ユーモアクラブより転載。

北広次郎エッセイ集 ミスターヨーロッパだより

第36号

 英国シャーロット・ド・ロスチャイルド芸術文化特使の実父

 エドモンド・ド・ロスチャイルド家系図

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ロスチャイルドグループ第5代頭首のエドモンド・ド・ロスチャイルド(Edmund Leopold de Rothschild)、ロンドンの自宅で2009年他界。享年93歳。

1916年ロンドン生まれ。父はN・M・ロスチャイルド・アンド・サンズ。幼少時より帝王学を学ぶ。ケンブリッジ大学ハロウ&トリニティー校卒業。その後、

世界各地を回る大旅行(グランドツァー)を経験。その後、銀行家として各国を相手にビジネスを展開し、70年からロスチャイルドグループの銀行の会長を務めた。

 一方で、ユダヤ人難民問題に積極的に取り組んで1948年に現代イスラエルの建国の父と呼ばれてます。大変親日家でお爺さまの代から明治維新、日露戦争国債(4回に渡り高橋是清が関係した)及び、日本国鉄拡張国債、及び、関西大震災復興国債、戦後日本の復興国債も引き受けて日本の為に大きく貢献し、昭和天皇陛下から勲一等瑞宝章を受けています。38万坪の自宅庭園を一般に公開し、園芸家としても知られる(エクスベリー ガーデン)。世界一のシャクナゲパークを有しています。

 ◇エドモンド・ド・ロスチャイルド〔ジェイコブの父ヴィクターの再従弟〕このエドモントの御息女がシャーロット・ド・ロスチャイルド音楽文化特使です。

http://www.you-more.jp/esp.php?_page=blog&_authorID=20&_seg=3&

http://mimi.livedoor.biz/archives/51886461.html

 ◇イヴリン・ド・ロスチャイルド〔エドモンド・ド・ロスチャイルドの従弟)の息子が、環境活動家で、ペットボトルのヨットで太平洋横断に成功したエコな冒険家であるデービット・ド・ロスチャイルド http://xbrand.yahoo.co.jp/category/travel/609/1.html

 ◇イギリス家当主 ジェイコブ・ド・ロスチャイルド男爵 1936年生まれ。80年以後のファイブ・アローズ証券会長。J・ロスチャイルド・ホールディングス社長。ロスチャイルド投資信託(RIT)キャピタル・パートナーズ会長として、ジョージ・ソロスらの金価格操作やヨーロッパ各国の企業買収、CIAレポート。

 ◇エドムンド・ ド・ロスチャイルド〔ジェイコブの父ヴィクターの再従弟〕 1916年生まれ。ロンドン・ロスチャイルド銀行会長(70~75年)、重役(75年以後)として中心的に活動。タバコ会社のダンヒルとロスマンズのほか、アライアンス保険の重役をつとめ、ウラン・カルテルを形成したカナダ開発の中核として、ブリンコ副社長、ファイブ・アローズ証券の重役を歴任。イギリスのサウザンプトン近くにエドムンドの父ライオネル・ロスチャイルドが1919年に土地を買って22年かけて巨大な造園工事をおこない、エクスベリー・ガーデンと呼ばれる夢のような庭園をつくる。ライオネルは「趣味で銀行家をやっているが、本業は庭師だ」と語ったが、ヨーロッパ全土の力を集めても庭師の資産に勝てなかった。以来そこに、代々一族が受け継いできた邸宅エクスベリー・ハウスがあり、敷地が38万坪の広大な田園に、しばしばエリザベス女王も訪れる。森と湖ばかりか狩猟、乗馬、何でもできる天国。ここに10の館が聳えて、みな一族が住む。

 エドモンドの御息女シャーロットは、ソプラノ歌手で、世界中のロイヤル外交として公演されておりますが、此の度の日本の深刻な事態におきまして、日本の事を心よりご心配なされて来日して頂いておられます。 歌声は美しく日本の歌も日本人以上の情感をこめて日本語でも歌う歌姫と評価されています。 またエドムンド・ ド・ロスチャイルドの功績は、1948年現代イスラエル国家を、2000年ぶりに再興した事で、紀元前にアッシリヤ帝国の侵攻により、旧イスラル帝国が滅亡し、12種族が世界中に離散して以来、国土を失ったさまよえるユダヤ民族となったのです。

そのユダヤ系種族は、中央アジヤやロシヤに散在したが、一部は日本にも移ってきたとも言われる事もあります。エドムンドは現代イスラエル建国の父とも呼ばれているが、ロスチャイルド家は幕末からは特に日本との関わりが強くなっています。長崎出島のグラバーの背後もフリーメイソンで、幕末から坂本龍馬や三菱グループの創始者岩崎弥太郎ともむすびついて、維新後はロスチャイルド家は日本政府発行の国鉄拡張国債、四度の日露戦争国債、関東大震災復興国債、第二次世界大戦後の日本復興国債などを引き受けてきて、エドムンドは昭和天皇から勲一棟旭日瑞宝章を授与されています。

 

エドムンドと北広次郎との親交は、1980年代後半から始まったが、その経緯については、北広次郎の ミスターヨーロッパを検索して見て下さい。ロスチャイルド家に領地の一部を分譲した、隣人の歴史的な高等貴族モンタギュ家が最初北を紹介した事に端を発しています。モンタギュ家は、先祖が天才的大劇作家ウイリアム・シェイクスピヤーの才能を認めて庇護者(パトロン)として世に出したもので、先祖のロメオ・モンタギュ公の実話を戯曲に書かせたのが『ロメオとジュリエット』であります。モンタギュ公家のビューリー(Beaulieu) 古城はイングランド島の南端にあり、かつて世界最大の帆船造船所を有していました。ここで建造された帆船は、東インド会社の交易にも多用され、大西洋、インド洋から、支那海まで来ていて、琉球(沖縄)近辺まできていました。

また世界最大の帆船軍艦も建造していましたが、その最大級のこのは、四層建てで最大数の砲門を備えたアガメムノン号はネルソン提督の旗艦船となトラファルガー沖大海戦で、ナポレオン率いるフランス海軍を撃滅させました。 ちなみに『アガメムノン』とはギリシャ語で『海神』という意味です。いま倫敦(ロンドン)のトラファルガー広場の見上げる高い塔の上に、立っているのがネルソン提督のブロンズ像ですが、その下の噴水の外に、伏せてるブロンズのライオン像がありますが、明治初期これと全く同じものを同じ鋳造所に発注して、日本に持って来たのが銀座の三越百貨店です。

 ◇レオポルド・ド・ロスチャイルド〔エドモンドの弟〕 1927年生まれ。ロンドン・ロスチャイルド銀行重役、サン・アライランス保険重役のほか、70~83年にイングランド銀行理事を歴任して、サッチャー首相の経済政策について事実上の支配者となる。

 ◇イヴリン・ド・ロスチャイルド〔エドモンドの従弟〕 1931年生まれ。99年現在ロンドン・ロスチャイルド銀行会長として、毎朝、全世界の金価格を決定。ニューコート・セキュリティーズ社長、デビアス重役、ファイブ・アローズ証券重役、パリ・ロスチャイルド銀行重役、金塊業者ジョンソン・マッセイ大株主、経済紙 エコノミスト 会長など、数多の金融機関と企業幹部を兼務。

 ◇フランス家当主 ギイ・ド・ロスチャイルド男爵

1909年生まれ。戦時中はドゴールの密使をつとめたが、49年に父の死後パリ・ロスチャイルド銀行の資本金の半分を握って頭取就任。ニューヨーク・ロスチャイルド証券会長、メリル・リンチの中核細胞となったニューコート証券社長、日本に進出したファイヴ・アローズ証券会長、リオ・チント・ジンク重役を歴任して全世界のウラン・カルテルの頂点に立つ。フェリエールにある歴代の邸宅はギイの手で大改装され、敷地は地平線の彼方まで広がる領地で、農民600人が住む。18世紀ロココ調の邸内はクリスタル・ガラスと黄金の格子細工のシャンデリアのほか、至る所に宝石がちりばめられ、浴室の蛇口は純銀、金の象眼細工、ゴブラン織、鼈甲細工など財宝の山に囲まれる。 ギイの2人目の妻マリーエレーヌは、直系のロスチャイルド一族。彼女の祖母エレーヌ・ロスチャイルドは、あり余る資金を使って、オランダで最も有名なデ・ハール城をユトレヒト郊外に再建した。14世紀の古城を復元するその工事は1892年から1912年まで20年の歳月を費やし、アムステルダム中央駅や国立博物館を設計したオランダ随一の建築家ペトルス・コイペルスが指揮するなか、数百人の芸術家と職人が従事した。内部は建築というよりルイ王朝風の芸術品の宝庫で、絢爛豪華な大ホールの彫刻、柱と壁の文様、調度品、ステンドグラスなどに圧倒される。邸内の敷地には厩舎から教会、バラ園、乗馬コース、テニス・コート、レストランのほか、鹿が走り回り、運河まであるひとつの村。城内には発電機もあり、ギイの義弟にあたるハーヴァード大学出の現代当主ティエリーがそこに住む。

 ◇ダヴィッド・ド・ロスチャイルド〔ギイの息子〕

1942年生まれ。92年以来ロンドン・ロスチャイルド銀行副会長。ロスチャイルド・ヨーロッパ社長、ロスチャイルド・カナダ会長、ジュネーヴのバンジャマン&エドモンド・ロスチャイルド・ホールディング顧問など兼務。