ユーモアクラブより転載。

北広次郎エッセイ集 ミスターヨーロッパだより

第31号

 シャールロッテ・ド・ロスチャイルド(CDR)

 音楽文化親善特使のコンサートの背景を垣間見る

(写真は2011年秋、東北CDRチャリティー・コンサート会場)

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まず主題に関しその後皆様から戴いたメイルに感謝申しあげます。

 これほど歴史的に未曾有の3・11の大津波震災以後一周忌が過ぎんとしているのに、すでに風化しつつあるのではないか、と危惧されている方々がいらっしゃる状況も感じています。そこで非力な人間ながら、一体これから何がせめて自分には出来るのだろうかと思い悩んでいます。

 しかし 私は非力ながらも、海外に1966年から在住してるが、それだけに望国の念強くなり亡国にはなってほしくありません。このままで行くならば、どんなに笛吹けど太鼓叩けど、世界は永久に『福島(イコール日本)は第二のチェルノブイリ』という固定概念のまま定着してしまいます。

 思い切った革新的イメチェンのアイディヤを出し合い、それには単にアイディヤだけに終わらせず、皆が実践をするという意識が必要不可欠だと確信しております。私個人だけでは限界があるが、私の身の丈でも出せるアイディヤを絞り、海外と故国ジャパンに再起して貰いたいの一心です。

 これは目的意識を共有し、理解しあえる同志の仲間の方々の強力な協力の絆がなければ、何事も前進しがたい大きなテーマであると感じています。

 3・11の一周忌の今月、英国BBCが日本ロケで収録してきた「ドキュメンタリー番組」を放映しました。いつもながらBBC独特の手法による内容で、被災地の子供を主体の語りを中心に集録されているのが、かえってさりげなく、じわじわと徐々に強烈な印象的を醸し出す効果を出していました。

 このフィルムは、日本孤島のひとびとにも観て戴きたいものです。英国時間2012年3月8日(木)夜9時に英国全土に放映されたものです。

 一人だけ助かった小学校の先生が、亡くなった生徒の親たちから、強烈な非難を向けてる場面は眼を避けられない、胸の痛みを感じました。

『すぐ 裏の小山に上って避難してれば、生徒達は、命が助かった筈なのに、先生達の指示で校庭にとどまり、津波にさらわれて亡くなってしまった、いたいけな生徒達は一体、、、、、、?!?!?』と言うPTAの怒りの言葉。そして一人生き残った教師は『前代未聞の経験したことのない大津波地震に判断がつかなかった。 』というだけで、頭を垂れてるのみので後は無言で通してるのみ。

 もし私が、あなたがあの場の教師であったらどうしてるか? 又もしあの場面でPTAの中の一人だったらどういう発言行動パターンをとっているだろうか? なんとも耐え難いような、重い十字架を背負って丘を登るその重苦しい空気。

 ドキュメンタリー・フィルムの制作手法には、独特な定評があるBBCの取材の優れものの番組であったせいもあり、その内容の深刻さになんとも言葉が出なくなりました。BBCの手法は、常にヒューマンの取材哲学が秘められています。

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 本年春のCDR文化親善特使の日本公演予定の中の一部は

  http://www.min-on.or.jp/special/2012/rothschild/

ですが、5月は米国公演ツアーになっいます。

 本年秋の日本公演はつい一昨日、また追加として本年10月中旬の東北での大型チャリティー・コンサートが決定された連絡が、日本のスポンサー団の関係者の方々から私に電話とメイルで確認があって、この念願だった企画なのでコンサートだけのみならず、それ以後の方の、なんらかのお役に立てるような、ある継続プランをもって望みたいと考えて来ましたので、決定を首を長くして待っていました。

 とくに福島原発事故が、チェルノブイリ原発事故の時のような報道を世界に流されてしまったのは、海外に永く住む私から見ても、遺憾で無念ですが、この異変現象に対するイメチェン・チャレンジは、単なる東北福島エリヤだけの問題ではなく、八方海洋孤島国Jジャパン自体の世界へのイメチェン大変革にシンクロナイズ(連動連結)していると考えて、歩む、いや時には走るしかないと思います。

 CDR文化親善特使に関しましては、3・11震災後、日本での公演予約申込が、当然減るものと思っていました。ところが様子を見ていましたら、その予測に反して、日本からも更に多くのチャリティー・コンサート招待公演が昨年から増加する現象が発生しました。

 これまったく想定外で、関係者は首をかしげていますが、本年も申込みが来ていまして、3月下旬4月上旬日本、5月米国公演、6月欧州公演、9月下旬10月中旬まで又昨年同様九州宇部関西関東北など日本公演に続き、10月下旬から香港シンガポール・オーストラリヤ公演が決まっております。この大部分は、実は昨年から申込があったものに加わって来てるものです。

 今中国本土北京上海からのコンサート公演のお誘いの打診も来ていますが、本年はCDR特使の予定がほぼ決まっており、時間的に余裕がないので、来年に考慮したいと思っています。

 昨年3.11以後他の外国タレント・アーティスト達に関して企画されていましたコンサート・イベントで、特に東北地方でのものが多いが、日本での予定がキャンセルになったものもかなり会ったと聞きました。 しかし2011年9月中旬からCDR特使は、あえて仙台公演を行い、直後気仙沼や東松島等被災地を視察して周りました。

 一方9月14日夜の、学習院大学東北福島支援チャリティー・コンサート公演は、当初は8月の盆休み前と学校休み8月中にコンサート会場の許可がおりたのですが、準備時間があまりにも短いことが危惧されていました。当初は訪日前か既にインド公演のために、9月14日早朝成田発便デリー向け出発の予がが決まっていたのです。しかしCDR女史は、東北福島支援の当方の裏方の事情に同情して下さり、ぎりぎりの瞬間に、9月14日早朝発便をわざわざキャンセルして翌朝便に切り替えてくださいました。そして当日500名を超える観客が集ってくださいました。

 その学習院大コンサートに来て下さったを方々の中には、わざわざ航空便で札幌からお越しになってた方がいる事を知りまして頭が下がりました。この方はCDRコンサートはこれが初めてでなく、1990年代のだいぶ以前に札幌で行われたCDRコンサートにお越しになりファンになったのだそうです。

 その頃福島原発事故の放射能の影響で、主に東北からそして関東在住の外国人達の大半も日本脱出、本国への帰国をしている最中でした。私も2011年8月訪日直前に英国のマンチェスター国際空港で、放射能からの脅威から逃れるため、日本の東北地方に住み着いていた英語の先生等を含む英国人達が帰英して来た団体に出会いました。

 2011年9月14日の学習院大学東北支援チャリティー・コンサートの直後から、私は特に原発事故の現地である福島県でのチャリティー・コンサート開催の意義を、CDR特使と繰返しお話して来ました。

 これには私の過去にかかわる背景の事情があります。私はかつて元いた商社時代、マンチェスター・リバプールの中間にある英国核燃料公社(BFNL)からの原発用の核燃料棒の輸出を手伝っていたことがあります。燃料棒の日本向け運搬専用船二隻も英国の造船所で建造され、完工式も行われた時でした。

 そのころ日本の東電を含む九電力東海村へ運搬される核燃料棒保管プールの安全管理方法を見て、日本国はその危機意識に関する安全管理法には、十分対策がなされているはずと思う傍ら、安全管理のための発想法の相違をBFNLの方に教えられて、気づいた事もありました。以前東海村で、臨界をこえる事故があり無防備な係員の方が、バケツに水汲んで処理しようとして、放射能をいっぱい浴びてお亡くなりになった事故がありましたが、本来その時点で国として安全管理体制が強化されるべきであったにもかかわらず、放射能に対する軽視というか、無知ののまま、一過性の事故として一時は報道はされただけで、結局は風化され封印され忘れさられてしまいました。

 本来あの東海村の事故の時が、福島原発事故への兆しであったと見るべきでした。

 しかしその国家的危機意識は生まれなかったし、準国営企業的体質の電力会社には表向きの利益追求しか見えておらず、『日本には原発事故は起きない神話が』はびこり、あらゆる危機を想定した安全管理への必要経費の出費は無視されて来たのです。

 これは故意の過失、故意の過誤であると思います。ましてチェルノブイリ原発事故も、対岸の火事にしか見ていませんでした。

『日本にはあり得ない事故』という妄信(盲信)したままの無知蒙昧か、電力を制する技術者や管理経営者の驕慢体質をそのまま踏襲してきたといえます。そのつけは余りにも大きすぎるしっぺ返しになった事が、今回の国民的大被害の犠牲者を生んだわけです。

 これに関する詳しい事は、お時間のある時に、 『北広次郎 』をインターネットで検索し、 『ミスターヨーロッパだより 』の第13号などを御参照ください。

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2011年04月11日(月曜日)更新第13号

『原爆と原子力発電の相関関係を省みる』

2011年06月07日(火曜日)更新第14号

『戦後日本の原点に戻って』

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2011年06月17日(金曜日)更新 第15号(その一)

『明治維新文明開化から現代日本の東北大震災福島原発まで』

2011年06月17日(金曜日)更新 第15号(その二)  

『日本国民のために暖かいロイヤル外交を!』 (1)

『日本国民のために暖かいロイヤル外交を!』 (2)

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2011年06月23日(木曜日)更新 第16号

北 広次郎の先祖の話

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 その間、CDR特使は東北コンサートの話をして一度も躊躇したり、嫌がったりする事はありませんでした。むしろ常に逆に積極的で東北に対して前向きに考えて反応してくれました。

 1980年代末から、東北地方都市でも既に何度も公演活動を、地道に辛抱強く行ってきたCDR特使にとっては日本全土、特に昨日今日のにわか外人タレント・アーティストとは全く異なる歴史があります。

 それと1948年、二千年振りに現代イスラエル国家再建を成し遂げ『イスラエル建国の父』と称されたCDR特使の実父第五代英国ロスチャイルド家当主エドムンド・ロスチャイルド男爵の大きな影響を受けていました。実父ニックネーム・『エディ』は大の日本びいきで、戦後日本を訪問した回数が33回を越すといわれています。

 エドムンドと北 広次郎の関係については、上記『ミスターヨーロッパだより』の中の

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第7号

『クオ・バディス、孤島国Jジャパン?』(その二)

 (英国ロスチャイルドが北に贈った感謝状のわけ)

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2010年07月16日(金曜日)更新 第8号

『クオバディス孤島国Jジャパン?』(その三)

 (英国ロスチャイルドが北に贈った感謝状のわけ)

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2010年07月28日(水曜日)更新 第9号

『クオ・バディス 孤島国Jジャパン?』(その四)

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2010年08月10日(火曜日)更新 第11号  

『ロスチャイルドと音楽家の実像』

   音楽の表裏歴史 (その1)

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2011年03月10日(木曜日)更新 第12号

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を御時間のある時に御参照ください。