもあれ、ほども侍(はべ)れば、呼(よび)て参(まい)らむ」とて行(ゆき)ける。かくいふを聞(きゝ)て、浪花男(なにはおとこ)は心得(こゝろへ)ぬ顔(かほ)して、かたへにおりしが、「それは我(われ)にあひて、物(もの)いはむとて来(きたり)つるにか」と問(と)へば、「さだめて君(きみ)の御(おん)ことのるべし。此方(このほう)の伴ひ給ふ浪花の御かたとて、外にも侍らぬものを」という。「まことにしかり。いともあやしきかな」とて、心落居ぬを、友どち、「これわ人しらぬふしの、いと/\深き御ゆへこそきかまほし」とて、打そゝるに、「浪花には侍れど、一ふしもなきよしなしごとなり」といひまざらして居るに、女どもかへりて、「そるかたは、いづこにもおはさず。もしや千手の御方便にて、かくしおき給へるならむ」といふに、かのつけてやりつるはした女も来りて、「御仏の御前にて、ともに拝み奉りしが、露の間にいづこへかおはしたるか、見うしなひて侍るまゝに、此所はうけ給はりおきぬれど、彼かたへは申さゞりしかば、いづちへかまどひ行き給はんと、かなたこなたいくたびもたづねてさむらへど、あまりに間もなきことなりば、あやしく人気もすくなかりしにぞ、此堂守などにとひても、『さる人伴なひつるとは覚へず。わが身ひとりこそ見うけたり』などいふに、物おそろしくなりつれば、まづ告参らする也」といふ。みな唯、「あやし」という。かの浪花男はおもい合することも侍るにや、外の方にむかひて仏の御名どもとなへて涙のひた流るゝに、故こそあらめとおもふに、みな声を打ひそめて、何ごととはしらねど仏の御名抔唱ふるもあり。女どもはひとつにこぞりて、袖引合などして、息もせでしばしあるに、かの男は空ながめしていたく打なげくさまなれば、友どちどもの、「何事にか侍りつる。面もちもあしく享もあやしく聞つる。何ごとにもあれ、つゝみなくかたりて、こゝろを遣り給へ。ひとりおもひしづむことは、よろづよからぬことなり。もとより心の罪は口にて申てほろぼすとなん、うけ給はれば、何ごともうけ給りしうへにて、われ/\いかばかりのこともせん」と、わりなく聞ゆるに、「けふなむ初て逢奉つりては侍れど、此堀川なる男はいとこにて侍るちなみに、是が御友達と侍れば、何ごとも隔て参らするこゝろもなし。それには遊び女、げいこたちも多さむらはすれど、是も同じ業にて、誰うへにも侍らむ筋なれば、これがはじめ終り聞し参らせんに苦しくは思ひ侍らねど、是申て侍らば、よもふし給へるけうの興みもなくなりて、哀なるむかし物がたり、聞給ふさまにも侍らず。えこそ聞しまいらせじ。我等はかへりて、是より志すとひごとも侍ればなり」といふに、「ひたすら語り給へ。大かたに是らのことにもておしはかりて侍れば、たとへかくし給ふとも、けふのあそびはとどめて、われ/\もかへりなん。さるよりは語り給へ。うけ給りしうへにて、此所も寺にても侍れば、いかばかりのとひごとをもともに仕まつらん」と、わりなくせめければ、「さらば聞しまいらすべき間、そのうへ御志のひごとをもたのみ参らする」とて、先涙をおしのごひて、「おもひ出侍るに、月日もわすれず。四とせ先に、我いと若くて、母にともなはなれて、京にのぼりておちこち見あるき侍りし時、此観世音に詣で侍るは、卯月中の八日なり。此山のふもとの家に、いと貧しくて住みける男のあるは、其妻なん若かりし時、母のかたへにてめしつかひて侍るものにて、今はそのところに、人の妻となりて侍るを、京へまうでたらば、かならずとひよりてと、をり/\いひおこして侍るに、立よりて侍ればいとうれしがりて、あるじの翁も出てさま%\もてなし侍るほどに、時もうつりて暮けるに、神なり出て雨もいたう降を、『いかでかへさんや。いぶせく侍れど、今夜は、爰にとまり給へ』と、いとせちに聞ゆるに、外のさまにもおもはで、母と我等とめしつれたるはしためひとりをとゞめ、男どもはやどにかへして、『明日は朝はやくにむかへ来れよ』と申てある間に、神なりもしづまり雨もをやみて、月のさしのぼるけしきとおもしろかりしかば、若葉のうつろふ月影に、夜の御寺のさまごとにしめやかならむを、『ひとり參りて拝まむや』といふに、『いかでさは』とて、外に人もあらねば、むすめの、まだ年もゆかじとおもふをつけてしるべさせたり。何の心もなく、手をひきて御山にのぼり、うしろのみてらなどもおがみて、老いたる姥のひとりをりける亭の、伊予簾垂て侍るもとへ立よりて、しばしをりて、雨ばりの、雫、青葉の桜が枝よりふり落るなど、いとおもしろくおもひ侍るに、此娘がとかくけさうめきて侍るを、『十六なり』といふ。丈は細やぎたれば高くも侍るに、いと童しく覚へて侍るに、こは所がらにて侍る。はやくいろづきて侍るなど、心におもひて、きよげに侍りければ、心の外なることもいひひゞかしまどし、『こよひぞ物のまぎれに』など、道すがらいひちぎりてけるに、いとあらはなる住居なりしかば、何ごともかたらはで、『かさねて来む』といひて、明日はとくかへりにけるが、母なんともなひて參りつれば、おのが心にまかせ歩行も叶はで、おしきことしたりとおもふに、故郷よりむかへきたりて、止ことなく浪花にかへりき。

さて後に、若葉の月見し夜半のこと心にかゝりたりしが、其年のふみ月、京の便にきけば、翁も妻も俄に病付て死ければ、娘はいとこのかたへ遣はして、其家も人にゆづりてなど聞ゆるに、重ねてとはむたつきもなければ、うんとなんおもひしに、葉月になりて業のこといできて京にのぼりしを、先此御山みまうでゝ、さる家の隣にてとひしかども、娘のいきたる方はしれる人もなく、とひよらむ知べもなきを、今は『歩人のわたれどぬれしえにしあれば』と、うち吟よひて過けるに、友どちにいざなはれて遊び女どももとめにいきける時、ちか比よりいでゝ侍る荻となん聞ゆるありとて、我にもとめよといふ。『荻ならば伊勢人にこそよからめ。浪花人にあしかるべし』といへば、『あしともよしとも一夜のかりにをり伏給へ』おいひて、ともなひきたるを見れば、先に契りしむすめなりけるに、いとはづかしにて顔もえあげず。われらは観世音のしたまふなりとよろこびて、『はやくねてかたらむ』といふを、友どちにくむ。さるにても時うつりむとて、やがて人げも遠のきたるに、かの夜のしづくにぞぼちそめたりしとり、へだゝり侍りし月頃のことなどかたりて、行先をさへひ出るに、鶏のなければわかれがたくしてかへり、京にとゞまりて侍りし間は、一日一夜も落ず相見て、さて業のことも果てたるに、今はせんすべなくて別れて帰りしに、玉章の便も繁くいきかわして、いよ/\わすれがたかりしに、長月ばかりに終に浪花にくだり来にければ、いとうれしくて、それより一とせばかりは唯夢のさまにて相見しを、おのれも親にいたく責られて、一年ばかり東の方追やられて侍りける間に、かの荻もより所なき事にて、人のかくし妻と成て侍るときゝ今はにくくなりしに、かの夢もさめれば、人々もとりなし聞えしにや、親のいかりもゆり侍りて、此ほど浪花へかへり侍るに、さるしるべよりきけば、かのおんなは其人にもしたがはず、さることに定りしより物もくはで、唯物病て侍るよしなり。さてしのびておこせし文どもあまた侍るを、見るに、あはれなることどもの聞(きこ)えて、一(いち)度(ど)はあひて心(こころ)のほど聞(きか)まほしくとのみ聞(きき)しが、此(この)比(ころ)京(みやこ)へのぼるに、やがてかへりてあらば、ともかくもせむと申遣(つかわ)しけるに、其(その)返(へん)じは、いとよはりて侍(はべ)るにや、筆(ふで)も取(とり)あげがたく侍(はべ)るにとて、人づてに心(こころ)よはきことづてして侍(はべ)るに、さきの夜(よ)舟(ぶね)にてのぼり侍(はべ)りてけるが、夜すがら見る夢(ゆめ)も、誰(ただ)かたへにつきそひ侍(はべ)るさまになんおぼえ侍(はべ)る。さる心(こころ)がかりの侍(はべ)るに、人々と交(まじは)りて遊(あそ)びせん心(こころ)も侍(はべ)らねど、此所(ここ)へとうけ給(たま)わりしかば、昔(むかし)をもおもひ出て、すこし心(こころ)をもなぐさめんとおもふばかりにて参(まい)りしに、覚(おぼ)へず人々(ひとびと)の給ふことを聞(き)きて、さては此世(このよ)になき人(ひと)なれたれど、一(ひと)たびは逢見(あひみ)てといひし心(こころ)の残(のこ)りてしたひ来(きた)りしかとおもひてをるに、むねもふさがりて人々のの給(たま)ふことさへ耳にもいらず、御寺(みてら)のかたを見(み)て侍りしに、ただ烟(けふり)などの立(たち)のぼるごとくにて、おもかげに見(み)へしかば、いとかなしくて、仏(ほとけ)の御名(みな)となへて侍(はべ)る間(あひだ)に消(きへ)うせ侍(はべ)りけり。哀(あはれ)なる事に)とて、今(いま)は声をあげてなきけるに、男(おとこ)どもも頭(かしら)をたれて、(さてもさるこてにてありしか。われらが立(たち)さはぐにぞ、なき魂(たま)のかよひがたくやし給(たま)ひつらん)とてなけば、かのともなひしとおもひし遊(あそ)び女(め)は、(もと見(み)し人(ひと)なりとおぼして、我(われ)をたのみて爰(ここ)までおはしたる心(こころ)の、いかにもいかにもいとをしく侍(はべ)る)とて、真袖(そで)を顔(かほ)にあててなくに、誰々も身(み)の上(う)っへなりけり。ふかきえにしかな。哀(あはれ)も御人(おひと)の行衛(ゆくへ)かな)とて、いひ出出(いでいで)はてしなきに、女(おんな)どもも、(かくうけ給(たまは)りては、しばしももださむや。みなみな仏(ほとけ)の御名(みな)を唱給(となへたま)よ。又(また)うへの山(やま)に人(ひと)やりて、跡(あと)とふわざ、ねもごろにさせ給(たまへ))など、立(たち)さはぐほどに、おかしからむ、おもしろからむと思(おも)ひつつつどひよりしが、みな法(のり)の友(とも)どちとなりて、ひねもす泣(なき)くらして侍(はべ)るに、遊女(あそびめ)どもも目(め)をすりあかめしかば、夜(よ)にまぎれてなん、あかれちりける。これは其日参(そのひまひ)り合(あは)せたる五条の人(ひと)の物(もの)がたりに聞侍(ききはべ)りき。

  ○寝言(ねごと)を云癖(いふくせ)

筑紫(つくし)の国(くに)に仕(つかゆ)る射部(いべ)の中(なか)に、寝言(ねごと)をいふくせの侍(はべ)るおとこ、ふたりまで侍(はべ)りける。寒(さむ)きころはいねもよく、さる癖(くせ)もおさまりてあるが、夏(なつ)にもなりて、ことにあつき夜(よ)などは、現(うつつ)の時(とき)にもまさりて、口(くち)はやく物(もの)いひ、いねなどはこけありくのみか、後(のち)はおき居(い)、あるひは立(たち)あるきなどするを、たぐひなき癖(くせ)なりとて、国中(こくちう)に聞(きこ)わたりけり。されども、常(つね)のさまよろしきものどもにて、私(わたくし)の心(こころ)なく、又弓射(またゆみい)るわざは、此二人(このふたり)にならぶものなく、これが組頭(くみがしら)なる人(ひと)の心(こころ)のも、よろずかなひければ、其癖(そのくせ)ひとつはくるしからぬこととて、ゆるされたり。さるは後(のち)には寝言(ねごと)の名高(なたか)く聞(きこ)え、終(つひ)には君(きみ)にも聞(きこ)しめしつけて、只(ただ)おかしきことに思召(おぼしめし)たり。又、此二人(このふたり)は友(とも)としいとむつまじく、兄弟(きやうだい)のごとくまじわりて、夜(よ)る昼(ひ)るともにあそび居(い)る侭(まま)に、夜(よ)もかたみに宿りなどしてあるを、かたはらよりかのくせをきくに、いとおもしろかりしかば、(かれがふたりやどりあひてある時(とき)は、かならずしらせよ)など、其家人(そのかじん)どもにいひおきて、まな行(ゆき)て其寝言(そのねごと)をなん、きき居(い)てわらひけるあまりに、さることの名高(なたか)くなりければ、其組頭(そのくみがしら)の人(ひと)も、さるくせはたぐひなきことなり、聞(きき)とどけておかばやと思(おも)ひ、其(その)こととなくまねきて、(長雨(ながあめ)のいとつれづれなるに、酒(さけ)ひとつもりて物(もの)がたりせん。今夜(こよひ)は打(うち)とけて遊(あそ)ばせよ)とゆるして、よき真魚(さかな)ども取出(とりいだし)て、女(おんな)のわらはに酌取(しゃくとら)せて、ひたじひに酒(さけ)をもりたれば、此二人(このふたり)もいとかたじけなしと思(おも)ふままに、引(ひき)うけうけ数(かず)もかさねたれば、酔(よひ)すぎて無礼(ぶれい)のことなどいひ出(いで)むも、いとおそろしければ、(かへりさふらはむ)といふを、(今夜(こよひ)は雨(あめ)もいたく降(ふり)、夜(よ)も更(ふけ)ぬれば、次(つぎ)のひと間に宿(やど)りてあれ。夜(よ)の間(ま)のことも申付(つけ)たり)などあるに、いよいよかたじけなくおもひて、(しからば、今(いま)一つぎふたつぎ返(かへ)し侍(はべ)らむ)とて、又(また)うちかさねて、今(いま)は眠(ねむ)たげに見(み)へしかば、「我(われ)も入(いり)て寝(ね)む。ゆるりといねてよ」など云て入りて、さて、妻もこゝへ来て、「かの癖を聞給へ」とて、上の一間にみなつどりよりて、かの寝いりつくを待居りけり。此二人もいたく酔たれば、打かたぶくより、先いびきあはせて寝付たり。

さて今にてやあらむと待に、四郎といふ男のかたより、「五郎やおはする。五郎やおはす」と高声に云出たるぞ、先おかしき。五郎いびきをとゞめて、「是にさぶらふを、何事ぞ。あはたゞし」とこたへたるも、唯うつゝに物云斗也。四郎、又いびきをとゞめて、「頭の三 ありて、つばさのかた羽なる鳥が、彼空にかけりてくる/\とめぐるなり。かけ鳥に射ておとせ。われらは酔過てあるに、かれ射当むとも思はれず。そこ元は一杯打ちこぼし給ひて呑ざりしほどに、其おぎなひには、彼鳥を射あてよ」とぞいひかけたり。五郎むく/\とおき出る音するに、さる心得して、いとあかく火をともし置たれば、こなたよりのぞくに、何事もくまなく見ゆる。さて起あがりたるを見るに、目はさらにひらかず。丸寝やしつらむ、帯などもかたくしめたりしが、枕におきつる太刀をとりてわきばさみ、つと立ちあがりて、「いでや、我射あてん。まことに空をかけりてくる/\とめぐるよ。我もし射あてたらば、今一杯呑まんや」といへば、四郎はいびきしてこたへなし。五郎ひとりごとして、「かれはおらざるか。ものゝふにかけ鳥を好みて、おのれはいづこにかまぎれうせたる。ものゝふの礼はしらざるものなり。四郎よ/\」と高声にわめきるれば、耳にや入けむ、是もむくと起て、「今何とかいひつる。ものゝふの礼はよく心得たり。いで見せんず」など、いとさけびていへば、五郎聞とりたる顔にて、「こはおもしろし。唯今かの鳥を射あてゝ、さかなにつくりて参らせん。それなる大盃もりて一杯のまんや。そのことをいひかためてこそ、此矢は放つべけれ」といふ。四郎、又きゝとりしと見えて、「おのれ又射あてずんば、いかにせん」。「我もし射あてずむば、此弓矢は段々に折て、かさねて武士のまじらひはせじ」といふ。「それよからむ。いで、射よ/\」とせむるに、「さらばそれにて見よ」といひて、物に立むかひて、弓引ため、かなぐるさまなどもまざ/\敷して、「彼鳥を射当たり」と立おどり、枕をしかとおさへて、「いとあやしき鳥かな。是をつくりて給べさせむ」とて、羽など引ぬくさまにふるまひ、あぶりほすさまなどするを、見るにたへがたく、唯物ぐるひを見るばかりなるに、四郎はいとくたびれたるならむ、「明日の夜/\」といふさへ、いびきにまぎれて打ふせば、五郎も立わぎたれば是もくたびれたらん、「明日の夜/\」といひていねたり。「けしからぬ見ものしたり」と、取々いひさわぎて、人々もしづまり、夜明ければ、かのふたりははやくおきて、宵よりの礼正しく申おきて帰りけり。

さるにてもたぐひなき有さまなりしと、君にも聞え奉れば、見たくおぼしたるに、御なり所にて宴をな

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