「夫婦別姓に関する世論調査」問題の実証的検討
人心が変化したのか,聞き方の違いか
2022年9月7日 初版作成・2022年9月29日 公開
【4分半でエッセンスを解説】「聞き方」が「答え方」を変える?:夫婦別姓制度に関する内閣府世論調査を模した社会心理学実験
内閣府が2022年3月に発表した、夫婦別姓に関する項目を含む「家族の法制に関する世論調査」では、別姓制度の導入賛成は28.9%。賛成が過去最高だった前回2017年に実施された同世論調査の42.5%から急落して過去最低となった。このことは別姓制度に反対する保守派にとって有利なエビデンスとなることから、その調査方法に注目が集まった。特に、前回調査から多くの点で調査の方法論が変更されたため、この「急落」は世論の実質的変化ではなく方法論的な原因によるものではないかとの見方が識者らによって示された(例えば、朝日新聞デジタル連載「夫婦別姓 対立の120日」第7回・第8回・第10回など)。
本稿では、サーベイ実験という手法を用いてこれらの疑問に答えることを目的とする。
まず、前回から今回への主要な変更点は以下の通りである。
1. 面接調査から郵送調査へ変更(コロナ禍による)
2. 調査項目のワーディング(言葉遣い)の変更(1.に伴う)
3. 別姓と通称の選択肢の順序の変更(別姓が真中から最後の選択肢に)
4. 制度の違いを説明する表の追加
5. 直前に別姓による子どもへの悪影響のサブクエスチョンの追加
これらの変更がどの程度「急落」に寄与したのかを知るためには、それぞれの変更点を操作した複数バージョンの調査票を作成し、回答者を無作為にそれらのうちのどれか1つのバージョンに割り当て、バージョン間の回答を比較することが有効である。これがサーベイ実験と呼ばれる手法であり、上記の変更点と回答の変化の間の因果関係に迫ることを可能にする。
以下のような条件を設定したサーベイ実験を2022年9月にオンラインで実施した。
1. ワーディング:旧版(2017年バージョン) vs. 新版(2021年バージョン)
2. 選択肢の順序:別姓項目が真中(2017年) vs. 別姓項目が最後(2021年)
3. 表の記載:有り vs. 無し
4. 子どもへの悪影響のサブクエスチョン:有り vs. 無し(悪影響があると回答した人の中でランダムに選ばれた半分の人に対してサブクエスチョンを提示、もう半分の人には非表示)
すべての条件を掛け合わせると2×2×2×2 = 16バージョンの調査票が作成可能であるが、表の記載については旧版にはなかったので、この分を除いて12バージョンが作成された。
サンプルは、オンライン調査サンプルプロバイダーのLucidから募集された18歳~69歳の男女2,597人(日本国籍)であり、クオータサンプルによって性別と年齢が2021年内閣府調査の分布とほぼ一致するように調整された。50.48%が女性であり、平均年齢は47.39歳(標準偏差は14.36歳)であった。なお、このサンプルはランダムサンプルに基づいていないため、日本の18歳~69歳を代表しない。したがって、別姓制度賛成率そのものにはバイアスがある可能性があり、内閣府調査と直接比較することはできない。本研究が関心を持つのは様々なバージョンの調査票ごとの別姓賛成率そのものではなく、条件が変わった時に回答パタンがどのように変化するのかという点である。
まず、条件1~3ごとに選択肢の選択率を示したものが図1である。条件4(子どもへの悪影響のサブクエスチョン有無)についてはここでは分けていない(後述)。
内閣府の2017年調査と同じ設計の「旧版・別姓が真中」バージョン(左から2番目)では、別姓選択肢の選択率は59.02%であった。一方、2021年調査と同じ設計の「新版・別姓が最後・表有り」(左から4番目)では別姓の選択率は36.94%であり、旧版から約22ポイントも選択率が「急落」していることがわかる。もちろん、本研究はオンラインで実施されたものであり、調査時期や調査モードが異なる内閣府調査とは直接に比較はできない。しかし、本研究への参加者は同時期に無作為に異なるバージョンの調査票に回答したため、この「急落」は純粋に質問の聞き方による違いによって生じている。実際、図1に示した6つの条件のうち、2017年調査と同じ設計のバージョンで別姓選択率が最も高く、2021年調査と同じ設計のバージョンが最も低い結果となった。つまり、調査の聞き方の違いだけで20ポイント以上の「急落」を演出することが可能である。
図1 ワーディング、選択肢の順序、表の有無による回答分布の違い
次に、旧版と新版のワーディングを比較すると、旧版の方が別姓の選択率が高くなることが分かる。また、他の条件が同じである場合、別姓が3つの選択肢の真中に提示される場合の方が、最後に提示される場合よりも選択率が高くなる傾向が見て取れる。一方、表の有無はあまり大きな効果を持っていない(統計的にも有意ではない)。新旧のワーディングの違いで13~15ポイント程度別姓選択率が落ち、また別姓を最後に置くことで8~12ポイント程度別姓選択率が落ちる。この両者が組み合わさることで先述の22ポイント程度の「急落」が生じる。
旧版のワーディングで別姓選択率が高くなるのは、2つの理由によると思われる。
まず、日本人に強く存在する「中庸な点を選びやすい」傾向が、特に別姓問題に強い態度を持っていない人が3つの選択肢の真中を中庸な選択肢であると仮定して選ぶ傾向に反映されている可能性がある。
さらに、旧版では、別姓制度と通称使用の選択肢がそれぞれ「夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望している場合には、夫婦がそれぞれ婚姻前の名字(姓)を名乗ることができるように法律を改めてもかまわない 」と「夫婦が婚姻前の名字(姓)を名乗ることを希望していても、夫婦は必ず同じ名字(姓)を名乗るべきだが、婚姻によって名字(姓)を改めた人が婚姻前の名字(姓)を通称としてどこでも使えるように法律を改めることについては、かまわない 」とされている。まず、選択肢の文章が長くわかりにくい。さらに、ここで特徴的なのは「かまわない」というワーディングである。これは「拒否の不在」を測定しているため、あまり積極的な賛成ではない場合でもこのワーディングの選択肢が登場した時点で「まあ、これでもかまわないかな」と考えて選択してしまいがちである。したがって、最後の選択肢よりも真中の選択肢の方がさらに選択されやすくなると考えられる。
内閣府の2021年調査で添付された表はかなり複雑で理解するのが難しいため、多くの人は表の解読に時間をかけることなく質問に回答したのではないかと考えられる。したがって、表そのものの提示の有無には回答行動を大きく変えるほどの効果は見られなかったのだろう。
最後に、子どもへの悪影響のサブクエスチョンの有無について検討したが、最終的な結果に大きな影響を与えていなかった。このサブクエスチョンは夫婦別姓が「子どもにとって好ましくない影響があると思う」と回答した人のみに提示される。2021年内閣府調査では悪影響があると考えた人は62.6%、本研究では54.14%であった。悪影響があると思わないと回答した人には提示されない質問であるため、キャリーオーバー効果があったとしても提示された人のみの間で生じる効果である。したがって、最終的な別姓の賛成率に対する影響は限定的となる。旧版のワーディングでの子どもへの悪影響サブクエスチョンの有無による回答分布の違いを図2に、新版のワーディングについては図3に示したが、いずれもサブクエスチョンの有無によってほとんど差が見られないことがわかる。子どもへ悪影響があると回答した人に限定して分析を行っても、サブクエスチョンの有無によって別姓賛成率に差が生じることはなかった。
図2 子どもへの悪影響に関するサブクエスチョンの有無による違い(旧版)
図3 子どもへの悪影響に関するサブクエスチョンの有無による違い(新版)
本研究は調査方法論の変更が別姓制度賛成率の「急落」にどの程度貢献したのかをサーベイ実験を用いて検討した。その結果、調査項目のワーディングの変更と選択肢の順序の違いによって約22%の賛成率の「急落」が生まれうることを示した。一方、内閣府の調査における「急落」は42.5%から28.9%へ13.6ポイントの下落であった。内閣府調査は調査モードの変更なども含んでおり、本研究における結果と直接数値を比較することはできないが、その他の条件がすべて一定だったとしても(つまり世論の実質的な変化が全く起きていない場合であっても)、質問の聞き方だけでこの程度の下落は生じうることが示されたといえる。
調査モードやそれに伴うワーディングの変更はコロナ禍における判断としてはやむを得ないものであった。また、ワーディングそのものについては他の識者も指摘するように旧版より新版の方がシンプルでわかりやすく、改善と言えなくもない。したがって、変更そのものに問題があるとまでは言えないが、2017年調査と2021年調査の差異を「世論の別姓制度に対する支持が低下したこと」、すなわち人心の変化だと解釈すべきではないことは、本研究の結果から明らかであろう。様々な変更が加えられた結果、2021年調査と以前の調査を比較することはできなくなった。今後はできるだけ2021年調査のデザインを維持して長期的な変化を捉えられるようにすることが肝要である。
本報告に関して、開示すべき利益相反関連事項はない。
本報告に含まれる調査は、大阪大学大学院人間科学研究科行動学系研究倫理委員会の承認を受けて実施した(HB022-051)。