聖俗の堺 2

[06:06:35] comet Morigi: こちら宗教美術館を会場に、この講座の回を重ねて、

[06:07:26] comet Morigi: 当展示室の鳥居(聖俗の境)と博物館の文法干渉から、

[06:08:09] comet Morigi: 私たちが知らぬ間に身に付けている芸術文法が見えることを期待して、題目を決めています。

[06:08:30] comet Morigi: 聖域と俗界の境は、鳥居に限らず、

[06:09:04] comet Morigi: 美術館・博物館・芸術自体も、聖俗の境界の役を果たすことで、

[06:09:15] comet Morigi: 芸術足り得ているらしい。

[06:09:34] comet Morigi: 「~らしい」と言ったのは、私の経験の中では、たくさん事例が出るので。

[06:09:51] comet Morigi: 皆さんが簡単に共感して下さるかどうかは、わかりませんが。

[06:10:10] comet Morigi: 博物館の中に鳥居を置くと、

[06:10:25] comet Morigi: 聖俗の堺が重複して、「なんか変だ」と言われやすい。

[06:11:25] comet Morigi: さっきの朝日新聞YouTube、お経の個所だけ見れば充分ですが、見えました?

[06:12:02] comet Morigi: 内容は、こちらの個人ブログとほぼ同じです。 http://ameblo.jp/rallygrass/entry-11451521473.html

[06:11:40] Yan Lauria: 芸術自体が鳥居的役割なの?

[06:12:39] comet Morigi: 聖に一切関わらない芸術って、想像し難いくいんだけど? Yanさん

[06:13:04] Yan Lauria: え?そうなのかな

[06:13:21] Yan Lauria: 俗でも芸術足りうると思うけど

06:13:14] comet Morigi: 宗教から自立して芸術が成り立ったところから、親に対する情のようなものが、芸術に残っている。

[06:13:34] comet Morigi: 独立はしたけど、出自が宗教に有ったので。

[06:13:39] Yan Lauria: ああ、そういう意味か

[06:14:05] comet Morigi: 一方、宗教の側も、芸術・俗を断てない。

[06:14:42] comet Morigi: 世界遺産というのは、グローバル・ネットワーク・ミュージアムでしょ。

[06:15:02] comet Morigi: 遺産へのリンク先を列挙して、博物館展示に替えている。

[06:15:45] comet Morigi: そこで、サクラダファミリアのように、世界遺産に登録されて、入場料収入を得て(=博物館の価値観を借りて)、工事・整備が加速している例が多い。

[06:14:02] 陽炎 (kagerou1): 用の美(柳宗悦)というのはやはり聖に関わっていますか?

[06:14:47] 陽炎 (kagerou1): たとえば茶碗とか

[06:15:01] 陽炎 (kagerou1): あれもやっぱり聖俗関係してくるのかなと

[06:16:13] Yan Lauria: 「用の美」=「実用性の中に美しさがある」と出てた

[06:18:17] はるか (haruka.mcmahon): 実用性=俗、かな

[06:20:16] はるか (haruka.mcmahon): もともと聖-芸術の関連という概念があったから、そのアンチテーゼという形で「用の美」という発想が出てきたのかも

[06:16:27] comet Morigi: ルネッサンスが「芸術の時代」とされるのは、

[06:16:43] comet Morigi: 時代そのものが、聖の時代と俗の時代の境に在るからだと思います。

[06:17:09] comet Morigi: 時代そのものが、芸術として機能している。

[06:21:33] comet Morigi: ルネッサンス以降ポロックに至るまで、

[06:21:53] comet Morigi: 聖俗を橋渡す作例は、非常に多いと思います。

[06:22:35] comet Morigi: フェルメールは、ほんとうはカトリックの宗教画を描きたかったんだけど、

[06:23:04] comet Morigi: 商人文化の花開いた時代、宗教画じゃ食ってけなかった。

[06:23:37] comet Morigi: 宗教画への未練から、彼の描いた女中や少女は、神々しい光りに包まれています。

[06:24:16] comet Morigi: 私は、彼の絵を前にすると、小さな画面の周りに、祈りの空間が閉じて、私自身も包まれているように感じます。

[06:24:39] comet Morigi: 蝋燭の灯が、絵の中から漏れてきたような。

[06:24:16] Yan Lauria: フェルメール って、ずいぶん古い(1632-1675)のに新しいから驚く

[06:24:39] Almond Andel: 光って、フェルメールには特別の意味を持っていたようですね。特に聖性に限らない意味を

[06:25:10] comet Morigi: モネの睡蓮の部屋。Yanさんが、パリで見てきた。

[06:25:22] comet Morigi: 円周画面になっている、部屋を囲んで。

[06:25:25] Yan Lauria: うん けっこう暗い部屋

[06:26:05] comet Morigi: その実現に尽力した画家の親友・元首相は、「印象主義のシステーナ礼拝堂」と例えています。

[06:26:59] comet Morigi: 他、ポロックと同世代のロスコも、抽象表現主義絵画の礼拝堂を作っている。

[06:29:11] comet Morigi: それから、吉原治良の黒地に白い円とかね。

館内の神殿

[06:30:06] comet Morigi: 前回に、鳥居の展示に伴う、聖俗文法エラーを話しながら、単にエラーの指摘に終わらせず、

[06:30:28] comet Morigi: どうしたら、芸術と宗教の文法に整合性を持たせて、展示できるだろうかと、考えてきて。

[06:30:40] comet Morigi: そのための例を、予告にも、リンクで入れてあります。http://www.metmuseum.org/collections/search-the-collections/547802?img=2

[06:32:43] comet Morigi: 博物館の中に、丸ごと神社を入れてしまえば、

[06:33:10] comet Morigi: 「鳥居の向こうに聖域が無い」違和感は、取り敢えず回避できます。

[06:34:32] Almond Andel: 不思議に白々しいものに見えますね。

[06:34:35] Almond Andel: 外にあれば、神殿だったものが、オブジェに見える

[06:35:20] Almond Andel: あの鳥居も、オブジェと言えば、オブジェのような

[06:35:30] Almond Andel: 設置者は、もともとオブジェの意図だったらしいし

[06:35:10] Yan Lauria: 彫刻の森美術館の中にも教会の床だけ飾ってるところがあった

[06:34:34] はるか (haruka.mcmahon): その場合、鳥居のこっち側も聖、というのはOKなんでしょうか?

[06:34:42] comet Morigi: メトロポリタン美術館内のエジプト・ローマ神殿は、神道建築ではないけれど、機能的に、ほぼ神道神社に相当します。

[06:35:05] comet Morigi: 狛犬らしきものまで付いてる。

[06:35:54] comet Morigi: ここキラ宗教美術館でも、小さなお稲荷さんを作って、その前に鳥居を置くというのは、有りえると思いました。

[06:36:20] comet Morigi: あるいは、壁に闇の穴(暗室)を開けて、その前に鳥居を置く。

[06:37:19] Yan Lauria: ゲートって雰囲気になる

[06:37:28] 陽炎 (kagerou1): 鳥居がどういうものかという説明としては、そっちのほうがしっくりくるのかな

聖俗を分かつ賽銭

[06:37:36] comet Morigi: 賽銭が、博物館で厄介者になっていた例を、木下が書いてましたけど。

[06:37:42] comet Morigi: さっきのPDFです

[06:37:50] comet Morigi: ここで、また、クイズ

[06:38:01] comet Morigi: 賽銭と浄財の違いは、何でしょう?

[06:38:28] Yan Lauria: 寄付者の名前が張り出される?

[06:38:45] comet Morigi: ああ、寄付者の名前が出るの?

[06:38:46] 陽炎 (kagerou1): 寄付が浄財かな

[06:38:50] comet Morigi: 知らなかった。

[06:39:06] comet Morigi: キラは、勉強になるなぁ。

[06:39:09] Yan Lauria: いや、違うかも

[06:39:41] Yan Lauria: だけど神社の周りに寄付者の札が並んでるのを見かけるものだから

[06:39:06] Almond Andel: 賽銭箱に入るまでのお金が賽銭、賽銭箱から取り出したお金が浄財

[06:39:24] comet Morigi: あああ、箱から取り出すと浄財かぁ!

[06:39:28] はるか (haruka.mcmahon): 浄財って、銭金は不浄だから寄進して清い身になるって発想なのかな

[06:39:32] Almond Andel: いや、知らないですよ。あて推量

[06:40:58] 陽炎 (kagerou1): あ、そっか神への供物が賽銭で、神社とかの人に渡すのが浄財かな

[06:41:13] comet Morigi: 私が検索した限りでは、

[06:41:26] comet Morigi: 賽銭は、お供え物。浄財は、寺社への寄付金。

[06:41:52] comet Morigi: だから、アーモンドさんの解釈は、面白かった。

[06:42:08] comet Morigi: >>賽銭が回収されて、寺社の解釈で寄付金として扱われる。

[06:42:33] comet Morigi: 違いが、はっきりする例は、富士山の噴火口です。

[06:43:01] comet Morigi: 賽銭・お供え物が、代々、投げ込まれて、何億円か火口に貯まっている。

[06:43:14] Almond Andel: 富士山、行こうかなあ

[06:43:20] comet Morigi: でも、回収できない。

[06:43:41] comet Morigi: 賽銭を投げた人も、寄付金とは思ってなかったでしょうね。

[06:43:53] 陽炎 (kagerou1): 取ろうとすれば、自分も供物になりそうですね

[06:44:22] Almond Andel: ロッククライマーでもダメなんですかね

[06:44:40] comet Morigi: そこで賽銭は、神がいるから金を投げた、とも言えるけど、

[06:44:59] comet Morigi: 金を投げる行為が、投げ元を俗界に、投げた先を聖域に現わせる、

[06:45:25] comet Morigi: とすれば、

[06:46:06] comet Morigi: 空中を飛んでいる賽銭は、鳥居に同等です。

仏教と博物館の乖離

[06:50:22] comet Morigi: 仏像・寺は、従来、展覧会・博物館を俗界と見なして、

[06:50:43] comet Morigi: 魂を抜いてから、仏像の体だけを、展示させてた。

[06:50:56] comet Morigi: 館職員に触らせるのは、仏像の物体だけで、

[06:51:17] comet Morigi: 仏の魂は坊さんたちが、大事に守っています。

[06:52:17] comet Morigi: 博物館側も宗教に触れたがらず、美術史的に記述・展示することばかり考えてきた。

[06:52:54] comet Morigi: 特に、奈良国立博物館は、展示仏像に捧げられた賽銭を、遺失物扱いで警察に届けていた。徹底した宗教無視です。

[06:53:28] comet Morigi: それを指摘したのが、何度か読むようお願いしていた木下テキスト(2004)

[06:54:06] Amari Blackburn: 美術館に収める前に、お寺さんは仏像の魂ぬきの儀式をしていたってことでしょうか?

[06:54:13] comet Morigi: そうです。

[06:54:23] comet Morigi: 寺は、修復家や学芸員のような俗人たちに、仏の魂を預けない。

[06:54:58] comet Morigi: 国立博物館側も、廃仏毀釈の名残で、仏教(信仰)を館内に持ち込ませない。

[06:55:32] comet Morigi: だけど、そこで木下が「廃仏毀釈の名残で」と指摘した2004年から、事態が動いたらしい。

[06:55:59] comet Morigi: 2006年、奈良国立博物館で、仏像仏画供養が、始まりました。

[06:56:34] comet Morigi: いくら、美術品と言っても、その美術品は、宗教的礼拝の対象として作られたもので。開館当時の「廃仏毀釈」を引きずってきたことに、反省したらしい。

[06:58:07] comet Morigi: 「~らしい」と私の推測で言ってるのは、寺も館も、公式見解を出していないからです(明治維新以来の大改革なのに)。

[06:57:58] Almond Andel: つまり、お寺側も、美術館に出す時に、魂を抜かない?

[06:58:32] comet Morigi: そこが、念入りなところで。アーモンドさん

[06:58:52] comet Morigi: 運ぶとき、美術運送会社の俗人が、触るでしょ。

[06:58:58] comet Morigi: だから、抜きます。

[06:59:06] Almond Andel: 徹底してますね。

[06:59:13] comet Morigi: 館に到着して、また入れます。

[06:59:32] comet Morigi: 館内で、仏像に魂を入れるなんてことは、

[06:59:44] comet Morigi: つい最近2009年ぐらいから、始まったことなんです。

[07:00:19] Almond Andel: 2009年くらいから、私たちはほんものの仏を見てるわけなんですね[07:00:42] comet Morigi: それも、あくまで試みですから、いつもではない。

[07:00:15] comet Morigi: そもそも、館内常設品の仏像に供養というのが、すごく変な話です。

[07:01:19] Yan Lauria: 仏教の場合は万物に魂が宿るから、美術品に宿ってもいいってことにならないのかな?(comet 編注: その場合、仏像物体の魂・仏の魂の二本立てになりそう)

宗教文法と博物館文法の比較のために

[07:01:45] comet Morigi: 私は、皆さんが「芸術が分かる」「芸術を分かって、いばれる(誇れる)」ことのために、月例講座を持っています。

[07:02:27] comet Morigi: 一方で「難しいことは、なるべく考えたくない」「体で感じて、わかりたい」ようなご要望を、時々感じるので、

[07:02:54] comet Morigi: できるだけ感じやすい例を、「おすすめ展覧会」に挙げてきたつもりです。

[07:03:03] comet Morigi: ポロック展は、体で感じるタイプの展覧会なので、

[07:03:23] comet Morigi: 見た人と見なかった人では、理解に大きな開きが出ます。

[07:03:32] comet Morigi: その開きは、見た方なら解ったと思う。

[07:03:50] Yan Lauria: そそ、ウェブで見るのとは大違い

[07:03:49] comet Morigi: 奈良国立博物館の「仏像供養」では、

[07:04:01] comet Morigi: 館内ライブで、坊さんたちがお経を読む

[07:04:38] comet Morigi: この体験から、私たちがネイティブに身に付けた宗教文法と博物館文法を比較できる可能性が高いです。

[07:05:10] comet Morigi: ポロック展と同じぐらい、体で芸術を分かる可能性が高い。

[07:05:42] comet Morigi: 仏教と博物館、明治維新以来の改革に立ち会うチャンスです。

[07:06:05] comet Morigi: なので、年四回の奈良国立博物館、正月・お盆・お彼岸

[07:06:38] comet Morigi: 奈良に立ち寄れる方は、寄りましょう。


[07:08:29] Almond Andel: 質疑応答、お願いします

[07:09:25] Yan Lauria: ちょっと宗教と芸術の関係は意外だったので、消化するのに少し時間が掛かりそう

[07:09:40] Yan Lauria: 芸術の中に宗教の痕跡が残っているとか

[07:10:48] Yan Lauria: 禁欲的な宗教の暗黒時代から抜け出してルネッサンスになったってイメージが強かったので

[07:11:30] Almond Andel: 宗教のお墨付きがなくても、美や聖の存在を表現できるようになったって時代でしょうね。

[07:12:55] Amari Blackburn: 宗派が違う仏像とかは一緒にしちゃったら、お寺さんから文句出ないんですか?

[07:10:06] comet Morigi: 欧米の人(というと嫌味かもしれませんが)に、意見を聞いてみると、

[07:10:32] comet Morigi: 「宗教美術 Sacred Art って、矛盾語法じゃないかなぁ」

[07:11:14] comet Morigi: 「 むしろ聖博物館Sacred object museum と呼ぶべきだろうな、Artの語を外して。美術館ではなく」

[07:12:08] comet Morigi: 「美術館のキリスト像やマリア像の前で祈っている人、居る?

[07:12:20] comet Morigi: 「見たこと無いよー」

[07:12:25] Yan Lauria: 見たことない

[07:12:26] comet Morigi: 「全然、無い」

[07:12:43] comet Morigi: 私も無い。欧米人に聞いても無い。

[07:13:06] comet Morigi: なので、奈良国立博物館の試みは、非常に突出しています。

[07:13:35] comet Morigi: 他の反応としては「この奈良の博物館のは、パフォーマンスじゃないの?」

[07:13:56] comet Morigi: つまり「館内で経を読む行為自体が、祈り無き、博物館向け演技だったんじゃないか

[07:14:09] Almond Andel: そういう解釈も成り立つな たぶん

[07:14:11] Yan Lauria: 奈良の博物館だからこそ不自然じゃない気がする

[07:14:30] comet Morigi: チベット僧の砂絵マンダラとかエスキモーの儀式とか、博物館内で実演する例なら、有りました。館内でやると、儀式の真性まで論点になる。

[07:15:47] comet Morigi: だいたい、魂を入れてなかったはずの館の仏像に、何で供養できるんだろ?

[07:16:48] comet Morigi: 経を読んでる間だけ魂が来て、読み終わると逝っちゃうんですかね。

[07:17:36] はるか (haruka.mcmahon): 読経というパフォーマンスそのものが聖であると

[07:16:26] 陽炎 (kagerou1): 個人的には、むかし宗教に課税されたときに、(反対した寺が)拝観停止とかした記憶があるので(京都)

[07:16:53] 陽炎 (kagerou1): 何かのパフォーマンスではないかというのは思ってしまいます[07:16:44] Yan Lauria: 最近読んだSF小説に、博物館にある展示品に魂が宿っているのがあった

[07:17:42] Almond Andel: 祈りとか、聖なるものとの対話って、私的というか何か特別な装置が必要な気がする。その装置に説得力が有るか無いかは、誰の判断になるのだろう

[07:18:13] Yan Lauria: 仏教ってそんなに魂の宿る場所を聖か俗か選ぶような宗教だったのかなとか

[07:18:09] comet Morigi:概ね、(奈良国立)博物館の方は、

[07:18:19] comet Morigi: 「宗教性の排除をやめて、これからは積極的に招こう」

[07:18:36] comet Morigi: 寺の方は、

[07:18:48] comet Morigi: 「仏像博物館も、祈りの場として、認めてやろう」

[07:18:59] comet Morigi: そういう歩み寄りが、始まってるようですね。

[07:20:49] comet Morigi: それに、日本人なら、「魂を抜いたり入れたり、何のかのと理由を付けて、また坊主丸儲けなんじゃ」と不謹慎に想う人のほうが多いでしょ。

[07:21:21] 陽炎 (kagerou1): すいません不謹慎でした

[07:21:40] comet Morigi: いや、その不謹慎、それなりに当たってると思うので。

[07:22:30] comet Morigi: ウチの坊さんも、古い由緒ある寺のはずが、「檀家さん」と言わずに、「お客さん」と言うので、聞いてて冷める。せめて「旦那さん」(=檀家)と言って欲しい。

[07:23:28] comet Morigi: 生臭坊主も、聖俗の交じる例です。 聖を意識すると生臭くなりやすい。

[07:21:19] comet Morigi: まともな画家が少ないように、まともな坊さんだって少ないと思う。[07:21:32] Yan Lauria: 船の進水式じゃ、神主さんが神棚をしずしずと船に持ち込むんだ

[07:22:21] Almond Andel: お寺の仏も、たぶん、普通なら、暗い奥の座にましまして座してらっしゃるんだと思う

[07:22:33] Almond Andel: それを衆目にさらすなら、

[07:22:48] Almond Andel: 何かの儀式が必要と思う気持ちもわかる