お菓子争奪戦
「えーっ、聞いてません」
夏連木 三一七(かつらぎ みいな)が駿府奪還戦のサポートメンバーに志願したのは、ひとえに進学のためである。
御台場で盛んにおこなわれているお手合わせで、まったく勝てないのは、人を殴れない性格故であるが、これまでに巻き込まれた戦闘でも、戦果をあげたことがなく……もちろん、ヒュージ相手には全力で戦っているにも関わらず……という経歴を顧みるに、このままでは、内部進学とはいえ、御台場の高等部への進学も危ういのでは、という危機感を持ったのである。強いリリィになって、故郷の甲州を取り戻したい。そのためには、ここでドロップアウトすることは、できない。
そんなわけで、内申書の点数を少しでも良くするべく、サポートメンバーとして、駿府奪還戦に応募することにしたのだ。
本来サポートメンバーとしては、スキラー値が50に満たないマディックがつくことも多いが、今回に関しては、スキラー値はリリィとしての条件を満たしているものの、戦闘経験がなかったり、中学生だったり、というメンバーを優先して集めているようだ。そのあたりになにかきな臭いものを感じないでもなかったのだけれど、サポートメンバーについては、戦闘はせいぜい自衛戦闘のみ、と聞いていたので、背に腹はかえられず、と参加を決意したものである。それなのに……
めでたく第一部隊付きの配置も決まり、その顔合わせに赴いた、百合ヶ丘女学院で、申し渡されたのが、訓練への参加指示であったのが、冒頭の台詞の所以であったりする。
「まだ部隊としての員数を満たしてないし、さ、訓練これない奴もいるから、さ」
「そうそう、メンバーが揃うまで、ね。おねがい」
「訓練後の反省会に、おいしいお菓子も用意するから!」
どうやら、第一部隊の所属リリィが全員そろっての訓練が出来ないため、その穴埋めのようだ。ならば仕方がない。
昨今の風潮としては、連携、特にノインヴェルト戦術を駆使した戦い方が主流となりつつある。とはいえ、寄せ集め……第一部隊のほとんどは百合ヶ丘のリリィではあるが……のメンバーでいきなりノインヴェルト戦術を成功させるというのは難しいであろう、そんなことが出来るのは、一握りのトップクラスのリリィ達だけではないだろうか?そう考えれば、メンバーが揃うのを待たずに、一刻も早く連携を確かめたい、というのは、わかる。
そういえば、その、わたしでも知っているような有名リリィ、有名レギオンがこの作戦に参加していないようなのも、なぜだろう?もしかしたら、この外征は、本攻勢の前の威力偵察のような作戦なのではないだろうか。まあ、そんなことはわたしが気にすることでもない。
ということで、お菓子。
反省会においしいお菓子を用意する、というのは、本当であったのだ。
そして、お菓子は、なぜか毎回最後に余るもので、毎回争奪戦のじゃんけんが行われるのである。
「あー、もう私はいらないや」
「そうそう、三一七ちゃん、お食べよ」
先輩方は、そう勧めて下さる。でも……
「下水流の姐御、勝ち逃げ……なさるんですか?」
わたしは、一人のリリィの方を向いて、言う。
※ ※ ※
「ハァ?そんな安っぽい売り文句で、買ってくれるのはスズくらいだぞ!」
いつの間にやら、コイツはスズを「姐御」と呼ぶようになった。ここ百合ヶ丘に来てからは決して耳にしない単語でいまいち慣れないが、少なくとも敬意を持った呼び名である事は確からしい。
リリィ見習いの中学生にしては見る目があるな、夏連木三一七!!
目の前の勝負───あまつさえ、今日のお菓子で一番美味しかったやつが一つ残った、その争奪戦───から逃げるなどという文字は、スズの辞書には存在しない。
それに……何回負けてもめげずに果敢に挑んでくるヤツは、嫌いじゃないし。
「じゃーんけーん……ぽん!」
今までも試行錯誤の上でなんとか勝とうとする姿を見てきたが、じゃんけんとは頭でごちゃごちゃ考えた策を弄したり、目を瞑ってエイヤと運否天賦に頼るものではない。スズは勝つべくして全ての勝負に勝利してきた。
今回も、パーを出そうとするところから途中でチョキに変えるのが、丸わかりだ。あっさり1回で勝利。
「フフン、またしてもスズの勝ちだな!」
夏連木三一七は、自分の手をしばし見つめた後、
「今日も……ダメでした……」
とつぶやく。
見ると、その目には、涙が溜まっている。
そして、そのまま控え室の外へと走り去ってしまった。
(あーあ、勝ちをゆずってあげればいいのに)
(泣かせた、泣かせた)
(中学生相手に、大人げない)
「うるさいうるさい!正々堂々勝負して何が悪い。これはもうスズのもの!」
騒動の渦中にあるお菓子を一口に頬張る。甘くてとっても美味しい。勝利の美酒とはこうでなくては。うるさい外野には勝手に言わせておけばいい。スズはなんも悪くない!!
アイツは明日も懲りずに勝負を挑んでくるだろう。勿論その度にスズが勝つし、この外征が終わるその日まで、スズの連勝記録は容易に更新されていく。最後の記念に負けてやろうとか、そういう気はさらさらない。
───自分よりずっと強い相手に手を抜かれて、わざと負けて貰って、そんなことで嬉しいワケがないのは、スズが一番知ってるんだから。
でもまさか……翌年度から2年間、百合ヶ丘の高等部に入学してきた彼女に付きまとわれることになるとは、この時のスズには知る由もなかったのである。
END
v0.1 初稿
v0.2 下水流様視点パートについて、修正頂いた