◆先人のことば第18回◆

「企業は社会の許しなくしては存在できない」〜ドラッカー

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 2016年がスタートして、最初の大きな話題はSMAPの解散騒動でしたね。中東の不穏な動きも、中国の経済不安も押しのけて、ぶっちぎりの注目度でした。

 これを「いつもの芸能ゴシップ」と受け流せばそれで済むのかもしれませんが、ネット上では企業倫理とか業界の暗部とか、日本的雇用の象徴として捉える向きもあって、多種多様な見解が見られました。

 中でも興味深かったのが、広告業界の専門誌として有名な「宣伝会議」編集部によるアンケートの結果です。SMAPの広告タレントとしての価値が「低くなった」と回答した広告主・広告会社は62.8%、SMAPが所属する事務所の他のタレントの広告起用にも「影響がある」とした広告主・広告会社は約50%。

 その理由として「タレントは裏側をみせてはいけない、あくまで夢を売る商売。それをテレビで公開謝罪させ、悲壮感を漂わせては、タレントイメージが悪くなり、広告に起用しにくくなる」「解散騒動によりタレントとそのグループが持つ個性ではなく事務所という存在が巨大なものとしてイメージ化され、そのインパクトがネガティブに捉えられている」といった厳しい指摘が見られました。

 特に「所属事務所がきちんと会見を開いて、世間に説明・謝罪していない」という指摘は、一般社会の常識として実に真っ当な見方と言えるでしょう。企業が不祥事に対して会見を開くのはお馴染みの光景ですが、謝罪するのが現場の“実務担当”だけで、企業のトップは一切姿を見せないばかりか、週刊誌のインタビューにだけ答え、一方的な主張を繰り返すというのでは、「非常識」のそしりを免れないでしょう。

 これに対してマスコミ側が(ほとんどがスポーツ紙ですが)「芸能界とはそういうものだ」「事務所の意向には誰も逆らえない」といった論調で、タレント側の事情は伝えず、ほぼ一方的に一業界、一企業の“ゴリ押し”を肯定するような報道を繰り返すのも「異常」としか言いようがありません。

 問題を起こしたのが現場の社員(SMAPの場合、幹部社員と共に独立の意思表示をしたというだけで、一般社会で問題視されるような行動とは言えませんが)であっても、最終的には企業側が謝罪するのが常識。特に事務所側は所属タレントのCMや番組出演等で数百億の売上を上げており、当然クライアントやファンから莫大な収益を享受しているわけですから、説明責任は重いはずです。

 ところが、事務所のトップから聞こえてくるのは「あいさつがなかった」といった組織内での諍いに関することばかり。権力闘争に夢中になる余り、クライアントやファンを置き去りにするという構図は、大塚家具やロッテでも見られた“お家騒動”の典型ではありますが、マスコミ側がこれを格好のターゲットとして、企業の私物化について厳しく追求したのに対し、今回の報道の何と甘いことか。

 報道機関にはタブーがあってはいけません。「この業界は一般社会の常識と隔離している」と感じるならば、それを糺すのが使命。長野のバス事故であれだけバス業界を叩いておきながら、芸能界やタレント事務所は特殊な世界だからスルーというのでは、場合によっては違法行為の温床になったり、以前から関係性が囁かれている暴力団などの反社会的集団を利することにもなります。

 特にタレントを多用するテレビ局の責任は重いはず。SMAPの解散というのは、NHK(考えてみて下さい。SMAPのギャラは我々の支払う受信料から出ているんですよ)の全国ニュースでも取り上げた“国民的関心事”であったわけですから、タレント側の謝罪(そもそも何に対して、誰に対して謝罪しているのかさえ不明ですが)だけでお茶を濁し、結局何が真実であったのかという追跡報道が無いというのは、異常といえば異常。

 これではマスコミ側が例外として特定の企業、特定の業界の特殊性を認めたことになり、圧力に屈したと勘ぐられても、引いては報道機関とはその程度のものだと思われても仕方がないのではないでしょうか。

 それにしても、「たかがSMAP、されどSMAP」。SMAPはタレントという一商品に過ぎないのかもしれませんが、例え誰かが産み出したものであっても、消費者の支持が一定の水準を超えると、商品は一企業のものではなく、公共の物へと昇華してしまいます。

 そして一旦そうなってしまうと、企業内の事情や都合では商品をコントロールできなくなります。事務所側にしても、SMAPのメンバーにもしても、大きな成功には必ず大きな責任が伴うということを、今回の件で痛感したことでしょうね。(K)

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                                                 ◆先人のことば第17回◆

「芸術は、私達が芸術と気付かぬところにある」〜ブルーノ・タウト

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 一旦はザハ案に決まりながら莫大な工費が反発を呼び、デザインの見直しやら工費の縮小などゴタゴタが続き、結局は安倍首相の“鶴の一声”で白紙撤回となった新国立競技場のデザインですが、ようやくA、Bの2案に絞られたようです。

 私は建築の専門家ではないので、どちらがどうというような無責任なコメントは控えたいと思いますが、先日「日経ビジネスオンライン」に連載中の「これでいいの?日本の景観」に掲載されていたアレックス・カー氏(東洋文化研究者、NPO法人「篪庵(ちいおり)トラスト」理事長)のインタビューを読んで、このゴタゴタの本質が少しばかりわかったような気がしました。

詳しい内容は読んでいただくとして、特に興味深かったのは新国立競技場について「僕はザハ案でいいと思っていましたよ」というくだり。

 その理由として「東京はもう、すでにヘンな建物ばっかりだから。とうに景観が壊れている中に、もう一つヘンな建物ができたってたいした違いはない、と考えていた」という一言には、すっかり打ちのめされてしまいました。

 日本人ほど景観に対して鈍感な民族はいないという人もいます。確かに、土産物店やレストランのド派手な看板に占領された有名観光地や、パチンコ店と金融業者のビルに占領された地方都市の駅前など、「開発」の美名とは裏腹にどんどん劣化したとしか思えない街並みに加え、グローバル化の名のもとに増え続ける世界規模の飲食チェーンや、ファミレスやコンビニといったチープで画一的な建物の乱立。

 高速インター付近に並ぶ悪趣味なラブホテル群や、田畑や住宅地に突如出現するハリボテのような大型ショッピングモールも似たようなもので、幕末に来日した外国人が口を揃えて褒め称えた、かつての美しい日本の風景はどこへ行ってしまったのでしょうか。

 冒頭で取り上げた言葉は、1933年から日本に3年半滞在し、日本の文化・建築の素晴らしさ、特に桂離宮を絶賛したことで有名なドイツの建築家ブルーノ・タウトが、京都の曼殊院を訪れた際、小堀遠州作と言われる庭園について書き残した言葉です。

 日光東照宮やフランク・ロイド・ライトの帝国ホテルを全く評価しなかったタウトの“審美眼”が独特のものであったことも事実ですが、日本人が長い歴史の中で培ってきた美意識に、私たち日本人自身が最も無頓着だったのではないかという指摘が、この言葉の中に現れているような気がします。

 国が選定する「重要伝統的建造物群保存地区」という制度があり、近年、メディア等に頻繁に取り上げられています。手前味噌ではありますが「アラカン」に連載中の「古都逍遥」というコーナーは、こうした地区を巡る旅行記です。

http://アラカン.com

 指定されているのは関東では川越、桐生、佐原といった江戸〜明治の街並みがかなりの割合で保存されている地域なのですが、言い換えれば100年ぐらい前には「全国各地にごく普通に存在していた風景」でもあります。

 この「ごく普通」の街並みを見て、まるで異次元の空間に来たような感慨を覚えるのは、それだけ私たちが日本の原風景から遠ざかってしまったということなのでしょう。

 こうした街並みが奇跡的に残されたのは、もちろん住民や行政の努力、大規模災害や空襲被害に遭わなかったといった幸運もあるのですが、実際にはかつての宿場町や舟運の物流拠点、製糸など衰退産業で栄えた町といった、近代化から取り残された地域である場合が多いようです。

 そう考えると、美しい街並みを「敢えて残そうとした」というより、交通事情や産業構造の変化によって「いつの間にか残ってしまった」建築物を、近年、その価値に気がついた人たちが観光資源として保存、修復を始めたというのが実情ではないでしょうか。

 その点、2020年に再び五輪の舞台となる東京はどうでしょうか。関東大震災と東京大空襲という2度の惨事によって、かつての街並みが破壊し尽くされたのも事実ですが、今にして思えば再建を急ぐあまり景観保全に明確なコンセプトが無かった事の方が悔やまれます。

 ポーランドの首都・ワルシャワ旧市街のように、大戦で壊滅的に破壊されても、戦後、残された写真や絵画を参考にレンガの傷ひとつに至るまで忠実に再現されたという例もあります。

 加えて、日本人の特徴として「新しいもの好き」という性質があります。“スクラップ・アンド・ビルド”の発想は燃えやすい木と紙の家に住んでいた日本人のDNAであり、日本の主要産業である土木業、建築業を根底で支えてきた概念でもありました。しかし、鉄筋コンクリートの建物はそう簡単に壊れませんし、デザインに関しても、その時代の「斬新さ」や「流行」は時間が経てば必ず“陳腐化”します。

 残念ながら現在の東京は、そういった“陳腐化”の残骸とやがて“陳腐化”する斬新さが雑居する、猥雑な空間に成り果てました。

 しかし、悲観ばかりしていても意味がありません。100年前の景観を取り戻すことができなくとも、100年後にも耐えうる景観を作り出すことは、時間はかかりますが、不可能ではないと思います。江戸時代の人たちには普通にできていたのに、なぜ経済大国の住人となった私たちにできないのでしょうか。

 私を含め、多くの人たちが今日や明日のことで精一杯なのも事実ですが、それは昔だって同じ。現代の私たちが江戸時代の武士や明治の元勲を賞賛しているように、100年、200年後の人々にも、東京の景色を眺めながら「昔の人は偉かった」なんて言って欲しいじゃありませんか。

 結局、今も昔も普遍的に評価されるのは「いくら稼いだか」とか「どれだけインフラを構築したか」といったことより、どれほど自国の文化を守り、世界に誇れる“美”を残したかということなんじゃないかと思うのです。(K)

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◆先人のことば第16回◆

「外交というものは、形を変えた戦争の継続状態である」〜周恩来

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 ここ数日の間に、かつての“お家芸”であった日本体操の復活、そしてミラノ万博で日本館が「展示デザイン」部門で金賞受賞という嬉しいニュースが飛び込んできました。万博といえば先日取材で大阪の万博記念公園を訪れた際に、久々に間近で太陽の塔を眺め、45年前の列島“フィーバー(死語ですが…)”に思いを馳せました。

 その大阪万博(EXPO'70)の前年にはアポロ11号が月面着陸に成功、万博のアメリカ館では、続く12号の乗組員が持ち帰った「月の石」を見るために長蛇の列ができました。あの時代を懐かしく思い出される方も多いことでしょう。

 当時の子どもたちは皆、自分たちが大人になる頃には火星探検や土星探検が実現しているだろうと確信していました(探検ではなく探査は実現しましたが…)。例えば、月着陸の前年(1968年)に公開された映画『2001年宇宙の旅』では、2001年にはすでに宇宙旅行が一般化しているという設定でした。

 同様に、1989年公開の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2』で主人公がタイム・トリップする“未来”が2015年10月21日で、現実にその日を過ぎたということもちょっとした話題になりました。また、映画の中で想像された未来像のいくつかが、すでに似た形で実現されていることも各メディアで取り上げられていました。

 未来を正確に予測することなど誰にもできません。万博の2年後には日中国交正常化が実現し、上野動物園にジャイアントパンダ2頭が来園(こちらも長蛇の列)するなど、この年から日中関係は蜜月状態に入ります。その立役者こそ周恩来でした。しかし、43年後の現在、尖閣諸島をめぐる領土問題や南沙諸島埋め立て問題など、日中間は徐々に緊張を強めています。

 やはり日本との関係が冷え込んでいる韓国は、60〜70年代は現大統領の父、朴正煕による独裁政権が続き、1979年の朴大統領射殺事件以降も、1987年の大統領直接選挙まで民主化は実現しませんでした。韓国が民主主義国家として出発したのは、わずか28年前。中国にしても「死者40万人、被害者1億人」と言われる文化大革命の悪夢が終ったのが38年前の1977年。民主化はいまだ実現していません。そう考えると中国も韓国も、お世辞にも政治的に成熟した国とは言い難いのですが、対照的に経済力が一方的に伸びたことがナショナリズムの台頭を招き、日本を含む他国に対して威力的、恣意的な言動が目立つようになりました。

 そんな中で日中韓外相会談が定例化しようとしています。中国寄りの姿勢を強めつつある韓国が、今後どういう動きをするかはわかりませんが、日本対中韓という対立構図が顕在化することも覚悟しなければならない状況です。

 振り返って大阪万博の時代に、隣国の台頭を予測できた人が何人いたでしょうか。80年代まで西側諸国にとって最大の脅威はソ連でしたが、そのソ連もいまはなく、現在ではマルクス・レーニン主義から資本主義に乗り換えた独裁(体質の)国家・ロシアとして新たな脅威となっています。もし、70年代に戻って誰かにそんな“未来”を話したら、誰も信じてはくれないでしょう。

 2度の悲惨な大戦を経て「人類は過去を教訓とし、賢い選択をするであろう」と、当時日本人の多くは信じていたと思います。しかし、いまだに世界中で紛争は絶えず、何の罪もない市井の人々が大量に虐殺され、生活の場を奪われています。

 日中国交正常化の際に「日本の人民も、わが国の人民と同じく、日本の軍国主義者の犠牲者である」と語った周恩来ですが、同時期にアメリカのキッシンジャー国務長官(当時)には「日本の台頭は米中両国の脅威である」と警告していたといいます。国交回復以来、過去は忘れ去られ、隣国との協調関係が続くと信じてきたのは“平和ボケ”の私たちだけで、相手はずっと敵として見てきたのかもしれません。

 冒頭のことばについて私はこんな風に解釈しています。「国家間の紛争が無くなることはない。であれば、武力による解決という最悪の結果を招くより、外交というゲームの上で闘え」

 “賢人”周恩来に、43年後の未来はどのように見えていたのでしょうか。そして、今の現実を知ったら、何を語るのでしょうか。(K)

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◆先人のことば第15回◆

「失敗は罪ではない、罪とは低い目標をもつことだ」  〜ジェームズ・ラッセル・ローエル

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「試みたのは、ほとんど失敗した。だが、驚くほどよくなる時がある。それを味わえば、数回失敗しても怖くない」

 「『失敗するんじゃないか』と思うのでなく、失敗してもやってみようという気持ちが大切」

 「成功した人は失敗をなかなか言わないが、人よりヘマしていると思う。やりたいことをやりなさい」

 これは、先日ノーベル医学生理学賞を受賞した大村智(さとし)北里大特別栄誉教授の、受賞記者会見での言葉です。

 現在熱戦が繰り広げられているラグビーW杯イングランド大会で、世界ランク3位の南アフリカに勝つという快挙を成し遂げた日本代表のヘッドコーチ、エディ・ジョーンズ氏は、日本チームの特徴としてこんな指摘をしています。

 「日本の練習で一番間違ってるのが、ノーミス、ノーミスと言ってミスしないように練習することです」

 失敗を極端に恐れるというのが、日本人共通の特徴のようで、サッカー日本代表の歴代監督も同様の指摘をしています。

 エディ氏は「選手をハッピーにしない。ミスすることで我々は成長できる」と、ラグビーボールより軽くて滑りやすく、ミスを誘発しやすいアメフトのボールを使って練習させ、徐々に選手たちの意識を変えていきました。

 成功より失敗のほうが学ぶことが多いということは、多くの偉人や先達が指摘しています。事実、失敗や挫折を経験せずに成功した人など一人もいません。表向きには順風満帆に人生を歩んだように見えても、そこには数知れないどん底の日々が隠されています。

 自分の信念を貫き、何かを成し遂げようとすれば、必ず何らかの高い壁にぶつかり、もがき苦しむことになります。そこで諦めるかやり続けるかが成否の分かれ目になるのですが、ほとんどの人は諦めてしまいます。諦めるほうが遥かに楽だし、続ける理由よりも、諦める理由のほうが簡単に思いつくからです。

 ただ、理屈ではわかっていても、心のなかでは反発してしまう方も多いことでしょう。確かに、現実はそう甘くありません。

 事業に失敗した経営者には、一生その烙印がついてまわり、銀行も投資会社も特別な理由がないと融資などしてくれませんし、組織においても大きな失敗をしたメンバーが出世することは至難の業です。プロのスポーツ選手などは成績不振が続くと、あっという間にファンやメディアの非難にさらされ、解雇や降格を余儀なくされます。

 「長い目で見る」とか「我慢して人を育てる」ことができるのは、残念ながら一部の恵まれた環境に限られるのかもしれません。

 ところが、不思議な事に偉人クラスの成功者は、その多くが恵まれた環境というよりむしろ逆境の中で育っており、世間で受け入れられるような優秀なエリートだったわけではありません。むしろ若いころは奇人・変人として扱われ、社会から疎んじられていた人もいます。

 しかし、そういった人たちだけが、それまで不可能と言われたことを可能に変えているのです。

 彼らに共通しているのは、他人が何と言おうと、何度失敗を繰り返そうと、自分が掲げた高い目標を変えなかったこと、そして、どんなに高い社会的地位や金銭を得ても、さらに高みを目指していったこと。

 同時に、恐ろしく“タフ”であったことも事実でしょう。肉体的にも精神的にも“打たれ強く”なければ、過酷な競争社会を勝ち抜くことはできません。

 “空気を読む”協調性も大事ではあるのですが、先日大筋合意したTPPのような国益に関する交渉事では、対立を避けて協調ばかりしていたら、他国の格好のターゲットになったでしょうし、甘利さんもあんなに苦労はしなかったでしょう。時には敢えて“空気を読まない”勇気も必要であり、他に自分を合わせるのではなく、他を自分に合わせる努力も惜しんではならないのです。

 かく言う私も、かつては失敗さえしなければ安泰に過ごせる大企業のサラリーマンでした。決してタフではなく、むしろ極端に打たれ弱い方で、他人を追い越してでも出世するいう意欲すらありませんでした。

 そんな私が独立して“茨の道”を歩もうと決めたのは、アメリカの俳優、ジョージ・バーンズが残したこんな言葉に励まされてのことでした。

 「本当のところ、自分が好きなことで失敗するほうが、嫌いなことで成功するよりも幸せではないだろうか」

 皆さんも、お金や地位のために嫌いなことを続けるより、失敗してもいいから、好きなことをやって幸せになりませんか?(K)

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◆先人のことば第14回◆

「人は誠実な批評よりも、心にもないお世辞を好む」〜プラウトゥス(古代ローマの劇作家)

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 宇都宮に引っ越してから、ほとんど電車に乗る機会が無くなったのですが、たまに上京して山手線などに乗ると、時折ギョッとすることがあります。

 若い人たちならまだしも、中高年までがスマートフォンの画面に集中し、なにやら作業しています。

 その内容はゲーム、音楽、映像配信と人によってさまざまでしょうが、やはり圧倒的に多いのがFacebook、LINEといったソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のようです。

 かくいう私も、一時はFacebookで熱心に話題を発信し、いわゆる“緩い繋がり”を広げようと努力したのですが、ある時期を過ぎてからあっさりとやめてしまいました。

 経験者ならおわかりでしょうが、“緩い繋がり”を維持していくには「今日の昼飯は◯◯のラーメン大盛り」とか「ウチの猫ちゃん可愛いでしょ」といった、自分とはなんの関係性も感じられず、共感も呼ばない話題にもいちいち「いいね」をクリックしなくければならず、これがだんだんと苦痛になっていったからです。

 日本だけの現象なのかもしれませんが、政治や経済といった公共性の高い話題を発信すると全く無視されるか「そういう発言をする場ではない」と批判されたりして、SNSが議論や意見発表の場になることをとことん嫌う傾向があるような気がします。

 それでもなんとかそういった話題を提示しようと頑張ったのですが、「今日の手料理うまくできました」とか「女子会で大盛り上がり」といった主婦パワーにあっさりと駆逐され、毎回すごすごと退散。

 一方で、ニュースサイトの掲示板などではさまざまなテーマで激しい議論が繰り広げられており、「そういう目的ならそちらで」ということになるのでしょうが、私はアカの他人よりも親しい人の意見を聞いてみたかっただけで、SNSを“荒らそう”としたわけではないのです。

 SNS上で「ウケを狙った毒にも薬にもならない話題」や「あまりにも個人的な生活風景」ばかりが発信され、それがスタンダード化した背景には、調和を好み、意見の対立を嫌う独特な国民性があるようにも思えます。

 しかし、誰が見てもツマランものはツマランわけで、親戚ならまだしも、他人の家族写真をプリントした年賀状を毎日見せられるような不快感というか、その年賀状の「ウチの子可愛いでしょ」的押し付けがましさに辟易するのは、私だけの特殊な感覚ではないと思うのです。

 自分の子供を「可愛い」と言ってもらうために、まず他人の子供を手放しで褒めなければならないようないびつな関係性が、果たして健全なのかどうかはさておき、昔の日本人は誰がどう見ても非の打ち所がない奥さんを「ウチの愚妻」と言ったり、優秀な成績で有名大学を卒業した息子さんを「ウチのバカ息子が」などと言うのが、ごくごく当たり前でした。

 そういった「謙譲の美徳」が失われ「みんなで褒め合えば幸せ」という一種の全体主義みたいな感覚が支配する世界になぜ多くの人がハマるのか。

 身近な例で言えば、それなりの見識を持った中年男(私の後輩ですが)がFacebook上で「僕っていい人でしょ」という感じのネタを毎日発信する姿には、疑問と同時にある種の悲哀すら感じていました。

 そこで「お前はそんな奴じゃないだろ。普段の発言には結構毒があって、反骨心もある。そこがいいところなのに、なぜSNSになると別人のようになるのか」と、本人に直接聞いてみました。

 すると返ってきた答えは「だって嫌われたくないじゃないですか」。

 案外その答えが、すべてなのかもしれません。自分に自信がないから、常に他人に自分を評価してほしい。例えそれが嘘であっても、そこで得られる安心感には代えがたい。だから、お互いに褒めあって、傷付け合うのはやめましょうという“暗黙の了解”。

 しかし、そこには危険な“落とし穴”もあります。本当はそう思わないけど、とりあえず「いいね!」と賛同しておけば問題ないという意識は、個人間の対立や利害関係が持ち込まれた場合に、心ならずも無関係な他者を排除する行為につながりかねないからです。

 こうした事態を世間では「いじめ」と呼びます。いじめる理由は何もないのに、みんながやっているから自分もとりあえずいじめに加わる。なぜなら、自分がいじめられる側に立ちたくない、みんなに「嫌われたくない」からです。

 ネット社会では趣味・仕事・人間関係など、実生活が充実している事を『リア充』と呼ぶそうで、そういう意味ではSNSは『リア充』だらけなわけですが、ちょっと考えて見てください。本当に『リア充』ならば、他人の目などどうでも良くなるのではないでしょうか。

 昔から「恋は盲目」なんて言いますし、仕事や家庭が充実しているならば忙しくて写真や文章をアップする暇などないはず。

 そう考えると、ほとんどの人は『リア充』を演じているに過ぎず、実際は強い疎外感や孤独感にさいなまれているようにも思えるのです。

 さて、それだけSNSに批判的なのだから、アンタはFacebookなんかとっくに退会したんだろうね、と言われそうですが、実は退会していません。

 つい先日も、昔のカノジョの姓が変わっていたことで、カノジョが結婚したことをFacebookで知ったのですが(私の名前を検索したらしく、それがたまたま「知り合いでは?」という形で掲示されていました)、そもそもFacebookというのはネット上での同窓会とか、離れてしまった友人を再び結びつける目的で作られたもの。

 そうした友人たちは、たまに近況を聞いたり、元気でいることがわかればそれで十分なわけで、毎日朝から晩まで“緩く繋がる”必要など全くありません。

 そして、私が間違った道を歩んでいる時に「いいね!」などとは言わず、「例え嫌われてでも」忠告してくれる友人こそ、本当の友人だと思うのです。

 でも、そんな意見に共感して下さった皆様、覚悟しておいてくださいね。私の場合、それを実行してたくさんの恋人や友人を失っています。人間関係ってホントに難しい…。(K)

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◆先人のことば第13回◆

「できない理由を聞くヒマはない。どうすればできるかを言ってくれ」〜鈴木修(スズキ会長)

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 新国立競技場の建設計画の白紙撤回をめぐり、文部科学省やJSCなど、誰が責任を取るのかという議論が沸騰しています。

 縦割り行政の批判を避けるためか「省庁横断チーム」なるものが21日に発足しましたが、そもそも五輪招致の際には「チーム・ジャパン」などと称して連携の良さをアピールしていたのに、いざ実行段階になると誰がリーダーで、どういう指揮系統なのか誰もわからないと言うのですから、まったく開いた口が塞がりません。

 国家の威信をかけた事業でこの体たらくなのですから、全てとは言いませんが、各省庁、関係団体・法人の実情は推して知るべし。

 日本年金機構の個人情報流出然り、世界遺産登録での(韓国の)合意反故然り…。江戸時代なら“切腹もの”の失態ですが、結局、具体的に誰かの責任が問われたわけではありません。

 国によっては暴動に発展しかねない事態でも、国民が寛容なのか、或いはとうに諦めているのか…。

 先日の安保法案“強行採決”にしても、一部のメディアは議事堂前でのデモ行進などを取材して、まるで国民的反対運動のように伝えていますが、60年安保、70年安保の経験者であれば、あの程度のデモなど“子供の遊び”程度にしか映らないでしょう。まぁ、志や行動力は評価できますが…。

 彼らの掲げる「PEACE NOT WAR」といったプラカードは我々オジサン、オバサン世代には懐かしい青春の香り。しかし、アンタ達はベトナムとか公民権運動を知っているの? そもそも法案の意味や内容がわかっているの? という疑問も湧いてきます。

 「平和尊重」「戦争反対」というシンプルなスローガンに反対する人はほとんどいないと思いますが、今回の安保法案をそのまま“戦争法案”に結びつけるロジックがイマイチわからない。デモ参加者ののファッションやルックスよりも、そこが一番大切だと思うのですが…。

 総理が自ら“説明不足”としているように、内容がわかりにくい、議論の時間が足りないというのは確かでしょうが、安保法案は新聞でもテレビでもネットでも、メリット、デメリットの両面からかなり詳しく解説されています。

 加えて、前回の選挙で「憲法の自主的改正」を党是とする自民党、そして安倍総理に信任を与えたわけですから「わからない」とか「そんな話は聞いていない」では済まないはず。

 「自分は自民党に投票していない」「投票すらしていない」という人もいるでしょうが、以前もこのコーナーで取り上げたように、間接民主主義というのは意見が分かれた場合、選挙で選ばれた代議士の多数決によって政策を決定していくのがルールであり、「必ずしも民意に沿うとは限らない」し、「正しい答えが出るとも限らない」のが現実。このルールに不満なのであれば、ルールそのものを変えるしかないということになります。

 従って、安保法案の行方に責任があるのは政治家や官僚だけではなく私たち自身であることを深く噛み締めなければなりません。

 賛成であれ反対であれ、採決された事柄に対して、私たちは責任を負わなければならない。民主主義のルールでは「後出しジャンケン」は許されないのです。

 しかし、数の力に任せ「多数決だから」「決まったことだから」といって多数派だけが強硬に進めていくのも考えものです。

 そういう意味で、事前の合意が得られなかった場合の多数決を“強行採決”と呼ぶわけで、これを続けていけば、必ず民意は離れていきます。

 それを防ぐためにも、多数派は少数派の意見を聴かなければならないし、時にはその意見を取り入れる柔軟さも必要になってくるのです。

 さて、ここで話を元に戻しますが「決まったことだから」変えられなかったはずの“ザハ案”を白紙に戻したのが新国立競技場に関する今回の政府判断です。

 文科省など当事者にとってみれば「時間がない」「国際的な信用を失う」など変えられない理由は星の数ほどあったでしょう。それでもリスクの高い方に判断が下されたのは、支持率が低下した内閣の“人気取り”だけではないはず。誰が見ても「軌道修正」が必要だったということです。

 その是非はどうあれ、判断が下された以上、もはや「できない理由」を語る余裕など誰にもありません。「できる方法」を探すしかないのです。

 振り返れば、64年の東京五輪の際、代々木競技場建設にはアメリカ軍との返還交渉など、現在とは比較にならないほどの膨大な問題を抱えていました。それでも昼夜を徹した突貫工事で開幕の39日前竣工という奇跡を起こしたのです。しかも、近代を代表する建築物という世界的評価のオマケも付けて…。

 鈴木会長は、こんな事もおっしゃっています。

 「朝令暮改は大いに結構。昨日までの常識は今日の非常識とすべき」

 「かつては『10年ひと昔』といったが、いまは「1年ひと昔」、いや「1ヶ月ひと昔」だ。10年先のことを考えるなんて、昔でいえば100年先を考えるようなもの」

 国際情勢や金融、科学技術など私たちを取り巻く環境は恐ろしいスピードで変わっています。ですから一瞬、一瞬の判断が重要になります。

 物事を決定するにも、実行するにも時代に合わせたスピードと、変化に伴う柔軟な対応が求められます。

 「朝令暮改は大いに結構」というのは、一昔前なら非難の対象になったでしょう。しかし「変えない方がいいこと」と「変えたほうがいいこと」の判断を同じ比重で、しかも短期間で判断していかないと、対応如何では他国からの格好の餌食になるでしょう。

 国際社会の現実は経済面でも軍事面でも未だに“弱肉強食”です。メンツの張り合いや責任転嫁など「お家騒動」に固執している場合ではないのです。

 安保法案も、新国立競技場もそんな国際社会を相手にした話。決まったからには速やかに前進させなければなりません。

 どちらもいたずらに時間をかければ致命傷になる危険性があり、議論など何の意味も成さなくなるからです。

 今は決定に至るプロセスの是非や責任を問うよりも、政治家、官僚、国民のそれぞれが自分に与えられた責任を全うすることに徹するべきではないでしょうか。

 もちろん、失策に対する責任追及は大切ですが、それは司法やメディアの役割であり、国民は結果を見て判断し、改めて選挙で問うべきです。

 え? 政治家や官僚はわかるけど「国民が責任を全うする」って、おかしくない? だいたい具体的に何をすればいいの? と思ったあなた、それはご自分で考えて、ご自分で判断して下さい。

 税金を払っている以上、すでにあなたは責任の一端を果たしています。ただ、甚だ無礼な言い方ではありますが、考えない、学ばない、参加しない人の意見を、いったい誰が尊重するでしょうか。かつてヒトラーはこんな言葉を残しました。

 「民衆がものを考えないということは、支配者にとっては実に幸運なことだ」(K)

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◆先人のことば第12回◆

「言論の自由を呼号する者は、それを濫用しようとする人間のみである」〜ゲーテ

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 25日に開かれた自民党若手議員の勉強会で、出席議員の一人が「マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい」と発言したこと、また、講師として出席した作家の百田尚樹氏が、琉球新報、沖縄タイムス2紙を「つぶさないといけない」と言ったとの報道が国会でも問題になり、世論を賑わせています。

 そしてこの報道について、在京の新聞各紙には「言論統制の危険な風潮」「報道の自由に対する挑発、挑戦」といった論調が多々見受けられました。

 さて、この件について論考する前に、まずこれが国会や大手メディアで取り上げるほどの重大事なのか、少し冷静になって考えて見る必要があると思います。そもそもこれは政府の正式見解ではなく、あくまで若手議員の雑談レベルの話。百田氏も招待された一民間人に過ぎません。

 この一件を糾弾する側は雑談ではなく「権力を代表する側の発言」と主張したいようですが、正直若手議員や百田氏にそんな影響力があるとは思えません。

 議員の立場云々より「それが自民党の本音ではないか。そこが問題だ」と指摘する向きもあるようですが、「言論の自由」を認め「政治の透明化」を主張するならば、政治家の本音がすべて“失言”と決め付けられるのもおかしな話。

 そもそも誰でも「◯◯したい」と発言するのは自由ですが、実際に行動に移す自由が保障されているわけではありません。権力側がいかに主義主張を発信しようとも、その力を濫用させないために“番人”たる報道機関があるわけで、発言段階でいちいち“言葉狩り”をしたり“自己規制”を強いるような報道姿勢では、どちらが権力側かわからなくなり、本末転倒というものです。

 政党政治は各政党間の闘争であり、足の引っ張り合いである事は誰でも知っていること。右派の政党にとって左派贔屓のメディアが排除すべき“敵”と考えるのは自然なことですし、左派にとっての右派メディアもまた同じ。それだけ報道する側の影響力が大きいということであって、見方を変えればメディアも強大な権力なのです。

 例えば、大メディアが議員の異性スキャンダルやカネの問題を記事にしても「人権」や「経済活動の自由」について問題視されることはまずありませんし、例えそれが対立する側の意図的な“リーク”であっても、是非を問われることは稀です。また、その報道が事実でなくても、議員にとって致命傷になった例もたくさんあります。

 ところが、報道する側が政治家側に非難されたり圧力をかけられると、「報道の自由」を盾にして反論するのが常。「報道の自由」も行き過ぎると、オレたちは自由に発言しても構わないが、オマエたちにそんな権利はないというゆがんだ論法になってしまいます。

 ジャーナリズムというものがこの世に誕生して以来、権力側と報道側は時に協調しながらも、基本的には対立し、闘い続けてきました。権力側の圧力に屈しないのが報道する側の矜持であり、報道する側の論調に踊らされないのが権力側の矜持でもありました。その間、立場は常に対等であったはずです。

 ただ、我が国の歴史上、権力側には戦時中の報道統制を強行した過去があり、報道側はそれに屈した過去があります。今回の問題がそのことを想起させるという意見もありますが、現在の日本は中国のような一党独裁政権ではないのですから、民主主義が正常に機能している限り、権力側が報道をコントロールすることなど容易にはできません。

 仮に報道する側が、かつての“大本営発表”報道を恥辱と感じるならば、「いかに恫喝されても権力に屈しない」という態度を毅然として貫くべきであって、若手議員や作家の放談などにいちいち反応せず「やれるものならやってみろ」と笑い飛ばせばいいのではないでしょうか。

 今回の一件に過敏に反応するということは「実は、自分たちは権力に対して弱い立場である」と世間に宣言したとも受けとられかねず、自らの存在を危うくするものだということになぜ気が付かないのでしょうか。

 「広告を止められると経営基盤が危うくなる…」というのも事実でしょうが、仮にそうした事態に追い込まれたとしても、極限までコスト削減し、できるかぎり経営を維持するのが本筋。大メディアを維持しないと闘えないという理屈は現代では通用しません。今はインターネットという自由な発信方法もあります。例え組織として敗れても、記者それぞれが個人で活動し、ブログ等で主張すれば良いだけの事。

 「オレたちにだって生活がある。無茶なことを言うな」と叱られそうですが、昭和の一記者OBとして言わせていただけるならば、「人並みの暮らしが望みならブン屋なんか辞めろ」ということです。安定した収入が望みならば他に職業があるはず。わざわざ報道機関に拘る必要などありません。

 むしろ、報道に携わっていられることに誇りと責任を感じていただきたい。国家権力に堂々と立ち向かえる仕事、言い換えれば国家から恐れられ、圧力をかけられるような仕事などそうあるものではないのですから。

 「言論の自由」は誰にでも等しく保証されています。しかし、その本質は「意見の異なる他者との闘い」であることを忘れてはいけません。闘いである以上、他者からの圧力は常につきまといます。しかしその一方で、自身も圧力をかけている側だということも忘れてはならないのです。

 最後に「言論の自由」の本質を見事に表現したヴォルテールの言葉を紹介したいと思います。

 「私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」(K)

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◆先人のことば第11回◆

「多くの平和主義者の友人と付き合っていて、彼らの見解にはもちろん共感するんだが、戦争の廃絶について私をほとんど絶望させることがあまりにも多い。というのも、彼らの熱烈な平和主義の中にある好戦的な要素が目の前にちらつくからだ」〜サー・バジル・ヘンリー・リデル=ハート

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  サー・ベイジル・リデル=ハートはイギリスの著名な軍事評論家・戦略思想家ですが、太平洋戦争に関する記述の中で開戦に至った日本の立場を理解する立場を取ったり、原爆投下を批判するなど、『第二次世界大戦』『戦略論』などの著作で日本でも人気の高い人です(1970年没)。

 この一節を読んで、なぜか先日の衆院厚労委員会での「労働者派遣法改正案」を巡っての怒号と揉み合い、そして集会で現首相を呼び捨てで非難したノーベル賞作家の演説を思い出しました。

 普段から「非暴力」とか「人権尊重」を標榜する人たちが、突然ヒステリックになって、暴力的行為に出たり、相手の人権を無視したような発言をするのを目にすると、その落差に唖然とすることがあります。

 シー・シェパードや一部の動物愛護団体についても似たようなものを感じます。彼らも掲げる理想は立派ですが、いざ行動となると相手の立場や言い分などまるで無視。捕鯨にせよイルカ漁にせよ、法に則って行動する人たちの前に突然やってきて、暴力で阻止しようとしたり、人権を無視した嫌がらせを執拗に続けています。

 彼らを称して「一種の宗教団体」と捉える人もいます。古くから鯨やイルカを食用としてきた日本人は彼らにとって罪深い「異教徒」であり「改宗」させるためには実力行使もやむなし…。たとえるならば、彼らはイスラム教徒にとって傍(はた)迷惑でしかなかった“十字軍”のようなものかもしれません。

 ただ、シー・シェパードなどの団体は、ほとんど寄付金目的であることがわかっていますので、理想や信念よりもカネになるかならないかが行動の基準であり、宗教というより商行為と捉えた方が良いのかもしれません。現に、中国船の赤珊瑚乱獲や辺野古のジュゴン問題などには全く無関心。物言えぬ弱い者はいじめ抜き、強い者には決して逆らわないというのも彼らなりの行動規範なのかもしれませんが…。

 高度情報化社会を実現した現代ですら、自分たちだけが絶対的な正義であり、意見が対立する側は圧倒的な悪であるという考え方やスタンスが無くなりません。ISや北朝鮮などはその極端な例でしょう。もっとも、普通の民主主義国家にも、オリンピック、世界遺産など日本の名誉になることならすべて難癖をつけてくるお隣の国のような例もありますが…。

 さて、私たちは未だに“魔女狩り”が横行したような中世の社会にいるのでしょうか。世界中の個人や団体から発信される膨大な情報を自由に閲覧でき、世界中のどこにでも行って見聞を広めることができる入出国のシステムと交通インフラを享受しながら、私たちはなぜ他国や他者に簡単にレッテルを貼り、一方的に敵視するようになるのでしょうか。

 歳をとればとるほど、鏡に写った自分を凝視するのが辛くなってきます。老いとは残酷なものです。しかし、自分が思っているほど他人は年齢を意識していないかもしれませんし、或いはその逆かもしれません。

 犬は犬嫌いの人に対して良く吠えます。それはその人が犬に対して潜在的に持っている恐怖感や嫌悪感を犬が察知するからだと言われています。これは人間同士にも当てはまります。あなたが誰かを怖いと思うように、誰かもあなたが怖いのです。

 私たちは自分のことすら良くわかっていないのです。自分は何物で、他者にとってどんな存在であり、どう見られているのか。つまり、敵対関係も友好関係も自分の思い込みに過ぎないわけで、誰かを敵視する理由も、敵視される理由も実はわかっていないに等しい。

 リデル=ハートが指摘しているのは、平和主義というのも思想のひとつに過ぎず、時に行き過ぎた主張が暴力になり、対立する側の一方的排除も厭わなくなるということ。そして、最大の問題は当の本人たちがそれに気づいていないこと。

 いかに高尚な理想をかざそうとも、他者を否定し持論を押し付けるだけでは、喧嘩を売っていると思われるだけで何の説得力も持ちません。まず、特定の立場や思考から自分を開放すること、勝とうとする意識も過剰な自己防衛も捨てること、なるべく偏りのない目で冷静に現実を見ること。立場の異なる多くの相手の意見を尊重し耳を傾けること。数に物を言わせた不当な圧力をかけないこと。実はこれ、民主主義の担い手が持つべき最低限のルールなのです。

 そして、他国・他者との対立を終わらせ、何がしかの答えを出そうとするならば、「是か非か」にこだわり過ぎず、ある程度の妥協も認めていくこと。

 問題が重大であればあるほど、完璧な解決策など求めようもありません。法案や条約などを決める際には、採決された内容を金科玉条とするより、むしろ社会情勢の変化に合わせ、柔軟に改良していき、不要と判断された場合は廃棄するのが望ましいように思います。自己を律するための法律が奴隷の足かせになっては意味がないからです。

 加えて、議論も大切ですが、すみやかに決定し、実行することも大切です。ドローンのように、科学技術の進歩に法整備が追いつかない事例もたくさんあります。メディアが良く使う「国民的議論」や「十分な審議」というのは、確かに正論ではありますが、世の中の時計が止まっている場合にのみ有効だとも言えるでしょう。仮に一般企業なら「組織全体での十分な会議」なんて悠長なことをやっている間に倒産してしまうでしょうから。(K)

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◆先人のことば第10回◆

「すべての法律は老人と男によってつくられている。若い人と女は例外を欲し、老いた人は規則を欲する」〜ゲーテ

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 先日の「大阪都構想」を巡る住民投票は1万741票差という僅差で大阪市の存続が決まりましたが、マスコミ各社の出口調査によると、50歳代以下の層では賛成派が多かったのに対し、70歳代以上は逆に反対派が優勢だったことから、高齢者が次世代の意思を押し潰したのではないかという、いわゆる「シルバーデモクラシー」論争がにわかに沸き起こりました。

 その背景には、橋下徹という希代の若手政治家を引退させてしまったことに対する一種の“罪悪感”や“喪失感”も影響しているかもしれませんし、若い世代から見れば、結局自分たちの力によって「何も変えられなかった」という“徒労感”も大きかったように思います。

 ただ、よく指摘されるような、70代以上の高齢者=既得グループで、70代未満の若者や中高年=未得グループといった単純な図式には疑問を感じます。もしアンケートを取れば、社会保障が先細りし続ける高齢者側も、景気の停滞とは裏腹の高負担を強いられる若者や中高年側のどちらも「自分たちは未得グループ」だと主張するのではないでしょうか。

 では、“既得グループ”とはいったい誰なのか? 「都構想」への対案をぶつけるどころかネガティブキャンペーンばかりで、これまで肝心の二重行政にメスを入れられなかった議員連中や、職を失いたくなかった市の職員たちでしょうか。彼らは本当に「今のまま何も変わらないのが一番いい」と考えるほど考えるほど利己主義で愚かな人ばかりなのでしょうか。。

 問題の本質は、既得権の有無ばかりではなく、これまで市民側が行政に任せっきりで、あまりにも多くのことを依存し過ぎてきたことにもあるような気がします。

 補助金にせよ社会保障にせよ、仕事も生活も行政に支えてもらおうとすれば、それだけ行政側の仕事量も増え、人手も必要になります。そうなれば地方都市の税収や権限の範囲では賄いきれなくなり、どうしても国に頼るようになる。「政令指定都市」を維持したいというのは、もちろん直接的には行政側の都合なのですが、元を正せば市民の都合でもあるのです。

 市民側が過剰なサービスを期待し、行政側がそれに応えようとすれば、「市民のため」という名目で税金が湯水のように使われ、借金も増大します。そして、いつの間にか市バスの運転手が年収1,000万という“お手盛り”もまかり通ってしまいます。そのような事態に憤っていたのは若者ばかりではなく、高齢者にしても思いは同じだったはずです。

 ところが、わかっていても一度構築されたシステムというのは簡単には変えられません。過剰な要求と過剰な供給が誰にも止められなくなるといういわば“自殺行為”が、破綻するまで続くという実例は、夕張市やギリシャの例を見ても、我が国の国債残高を見てもわかると思います。それを止めるには“肥大化”して身動きが取れなくなった現行のシステムを土台から“小さく”作り変えるしかない。「大阪都構想」の根本はそこにありました。

 しかし、こうした改革案について、歴史上賛成するのはいつも若者であり、反対するのは常に老人でした。その理由は事の是非ではなく、既存のシステムを作り、守ってきたのが老人自身であり、それが成功体験=自己の存在証明でもあるからです。

 つまり、老人にとって既存システムの破壊は自己の否定に他ならないのです。これは合理的な判断よりも、生理的な拒否反応が先に立つということで、晩節を穢した幾多の経営者を例に挙げるまでもなく、かの偉人・東郷平八郎ですら、晩年には海軍内部で「老害」と囁かれ、その頑迷さを煙たがられていました。

 さらに問題なのは老人は自身を老人と思っておらず、若者に道を託すという決断がなかなかできないこと。そして、超高齢化社会を迎え、今後ますますそうした老人が増え続けるということ。

 江戸時代の武士は殆どが世襲でしたから、我が子が成人すると、働き盛りであっても若くして道を譲る必要がありました。そして引退後には“隠居”と称して、家長となった息子には一切口を出さず、目立たぬように暮すのが美徳とされていました。

 “生涯現役”が賞賛される現代に、江戸時代に学べと言うのもどうかと思いますが、若者に老人の心情が理解できなくとも、いつかは必ず老人になるわけですから、それを慮(おもんばか)り、自分たちを信じてくれと説得することぐらいはできるはず。そして、少なくともかつて若者であった老人が、時代を変えたいという若者の心情を理解することもできるはずです。

 ここで、偉大なる先達・本田宗一郎が残した言葉を紹介したいと思います。天才的技術者でもあった彼にとって、後進に道を譲るということは、自己の限界を悟るという過酷な決断でもありました。「シルバーデモクラシー」などという言葉に踊らされ、つまらない世代間対立に陥る前に、軽妙に語られた言葉の裏側にある“重さ”を感じていただけたらと思います。(K)

 

 『世の中で一番素晴らしいものは若者のエネルギーだよ。こりゃあ進歩の原動力だ。社会ってのは常に有為転変するものだ。若い連中はそれに合わせて、ちゃんとやっていけるけど、年寄りはそうはいかない。だもんだから「今の若いものは……」なんて批判する。口で言うだけならまだいいが、伸びる芽まで摘んでしまっちゃ駄目だよね。そうなったら、老害以外の何物でもないからね。そう考えたから、俺は第一線から身を引いたんだ。人間、はじめるよりも終りのほうが大事なんだよ』

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◆先人のことば第9回◆

「世間というものが人間の集まりである以上、おのれの責任でないと云える人間は一人もいない筈だ」〜山本周五郎

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 先日、ボクシングのドリームマッチ、フロイド・メイウェザー(米国)対マニー・パッキャオ(フィリピン)のウエルター級統一戦が行われて、大変な話題を集めましたね。

 試合終了後も、判定について議論が割れ、早くも再戦の可能性がささやかれています。議論を呼んだ原因は、一貫して前に出て手数を出し、攻撃の手を緩めなかったパッキャオと、アウトボクシングで攻撃をかわしながら、隙を見て有効打を打ちに行くというメイウェザーのスタイルの違いにあったようです。

 では、何が勝敗を決めたのか。判定の基準は以下の4つです。①有効なパンチによって、どちらが相手により深いダメージを与えたか。②どちらが、より攻撃的だったか。ただし、有効なパンチを伴わない単なる前進は評価の対象とならない。③どちらがよりディフェンス技術を駆使して相手の攻撃を防いだか。ただし、攻撃に結びつかない単なる防御は評価の対象とはならない。④どちらの試合態度が堂々としていて、戦術的に優れていたか。どちらが主導権を握っていたか。

 こうして見ると、確かに甲乙つけがたい内容だったと思いますが、ご存知のようにKOなどによる決着がつかなかった場合、勝敗は専門家である3人のジャッジによるポイント採点に任されるというのが現行のルール。今回の試合では、ジャッジはメイウェザーの方が上回っていたと判断したようです。ボクシングファンや現役ボクサーからも「プロが見ればメイウェザー勝利は動かない」といった意見が多数を占めていましたよね。

 しかし、仮に会場に集った観客やテレビ視聴者による多数決裁定があったとしたら、結果はどうなっていたでしょうか。「逃げまわった方(メイウェザー)が勝って、終始攻め続けた方(パッキャオ)が負けなのか?」という意見が多く見られたように、事前から人気で上回っていたパッキャオの圧勝だったかもしれませんね。

 では、ジャッジ裁定と観客裁定、どちらが優れた裁定方法なのか、あまり意味は無いと知りつつ、敢えて考えてみたいと思います。

 民主主義になぞらえるならば、ジャッジが裁定を下す現行ルールは「間接民主制」「代議制」に似た考え方で、観客投票は「直接民主制」「国民投票」に似た考え方だと仮定できそうです(観客がジャッジを選ぶわけではないのでちょっと無理がありますが…)。

 そうすると、おのずとそれぞれの長所・短所が見えてきます。「間接」の場合、ジャッジの公平性・中立性に対する疑念が常につきまとうと同時に、裁定の如何によっては「民意に反する」というそしりを免れません。

 一方で「直接」の場合、感情や利害、周囲の意見に流されて、公平な視点や専門的観点が無視される危険性が高くなります。

 悪名高きヒトラーが率いた国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)。民主主義とは真逆の手法で独裁政権になったと思っている人も多いようですが、実際には公平な選挙を経て最大議席を獲得したわけで、決して大衆を銃で脅して投票させたわけではありません(国政選挙での当初の当選者数はわずか12人でしたが、10年後に813人に。ただし、政権奪取後に豹変しましたが…)。

 同様に、戦前の日本も当時としてはかなり進んだ民主主義国家でしたし、今でこそ「あの不幸な戦争」などと国民全体が被害者みたいな言い方をしますが、日清、日露、大東亜のいずれに関しても、「外圧に屈するのは腰抜けだ」などと一般市民が叫んで暴動を起こすほどの、圧倒的な民意が後押ししていたのも事実。

 あ、誤解しないでくださいね。私はどこかの国が言うような「歴史修正主義者」ではありませんよ。何を言いたいのかというと、民主主義というのは優れた決定のプロセスではあるのですが、あくまでプロセスであって、「民主主義に則って決められたから正しい」というのではなく、何が正しいかという判断基準は別のところにあるということです。

 結局、選挙で誰を選ぶか、国民・住民投票で何を選ぶかという最終決断を下すのは私たち自身であり、その判断基準は私たち一人ひとりに委ねられています。従ってその判断が最悪の結果を招いたとしても、責任は私たち自身にあるわけです。

 話をボクシングに戻しましょう。ジャッジ判定も観客判定も一長一短あって、どちらが良いとも悪いとも言えないというのが私の結論です。なぜなら、それは決定のプロセスに過ぎず、どっちが勝ったかという明確な判断要素が得られるわけではないからです。勝敗を決定する絶対的な要素とはこの場合ひとつだけです。どちらかがKO、TKO、相手の試合放棄で勝つこと(怪我や反則に対するレフリーストップはレフリー個人の裁定になるため、ここには含まれません)。

 さて、いろいろと話が飛躍しましたが、スポーツとは違って政治の世界というのは、思想、信条、宗教、利害などいろんな要素が絡んで複雑怪奇。当然、判断の方法も基準も有権者が増えれば増えるほど圧倒的に難しくなります。

 しかし、それでも私たち一人ひとりが、ボクシングのKOのような絶対的判断要素をある程度共有しているならば、私たちがかつて経験したような最悪の結果だけは避けられるのかもしれません。

 例えば「戦争をしない」「差別をしない」「不正を許さない」「弱者を保護する」等々…。

 明文化された憲法よりも、実はこうした共有された普遍的価値観の方が、目には見えない大きな力を持っています。歴史を見てもわかるように、戦争や経済破綻といった要因のみならず、実はこうした価値観を失った時こそが、国家にとって本当に危険な時なのかもしれません。(K)

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◆先人のことば第8回◆

「正道を踏み国を以て斃るゝの精神無くば、外国交際は全かる可からず(正道を標榜し国家に殉ずる覚悟と気魄がなくては、とても外国との交渉事はうまくできるものではない)」〜西郷隆盛

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 明治の元勲を代表する西郷隆盛の遺訓から、特に有名な言葉を抜粋しました。

 この文には次のような一節が続きます。「彼の強大に畏縮し、円滑を主として、曲げて彼の意に順従とする時は、軽侮を招き、好親却て破れ、終に彼の制を受るに至らん(列強諸国に対して緊張して縮こまり、ただただ事を円滑に済ませればと思うあまり、彼らの要求を鵜呑みにするようでは軽蔑を招き、かえって友好関係を阻むことになる。その結果、自国の制度を失い、彼らの制度を押し付けられてしまうのが落ちである)」

 ここのところ、日本の外交はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、AIID(アジアインフラ投資銀行)といった大国主導の経済協定に振り回されている感がありますね。

 幕末から明治にかけての日本は、欧米の列強国に経済協定どころか国そのものを征服される危機にありました。“眠れる獅子”と言われていたお隣の国(中国・当時は清)が実にあっけなく植民地化されていった時代です。

 歴史上ではアメリカの黒船来航について「貿易のための話し合いに来た」ということになっていますが、大砲を向けられて“恫喝”されたというのが本当のところですから、アメリカに限らず、当時の欧米諸国が日本を植民地化しようと狙っていたのも事実。それゆえにこの西郷さんの言葉には“重み”があります。

 TPPにせよ、AIIDにせよ、「経済の自由化」とか「後進国のインフラ支援」とかお題目は「みんなのため」という感じで立派なのですが、実際のところは「オレ達のため」という意図があまりにも透けて見えて、リーダーとなる国が“正道から外れた”状態では、素直に「参加しましょう」と言いにくいのも確かです。

 しかも、両国の交渉のやり方が「断ったら損をさせるぞ」「仲間はずれにするぞ」という“脅し”を露骨にちらつかせ、表面的には紳士的でも、実際には黒船時代とあまり変わらないのですからなおさらのこと。

 これでは経済的、軍事的に弱小な国々はこれに従うしか無いというのが現実で、それをいたずらに非難することはできないでしょう。いまだに世界は「弱肉極食」であって、第2次大戦以来消滅したはずの帝国主義が経済至上主義に形を変えて、いまだに生き残っているようにさえ思えます。

 しかしここで「この提案に大義なし」と正論を言えば孤立を覚悟しなければならず、それ以前に、日本は孤立しようとしてもできないほど世界の金融・経済と深く関わり過ぎています。

 TPPもAIIDも最終的に受け入れるべきか否か、それはみなさんのご判断にお任せしますが、麻生さんや甘利さんを始め、日本の外交を任された人たちには、西郷さんの言葉を常に噛み締めて交渉に当たっていただきたいと切に願います。

 日本は古くから『和を以て貴しとなす』国ではありますが、こと外交に関しては衝突も辞さず、という姿勢でなければ西郷さんの言うように外国から“舐められて”しまうのが現実。武力衝突だけは絶対に避けなければなりませんが、平和的な交渉に関しては辛抱強く互いの妥協点を見出す意外、解決策はありません。

 ただし、交渉に入る前に、その相手が努力するに足る相手かどうかを見極める必要もあります。

 幕末の名君、松平春嶽の政治顧問であり、勝海舟が「今までに恐ろしいものを二人見た」と、西郷と同等に評した横井小楠がこんな言葉を残しています。

 「国是たるや、有道の国にたいしては通信を許し、無道の国にたいしては拒絶するの、二つなり(国家の方針は二つしかない。道徳がゆきわたり民心が安定している国とは国交を結び、道徳がなおざりにされ民心が不安定な国とは国交を結ぶべきではない)」(K)

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◆先人のことば第7回◆

「『もし自分が相手だったら、果してどう感じ、どう反応するだろうか』と自問自答してみるのだ。これをやると、腹を立てて時間を浪費するのが、ばかばかしくなる」〜デール・カーネギー

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 昨日テレビを見ていたら、目黒区で今月の予定だった認可保育園の開園が、周辺住民の反対で延期になったというニュースが流れていました。

 住民の多くは高齢者で、子どもの声による騒音や、道幅の狭さによる送迎車の混雑を懸念しての反対だったようです。また、区側から事前に説明がなかったことも不信感を招いたようです。

 これを「老人のわがまま」と一方的に非難する声もあるようですが、保育園が1階にあるマンションに6年ほど暮らした経験がある筆者にとって、住民の方の気持ちは痛いほどわかります。正直、むちゃくちゃうるさいですよ。子どもたちばかりではなく、ママたちの井戸端会議、この嬌声も相当なものですし、送迎のために堂々と違法駐車する車の列も迷惑この上ないものでした。

 加えて、自宅で深夜まで仕事をすることが多かった筆者にとって、早朝からの“騒音”は不眠症を引き起こす“営業妨害”に等しいものでした。まぁ、引越を決めた時期にたまたま保育園がお休みだったため、気が付かなかった当方にも問題があるのですが…。

 そんなわけで引越した当初はいちいち腹を立てていましたが、2〜3カ月経った頃には気にならなくなりました。慣れたということもありますが、一番の要因は「子供が無邪気に大声を上げたからといって誰が非難できるだろうか」ということです。自分にも子供の頃があったわけだし、もし騒いでいるのが自分の子供だったら、むしろ喜ばしいと感じるかもかもしれない…。私なりに「相手の感じ方」を自問自答した上での“納得”でした。

 こういった問題は保育園に限ったことではありません。全国各地の都市部ではゴミ焼却場を建設しようとする度に予定地の住民から猛烈な反対運動が起こりますし、これがただのゴミではなくて「放射能汚染の疑いがあるゴミ」とか「原発のゴミ」になると、自治体全体、ひいては国全体の問題にまで発展します。

 しかし、反対するからといって住民の方々がゴミを捨てないわけではありませんし、原発のゴミに関しても反対する人が原発否定派とは限りません。少々乱暴な言い方ですが、便利は享受したいが、自分たちの不利益になることは認めたくないというわけです。

 沖縄の基地問題も基本は同じです。毎日朝から晩まで凄まじい騒音、いつ墜落するかわからない危険、米兵による犯罪とそれを裁けない治外法権。沖縄の人たちはそういったストレスにこれまでずっと耐えてきたわけです。

 「それはその通りだ」と感じたあなた、ではあなたの住む街に基地を移転しますということになったらどうしますか? 「それとこれとは話が別」「なんで自分たちだけが我慢しなければならないのか」ということになりませんか?

 誰だって嫌なのは間違いありません。しかし、誰かが受け入れなければならない。では、誰が受け入れるのかとなると必ず拒否反応が起こります。これまでは高額な補助金や雇用といった「代替条件」で解決してきましたが、国全体が豊かになってくると、モノやカネだけでは動かなくなってきます。

 しかし、最も危惧すべきなのは、「誰が貧乏くじを引くのか」ということよりも、問題を引き起こす要因、つまり問題の本質を見失ってしまうことのような気がします。

 保育園の問題には「少子化」「高齢化」という根の深い現実があり、ゴミや原発の問題には「環境」「エネルギー」という未来に向けた大きなテーマが。また、基地問題にも「防衛」「外交」という理想論だけでは語れない課題があります。

 本来、議論すべき、解決すべきなのはこういった本質的な部分であるはずなのですが、私たちは目の前の損得や派手な対立ばかりに目が奪われがちです。

 私たちが本来目指すべきなのは子供が無邪気に遊べる環境づくりや、ゴミを減らす工夫、原発に依存しないエネルギー開発、軍備に頼らない平和な世界ではないでしょうか。仮に今、保育園や焼却場や基地とは関わりない土地に住んでいたとしても、「問題の本質」を見据えたならば、誰にとっても無関係とは言えないはず。

 とはいえ、理想と現実にはかなり落差があります。そう簡単に片付く問題ではないのも確か。しかし、大切なのは一歩でもいいから前に向かうこと。まずは、私たちそれぞれが、相手の立場になって考えてみるところから始めたいですね。(K)

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◆先人のことば第6回◆

「私は最も正しい戦争よりも、最も不正な平和を好む」〜キケロ

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  先月27日、アメリカの俳優レナード・ニモイさんが亡くなりました。ニモイさんと言えばテレビシリーズ『スター・トレック』のミスター・スポック役で有名ですよね。

 私と同世代かもう少し上の方は『スター・トレック』というより『宇宙大作戦』と言った方がピンと来るかもしれません。そう言えばニモイさんのもうひとつの当たり役が『スパイ大作戦』のグレート・パリス役でした。なぜ日本版のタイトルがふたつとも「大作戦」になったのかは良くわかりませんが…(原題はそれぞれ“Star Trek”、“Mission: Impossible”)。

 その『宇宙大作戦』初期のエピソードの中に『コンピュータ戦争』という傑作があります。おおまかなストーリーはこんな感じでした。

 カーク船長ら一行は宇宙港の開港を目的に、新たな外交ルートを開くため、高度な文明を持つと言われるある惑星に向かう。惑星からの「接近するな」という警告を無視して上陸したカークらは意外にも歓迎され、惑星の指導者と最高評議会に会うことができた。

 しかし惑星側は、他の星との戦争が500年も続き、年間に何百万人も死んでいるからと、交渉を拒否する。それを裏付けるように他の星が攻撃をしかけてきたという一報が入るが、爆発や破壊の反応がない。しかし、惑星側は多くの犠牲者が出たと言う。

 実は、実際には戦争は行われておらず、敵からの攻撃も惑星側の反撃もコンピューター上で行われている。そのシミュレーションの結果、コンピューターに選ばれて死を登録された市民は自主的に分解マシーンに入り、死ななければならない。

 なぜこんな馬鹿げたことをするのかと問うカークに対し、指導者はこう答える。「わかってもらいたい。我々は 500年もの間戦争を継続してきた。普通の状態ならば、文明などとっくに破壊されていたろう。我々はそれを避けたんだ。市民は死ぬが文明は破壊されずに、栄え続けるのだ」

 この後の展開はDVD等で探して見ていただくとして、先日、テロ組織ISが世界遺産「ハトラ遺跡」や古代アッシリア遺跡を含むイラクの貴重な文化遺産を次々に破壊したというニュースが世界中に流れました。思い起こせば、2001年にも世界遺産・バーミヤンの大仏をターリバーンが爆破するという事件がありましたね。

 こうした悲劇は、決して“対岸の火事”ではありません。今から70年前、昭和20年の東京大空襲で失われた国指定文化財は170点。多くの貴重建築物や寺社も消失しました。そして何よりも10万人以上の尊い命が犠牲になっています。

 戦争は勝っても負けても、多くの人命と遺産を失います。それはいくら後悔しても取り返しのつかないものばかりです。『宇宙大作戦』のエピソードは、戦争が決して避けられない宿命であるならば、人命と文明のどちらを犠牲にするかという究極の選択を描いていました。

 ちなみに、このエピソードが制作されたのは1966年。時代背景としてベトナム戦争の泥沼があったことを思えば、アメリカの歴史を考える上でなかなか意味深いものがあります。しかし、それから半世紀が経過して、私たちは過去の教訓から何を学んだのでしょうか。

 残念ながら、今後も他国との揉め事や意見の衝突は避けられないでしょう。他国から理不尽な要求を突きつけられた場合に毅然として拒絶するのは、誰もが常識的に「正しい」判断だと思うでしょう。しかし、もしそれが武力衝突にまで発展しかねない状況の場合、どんな“汚い”手を使ってでも避ける手立てを講じる。そんな“したたかさ”こそ、私たちが身に付けるべき知恵なのかもしれません。(K)

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◆先人のことば第5回◆

「あらゆる旅はその速さに比例してつまらなくなる」〜ジョン・ラスキン

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 また個人的な話で恐縮ですが、「ITの仕事は、電波が届く場所ならどこにいてもこなせる」と豪語して宇都宮に転居したものの、やはり顔を突き合わせてのコミュニケーションも大事ということで、特に重要な用事でなくても、月に何度かは東京に行くことにしています。

 当初は新幹線を利用していたのですが、1年ほど前から東北線や湘南ライナーといった普通電車を使うようになりました。当然、新幹線の倍以上の時間がかかります。コスト面では確かに有利ではありますが、ほとんどの場合グリーン車を使うので、実際には片道1,000円程度の差しかありません。

 では、なぜわざわざ時間の無駄になるような移動手段を選ぶのかといえば、ひとつは、新幹線の場合、東京まで50分ほどで着いてしまうので、居眠りさえままならないということ。登りはまだ良いのですが、下りの場合、たまに酔って帰るときなど、ちょっと油断すると、乗り過ごして仙台に着いていた、なんて悲劇もありえるのです。

 その点、普通列車ならばほとんどの場合宇都宮が終点ですので、乗り過ごす心配もありません。とはいえ、それだけの事情で普通電車に乗るわけではありません。もうひとつ大きな理由があります。

 それは“いつもと違う風景”が見られること。グリーン車を利用するのは2階席があるからで、“高みの見物”ではありませんが、ここからの眺めはなかなかのものです。特にこれからの季節は、登りなら駅を通過する度に徐々に桜の蕾がふくらんでいくのがわかります。やはり宇都宮と東京ではかなりの気温差があるのです。さらに季節が進むと、こちらで満開だったのに、大宮近辺ですでに葉桜、なんてこともあります。

 沿線の風景も地域によってそれぞれ個性があります。栃木県内では大きな一戸建てや古い農家がポツリポツリと建っていますが、埼玉を過ぎた辺りから同じ形のマンションが林立していたり、猫の額のような土地にぎっしりと密集した小さな家が目立つようになります。それが都心部に近づくと、巨大なビルが増え始め、車窓から見える空がだんだんと小さくなっていくのがわかります。

 そんな風景を眺めながら、時折、一度も降りたことのない駅、行ったことのない地名に思いを馳せることもあります。自分がもし今と違った人生を歩んでいたら、例えば堅実なサラリーマン生活を送っていたなら、もしかしたらあんな小さな家を買い、毎月のローンに苦しみながら、あの駅から乗って長い時間満員電車に揺られていたかもしれない…。

 毎日通っている道ほど、周囲の変化に気がつかないのではないでしょうか。知らないうちに道端の花が咲き、やがては散って季節はうつろいます。気が付かないうちに誰かの店が開店したり、誰かの店が閉店しているかもしれません。そこには希望や絶望、悲喜こもごものドラマがあったはず。

 今や37都道府県に空港があり、北陸新幹線の開業も目前に迫っています。国内を早く移動できるというという点で日本は世界でもトップクラスと言えるでしょう。

 しかし、そうした利便性に敢えて背を向けて、ゆったりした船旅や列車の旅を選ぶ人も増えています。そういった旅行は、時間がかかる分だけコストもかかります。それを無駄と思わずに「何かを発見したり考えたりできる贅沢な時間」と捉えるゆとりがあってこそ、旅の醍醐味が得られるのかもしれません。

 ただし私の場合、宇都宮〜東京間の小さな旅。ゆったりとした移動に変えたことで、特に人生観や考え方が変わったというわけではありません。西洋の諺でも「ロバが旅に出たところで馬になって帰ってくるわけではない」と言いますからね。(K)

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◆先人のことば第4回◆

「何も所有しない者は労働の束縛下にあり、財産を有する者は気苦労の束縛下にある」〜ウィリアム・サムナー『随筆』より

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 フランスの経済学者、トマ・ピケティさんの著書『21世紀の資本』が世界的ベストセラーになっています。何が書かれているのかと言えば、“資本主義社会における所得格差の拡大”について過去300年分のデータを調べてみたら「資本収益率が産出と所得の成長率を上回るとき、資本主義は自動的に、恣意的で持続不可能な格差を生み出す」という話。

 それを聞いて「なんのこっちゃ?」と思った方に大雑把な説明をしますと、「株とか不動産のような資産運用による利益が、所得の伸びを上回れば、資産を持つ人と持たない人の格差は広がるばかりで、人口が増えない社会では、現在の所得よりも、過去に蓄積した財産のほうが重要となる。従って、受け継ぐ財産の無い若い世代にとって、財産の世襲は大きな格差を生み出す」ということ。

 つまり、資産家の家は代々金持ち、資産のない家は働けど働けど追いつかないという“不平等”がこのままではどんどん拡大していく。だから、中間層への減税や高所得者資産への増税などで政府が調整していく必要がある…。

 こうした論調から、ピケティさんを「マルクスの再来」と指摘するメディアもあるようです。

 マルクスが『資本論』で述べた資本主義の根底にある矛盾〜富はそれを搾取する側(資本家)に集中し、搾取される側(労働者)の窮乏はいつまでたっても解消されない〜という考え方が現代でも通用するのではないかという指摘が、ピケティさんとマルクスを結びつけたようですが、『資本論』をちゃんと読んだ人なら、一笑に付すことでしょう。2人の論点は似ているようで全く違います。

 「富の再分配」という観点から見れば、ピケティさんの考え方はむしろケインズ的といった方が良いかもしれません(それはそれで異論が出そうですが…)。

 それはさておき、そのマルクスが140年以上前に指摘したように、資本主義というシステムが、近代民主主義社会の基本理念である「自由と平等」に対して当初から矛盾していたことは否定できないでしょう。

 しかしその問題は、経済成長による賃金上昇と共に徐々に解消されていった筈でした。特に戦後の日本は、資本主義を忠実に実践しながら、70年代には共産主義的な平等感、いわゆる「一億総中流時代」を実現した稀有な国だったわけです(実際には格差は存在し、国民総貧乏を脱したという意識が膨らんだだけだったのかもしれませんが)。

 綾小路きみまろではありませんが「あれから40年」、バブル崩壊、リーマンショックなどを経て、日本経済はかつての勢いを失い、今の日本は「格差社会」だという論調が支配的になっています。

 ところが、2013年6月に実施された内閣府の世論調査では、9割以上の国民が自らの生活程度を「中」であると感じると答えています。あれれ? これはどういうことでしょう?

 「調査自体に問題がある?」という議論もあるでしょうが、結論から言えば、これはもう国民性としか言いようがないかもしれません。協調性を第一とし、露骨な競争や自己主張を嫌う等々…。「世間並み」で良いという感覚は、いかにも日本人的。

 その良し悪しはさておき、経済的に豊かであるということと、幸せを実感するということは必ずしもイコールではありませんよね。幕末に日本を訪れた欧米人たちは、「一般市民は決して豊かではないのに、なぜみな幸福そうに微笑むのか」と、その国民性を一様に賞賛しています。もともと日本人にとって経済というのはそれほど重要な価値観ではなかったはず。

 例えば、江戸時代の侍は身分は高くとも必ずしも豊かではなかったし、商人は身分は低くとも金持ちになれた。農民は税は取られるが、最低限食べることはできるし、職人も大儲けはできないが、技術さえあれば生活には困らない。そう考えると欧米のように極端な偏りがなく、なかなかよく出来た階級制度だったわけです。

 非正規労働者の賃金が低すぎるといった制度的な問題であれば、それは政治の世界で何とかなるかもしれません。しかし、収入や財産など、金銭だけをものさしにして人や企業を評価する風潮は政治の力だけではどうにもなりません。少なくとも、それは日本古来の文化ではなかったはずです。

 今の若者たちをつかまえて「草食的で欲がない。これでは世界との競争に勝てない」などと心配する向きもありますが、彼らはお金がなくとも結構人生を楽しんでますよ。少なくとも、仕事や金銭問題を苦にして自殺する私たち旧世代に比べれば…。

 グローバリズム、新自由主義経済の嵐が吹き荒れる昨今、世界中で「もっと作れ、もっと売れ、もっと儲けろ」と国益の名のもとに我欲剥き出しの大騒ぎ。そんな中で「ほどほどが一番。みんな中くらいがいいよ」と“柳に風”の人たちがいたっていいじゃありませんか。

 これからはそういう日本流の「平和主義経済」をグローバルな価値観として輸出するのもいいかもしれませんね。(K)

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◆先人のことば第3回◆

「かくすれば かくなるものと知りながら 已(や)むにやまれぬ大和魂」〜吉田松陰

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 テロ組織ISISによる日本人殺害は実に憎むべき悲しい事件ではありましたが、その衝撃の大きさを裏付けるように、ここ数日さまざまなメディアで多種多様な議論を巻き起こしました。

 そのひとつが、かつてイラク人質事件(2004年)の際にも湧き上がった「自己責任論争」です。読売新聞社の全国世論調査では、政府が渡航しないように注意を呼びかけている海外の危険な地域に行って、テロや事件に巻き込まれた場合、「最終的な責任は本人にある」とする意見についてどう思うかという質問に対し、「その通りだ」という回答が83%に上りました。

 その結果を支持する、支持しないという対立軸以外にも、「政府責任」「言論の自由」といった観点を交えて議論はさらにヒートアップ。

 そんな中、ちょうど同じ時期に放映されたNHK大河ドラマ『花燃ゆ』では、こんなエピソードが描かれていました。

 嘉永7年(1854年)、国禁と知りながら敢えてアメリカへの密航を試みた吉田松陰と弟子の金子重輔が、失敗して牢に入れられます。その結果、松陰の父が切腹を覚悟し、身分が低かったために過酷な扱いを受けた金子が牢内で病死。嘆く金子の母を目の当たりにした松陰の妹は「金子様を殺したのは兄やんだ!」と松陰を責めます。

 この時代は、家族の責任は家が負う、今で言う連座制が基本の社会でした。従って、明らかに正しいとわかっていても、それが家族や藩に迷惑がかかるような事案であれば行動を控えるのが暗黙の了解であり、そのことが社会の秩序を維持するための予防線になっていたわけです。

 上記の「かくすれば…」という歌は、この密航失敗で松陰が江戸の牢に入れられる際に詠んだと伝えられています。「極刑に処されることも、周囲に多大な迷惑がかかることも承知で断行した。そのことを弁解するつもりはない」という松陰のただならぬ決意を感じさせる内容です。

 亡くなったジャーナリストの後藤さんも、生前の言動から、最悪の結果を予測した上での行動であったことが伺えます。現地の危険性を最も知る日本人であった彼が、何の考えもなしにテロリストの支配地域に飛び込んでいったとは思えないからです。

 その行動を“蛮勇”と評した政治家もいましたが、政府のみならず国民全体を巻き込んだ結果を見れば認めざるをえない部分もあります。しかしそれでも「友人を助けたい」「現地の惨状を伝えたい」という故人の勇気や信念もまた尊い。

 昔から「君子危うきに近寄らず」といいます。リスクを第一に考え、行動を自制するというモラル意識は社会人として実にまっとうなバランス感覚だと言えます。

 一方で「虎穴に入らずんば虎児を得ず」とも言います。松陰に関して言えば、行動を伴わない理論は無意味であるというのが彼の考え方でした。その一見無謀とも思える行動がその後の日本を動かしたのも事実で、リスクを承知の上で信念を貫くことの重要性もまた、否定することはできません。

 「君子危うきに近寄らず」と「虎穴に入らずんば虎児を得ず」

 どちらも正しいが、並べれば矛盾してしまう2つの格言。松陰はその矛盾について答えることも自己の正当化もすることなく、ただ「已(や)むにやまれぬ」と表現しました。

 松陰ほどの理論家が「理屈ではわかっていても、抑えようのない心が為したこと」と半ば開き直って吐露しているわけですから、「自己責任論争」は松陰の投獄から160年以上過ぎた現代でも、簡単に答えが出る話ではないのかもしれません。(K)

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◆先人のことば第2回◆

「我々は自然を鑑賞する事ばかりが多く、自然とともに生きようとする事があまりに少ないように思われる」〜オスカー・ワイルド

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 私事ですが、宇都宮の庭付き一軒家に移り住んで、はや2年になろうとしています。

 引っ越したばかりの頃は、ちょうど真冬だったこともあり「とにかく寒い」というのが最初の“試練”でしたが、暖かくなってくるにつれ、それまで予想もしなかった新たな“試練”が待っていました。

 それは庭の“草”です。「なんだそんな事か」と笑わないで下さい。最初の年、春先になって、ずっと殺風景だった庭にも梅の花が咲き、土筆(ツクシ)がゾロゾロと顔を出すのを見て「やっぱり庭があるのはいいなぁ。季節を感じるもんなぁ」などと呑気に構えていたのですが、やがて土筆はスギナへと形を変え、他の雑草と共に恐ろしいスピードで成長。あっという間に膝の高さまで庭全体を埋め尽くしたのでした。

 初めは面倒臭いと放置していたのですが、初夏になって腰のあたりまで伸びてくると、さすがに「他人の目もあるから」と重い腰を上げ、草刈機などをひと通り買い揃え、まだ小さかったスズメバチの巣をおっかなびっくり駆除しながら、なんとか草刈りと庭木の剪定作業を終えたのですが、ほっとしたのも束の間、ひと月も経たないうちに元の木阿弥。

 植物の生命力というのは凄いものですね。いつぞや京都の枯山水を眺めながら「砂や石の庭は雑草が生えないからいいね」と言う観光客に「何言ってんのや。毎朝はよう起きて草を抜いてるからきれいなんやで」と笑って答えていたお坊さんを思い出しました。例え表面が砂でも、その下に土があり、根が生きているうちは刈っても刈っても草は生えてきます。

 「面倒だから一気に」と除草剤を撒いても、しばらくするとまた伸びてくる。鏡に映る我が身を見ながら「髪の毛もこうだったらいいのに」などと、ため息をついて悪戦苦闘しているうちに、やがて秋が来て冬になり、ここでようやく一時休戦。

 東京でマンション住まいをしていた頃は、共有地の植栽であれ、近くの公園であれ、植物は「鑑賞」するものであり、「心の癒やし」でもありました。それがまさか「日々頭を悩ませる」「闘いの相手」になるなどとは夢にも思ってもいなかったのです。

 とはいえ、その引き換えに多くの発見もありました。雑草だらけの庭はさまざまな生き物が命を育む“マイホーム”の役目を果たしていたようです。住人は、バッタやカマキリ、トカゲにカエル、ムカデに蜘蛛といったひと癖ある連中。加えて、草陰に身を隠せる安心感からでしょうか、野良猫まで数匹昼寝に来ていました。

 彼らにとって、突然轟音と共に草を刈りに来る私は悪魔に見えたかもしれません。草を刈った翌日、いつものようにやってきた野良猫が、その“惨状”をしばし呆然と眺めていたのが印象に残っています。

 野良猫や虫達には気の毒でしたが、草を刈った後は餌が発見しやすくなったのでしょうか、今度は野鳥がたくさん集まるようになりました。彼らには必ず“タイムスケジュール”と“縄張り”があるらしく、さまざまな種類の鳥が、それぞれ決まった時間にやって来ては、楽しげにさえずりながら、庭木の間をひと通り散歩して去っていきます。

 小さな庭の小さな出来事ではありますが、動植物が生きる環境というのは「長年人の手が入らないことで成立する場合もあれば、人が手を加える事で成立する場合もある」ということがわかったような気がします。

 例えば「山林は放っておくのが一番」と思っている人も結構いるようですが、それは「自然林」や「原生林」に限った話。一度人間が手を加えた「里山」や「植林地」などは、常に間伐などのメンテナンスをしなければ荒れ放題になり、周囲の環境にも悪影響を及ぼします。

 先日、大田区の高級住宅地にあった自然林がマンション開発のため伐採されたという報道がありました。人間の手を介さずともバランスを維持できる自然林は、数百年の時を経てやっと成立するもの。しかし、それを破壊するのはほんの一瞬です。

 こうした行為を非難するのは簡単ですが、今後身の回りの自然環境を残していこうとするならば、ただ「鑑賞」したいからという理由だけでは、「開発」や「有効活用」といった経済優先の論理に太刀打ちできないでしょう。

 どんな小さな公園でもそれを管理し、メンテナンスする人がいるから快適に過ごせるわけで、当然、お金も時間も労力もかかります。行政や企業まかせにせず、私たちひとりひとりが自然の恩恵を受ける者としての責任を持ち、面倒を承知で「ともに生きる」覚悟を持たなければ、都心の緑はこれからもどんどん消えていくことでしょう。(K)

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◆先人のことば第1回◆

「本当の発見の旅とは、新しい風景を探すことではなく、新しい物の見方を得ることだ」〜マルセル・プルースト

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 近年「イスラム原理主義」とか「原理主義者」という言葉をよく耳にしますね。

 私はこの「原理主義」という言い方があまり好きではありません。ある者が他者に対して「あなた方は前時代的で、頑迷かつ排他的である」と一方的に言っているような、強引な“決めつけ”を感じるからです。

 「ネトウヨ」「ブサヨ」といった言い方も同様です。こうした言葉には具体的な定義がありません。定義がないということは「田舎者」とか「カッコ悪い」というような子供じみた侮蔑とたいして変わりません。どこが田舎でどこが都会なのか、何がカッコ良くて何がカッコ悪いのかという線引きが曖昧であるように、右翼、左翼という定義もまたあやふやだからです。

 また、近隣国との軋轢の原因とされている「正しい歴史認識」というのも、その言葉自体多くの矛盾を含んでいるように思います。例えば子供の頃「コロンブスは世界で初めてアメリカ大陸を発見した偉人である」という“世界史”を学んだ人も多いかと思います。しかし、よく考えてみればコロンブスがアメリカ大陸にたどり着く以前に、そこには1万年以上も前から人が住んでいたわけで、彼らが別に集団で隠れていたわけではないのですから“発見”という言葉は適切ではありません。

 “発見”という言い方はあくまでヨーロッパ的な見方であって、先住民から見れば「コロンブスというヨーロッパ人とその一行が突然船で我々の土地にやってきた」。そして「彼らは破壊と殺戮の限りを尽くした悪人である」ということになります。

 従って誰もが認める「正しい歴史認識」などというものはそもそも存在せず、「それぞれの立場から見た歴史」が複数存在することになり、立場が違う以上、それぞれをすり合わせようとしても平行線になるのは必至。

 そう考えると、昨今の政治・国際問題に限らず、殆どのトラブルの原因は、国家、民族、宗教など、すべて「個々のコミュニティにおける一般的な物の見方」が「絶対に正しい」とか「中心軸にある(あるべき)」という思い込みから生まれるのではないでしょうか。言い換えれば、世界中の誰もが「原理主義者」と言われる要素を持っており、互いに「原理主義者」と罵り合いながらも、互いの「見えている世界の狭さ」に気が付かずにいるということなのかもしれません。

 問題解決の鍵は、それぞれの民族・宗教・文化の多様性を互いに認め合い、他者の「ものの見方」に思いを馳せること。

 否定するより理解する、あるいは理解しようと努力すること。それこそが人間本来の寛容性を産み、平和への近道となるのではないでしょうか。

 そのためには「互いをもっとよく知る」必要があります。そうすれば、他者の崇拝する対象を安易にデフォルメしたり、それに対する報復として殺害行為を行うような悲惨な事態にはならないはずです。

 できればそれぞれが直接“旅”にでかけ、対立する他者と交流を持ち、相手のコミュニティと触れ合ってみるのがベストではありますが、今や世界中の情報がスマホ1台で手に入る時代です。実際の旅ではなく“知の旅”“情報の旅”によって「新しい物の見方」を得ることも十分可能です。今からでも遅くはありません。「新しい物の見方を得る」旅に出かけませんか。手前味噌ではありますが、そんな時、旅のガイドブックとして日経も大いに役立つことでしょう。(K)