<イスラム国>

新<日英友親交会>促進委員会の精神的支持応援団員を勧誘増員を呼びかけ進める草の根運動をインターネットでやって呼びかけて戴ける有志の方がいないか訊いてみて下さいませんでしょうか?そういう応援団支援者リストを作成し、日英の双方の地方政府、中央政府、大学教育会、スポーツ、文化団体、民間団体に示して協定を実現するのが主目的です。

それに幕末明治の歴史の原点に回帰して、温故知新、リフレッシュして友好親善外交関係を再確認し再協力をするという事が目的です。幕末の歴史を振り返っても分かるように米国と英国は歴史的シンクロナイズしてしています。その意味では英語圏全体を一体と看做さねばならないと思います。

英本国の人口は6500万人ですが、移民の歴史が長いので、その子孫末裔は全地球上で英本国の15倍以上になるということです。幕末日本の開国を迫ったペリーが表立っていますが、しかし日米間のクッションとして英国が外交的に果たして来た役割にももっと注目しておくべきです。徳川時代日本は鎖国体制に入って、情報が蘭学中心に偏ってしまった。幕末英米仏人が入ってきた時、幕府はオランダ語の通詞(通訳)で対応しようとしようとしたが、言葉がぜんぜん通じない事に気がついて、蘭学所を洋学所に改めることになったのです。

1966年から英連邦王国に住みついて様々な場面に出くわした経験から、このメイルの最後のリンクの中にエッセイを記載してありますから、開見してみて下さい。イスラム国については、後藤、湯川両氏が犠牲になってしまいなんとも無念です。英国からイスラム国のテロ軍団に加わってるテロ兵士団は英国生まれのイスラム教徒家族の二世三世四世でテイーンエイジャー(十代)のいわば少年兵である。彼らはもともと大した思想も哲学もあるわけではないが、英国内のモスクのイスラム僧の過激派思想の宗教指導者にマインドコントロールされた者が多い。特殊な宗教指導者のコーランの偏向解釈の説法を耳に吹き込まれるのと五体倒置の祈祷を繰返していると、脳内アドレナリンが増発し極度のジハド憧憬の念心に火がついて、そこに油をかけられて幼いヒロイズムが一気に炎上するというわけです。それに同調する仲間が内外に少なからずいると分かると、尚更集団的連帯感が作用するから、クリミナル・ロー的一般社会の常識や観念はもはや完全に消え去ってしまうのです。旧植民地帝国だった時代からの宗主国だった英連邦王国(UNITRD KINGDOM=UK)は戦後今の国連を創設する青図面を戦時中からすべて有していました。

紀元前700年前後にアッシリヤ帝国に侵攻されて、滅びたイスラエル帝国は、国土なき国家といわれて世界に離散していた流浪の民であるユダヤ人達を、呼び寄せて1948年のイスラエル国再興構想の青図面も第二次世界大戦中にルーズベルト・チャーチル・フリーメイソン・イルミナテイの間では出来上がっていた事は明白な歴史的事実です。つい最近英国籍の若いイスラム系の男子が妻と幼児を連れて夫婦でトルコ経由でシリヤに入国しイスラエル国に入国しようとしていたが、成功しなかった。妻と子供がいるとイミグレイションは審査が甘く緩くなるという穴場を狙ったつもりが、最近ではそれは通じなかったという例です。しかしイスラム国に入隊志願するのは、男子とは限りません。女性志願者も少なくない。その他イスラム国に向かい志願する願望を持つのは、必ずしもイスラム教徒系人種だけとは限らないのです。大体イスラム国志願者は大抵親兄弟や家族親類には、これを知ると迷惑や面倒がかかるとして、イスラム国渡航に関しては、一切言わない知らせない話さない場合が多いのです。しかし身近にいる親や身内が感知してるケースも多いのではないかと思う。その感知の度合が微妙で、ぜんぜん無感知、確証なくも灰色、かなりシンパ、かんぜんな確信派と分別されます。親兄弟や親族は、<息子がアルカイダやイスラム国に行く事なんかそんな話もなかったし、そんなそぶりもなく、知らなかった!!> と言うケースがほとんんどです。又過激派組織に加わるということは家族には、一切面倒をかけまいとして事前には漏らさない場合が多い。また、親兄弟家族が、何となくその気配を感じた場合もあり、バカンスとか海外の友人に会いに行くとしていたが、不安になって出発後、警察や学校に相談してトルコ警察やイミグレイションのオフィサーにより、国境線でシリヤ入りを止めさせた場合もあります。 また稀には親や家族親族が口には出さないが、既に感知してる場合もゼロとは言えないのではないかと思う。

大抵の場合、イスラム教の宗教指導者僧侶の洗脳を受けている場合が多い。過激な宗教指導者を数人国外に追放したケースもありました。しかし洗脳の仕方はさまざま微妙です。息子や娘が自分の意志でアルカイダやテロ組織に行ってしまった、後に残された家族は、絶えずマークされてるので、気が休まる時がないので、心労が募るでしょう。英連邦王国は、人種の坩堝なので、ミニ国連です。その点が、同じ島国でも日本とは異なる点です。最近EUに加盟してからポーランドやルーマニヤからの移民が英国には増えてきていて政治問題にもなっています。

最近イスラム国で後藤湯川両氏の頸動脈を切った儀式進行専任者は一連の切り裂きジャック・ブッチャー執行隊長格も英国生まれのイスラム教徒ファミリーの出自と言われます。こういう幹部格は、事前にかなり高額の準備金報償金をアルカイダ系の本部から受け取ります。あるケースは、数十万英国ポンドを貰い両親が一生食うに困らないように両親の口座に振込んでからアルカイダの戦闘訓練基地に乗り込んでるケースも聞いています。私は湾岸戦争イラク戦争の時よりはるか昔、たまたま子供の頃からクルド民族に深い同情と関心がありました。英語ではカーデイッシュ(Kurdish)と発音するで、まるで別人種かのように聞こえます。長らくステートレス(国土を持たぬ)国であるクルド族は私の心の中では”ジプシー人種”という固定概念を持ってきました。子供の頃読んだ本のなかで、その概念が頭に刻印されてしまったせいです。クルド人は紀元300年に世界で初めてキリスト教を国の宗教と定めたアルメニアにも存在しています。クルド人の宗派は76%がイスラム教スンニ派に所属しています。私はクルド人というとイコール<ジプシイ>という概念をずーっともっていました。しかしクルド人はソ連とは密接に結びついていた時代があります。紀元前8世紀のメデイヤ王朝が源流だといわれてますが、インド・ユーラシア語に属しています。湾岸戦争の後、トルコ軍が大規模な「平定作戦」を行ない、先祖代々暮してきた町や村を追われたクルド人が難民となって海外へ脱出したのです。彼らは「トルコ国民」としてトルコ旅券を使って海外へ向かいましたが、その頃、西欧諸国ではトルコ移民排斥の動きが盛んとなり、そのあおりで西欧に入国しずらくなったクルド人が日本へも来るようになったのです。現在、日本に定住するクルド人は300~400人と見られており、埼玉県南部を中心にコミュニティを作っています。 私は英国にもいるジプシー・クルド人に理屈では説明しきれない親近感を抱き、中京地区交響楽団指揮者田中瑞穂とともに<ジプシーの歌>まで創ってしまいました。その背景はここでは長くなるので、割愛します。私は湾岸戦争イラク戦争の時、いつも周囲の大国の狭間で翻弄されてきたクルド人に同情してきました。サダム・フセインにも苛められていました。今回のイスラム国のクルド人に対する婦女暴行強姦誘拐奴隷化成人男子虐殺などこの上なく冷血無比、極悪非人道的な暴虐行為は言葉を絶してしまいます。こういうことはクルド地域ばかりでなく、スーダンその他アフリカ大陸側にも起きています。これをみてると一体国連はな何をしてるのかと思ってしまうし、現今の国連とは何のためにあるのかと思ってしまいます。私は第二次世界大戦終結後の国連創設の出発点において、そもそも世界を結局戦勝国5頭常任理事国が仕切るだけの矛盾を抱えたまま運営されている事に不合理性感じています。日本国は国連運営負担金だけは大国扱いさせられて来て、戦後70年過ぎてきた訳です。私は今後は可及的速やかに第二国連を形成するしかないと考えます。そもそも国連の細目決算報告が雲の上過ぎてあまりに不透明で実に分かりにくという印象です。

イスラム国の首切隊長の出自やファミリーについては、英国のインテリジェンス機関MI5 MI6はかなりの深度で情報を掴んでいる。彼はむしろ上述のヤンググループとは異なり、かなりのインテリで幹部候補であります。そもそもイスラムテロに関して言えば、いまだに生存説もまだあるが、今では完全爆殺されたアルカイダの元祖オサマ・ビン・ラーデンも少年時代一時期は英国育ちであり、ニューヨーク世界貿易センタービルを乗取り民間旅客機で体当たり自爆壊殺した911事件を惹起したハイジャックパイロットも英国籍イスラム系人でありました。イスラム国は狂信団という表現もさることながら、ヤンググループテロ志願団は洗脳され盲信団であります。幹部級は妄信団です。 盲信団+妄信団=猛狂信団です。これも資金根源を絶たないかぎりは根本的解決にはならない。ここで共通点があって想起するのは特にパレスチナ・イラン・リビヤの絡んだ旧日本赤軍派日航機ハイジャック事件、岡本公三イスラエル・ロッド空港襲撃事件、よど号ハイジャック事件、そして麻原彰晃こと松本智津夫オウム真理教のオカルト・サリン事件です。

ロッド空港乱射事件 1972年5月30日夜(日本時間同31日)、故奥平剛士・元赤軍派幹部、故安田安之メンバー、岡本公三容疑者の3人がイスラエル・テルアビブのロッド(現ベングリオン)空港の到着ロビーで自動小銃を乱射。イスラエル警察と銃撃戦となり、巻き込まれた旅行客ら26人が死亡、七十数人が重軽傷を負った。3人のうち岡本容疑者だけが生き残って逮捕され、イスラエルの軍事法廷で無期懲役の判決を受けた。岡本容疑者は85年に捕虜交換で釈放 麻原彰晃→オウム真理教教祖 父親が朝鮮籍。サリンを撒き無差別殺人。坂本弁護士一家惨殺

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岡見清直という人物に御注目しておいてください。米国・英国・アイルランド共和国と日本の架け橋となった人物です。又御先祖は江戸時代に岡見蘭学塾を開設し、福澤諭吉を故郷中津藩から呼んで講師に据え、それを慶応義塾に改名しさせたのです。こういう歴史が意外にもほとんどの日本人に知られていないのは、実に残念です。日英友親交会の柱となるのが岡見清直先輩であります。特に幕末以来また戦前戦中戦後、海外にいて海外から日本に対して実は多大な貢献をしてきた日本人の先達がいた事は、現代の日本の一般国民には知られないままに生涯を閉じたケースが時々あります。岡見清直もその一人ですが、この岡見清直の家系は幕末以前その御先祖の代から、日本国の教育近代化(特に幕末明治維新後、全国民義務教育制度化=普遍化)の先駆けとなる宿命を負っていました。それは戦後、岡見清直によって、英国島南岸のウインチェスター市にSHOEI-WINCHESTER女子大学を、開設した事につながっています。この近くにソウザンプトン(SOUTHAMPTON)港があります。今このソウザンプトン(SOUTHAMPTON)港湾市のサッカークラブチームに所属してるのが吉田麻耶選手です。この港湾市は幕末明治初期日英間を結ぶ海洋航路における歴史的には極めて重要な役割を果たしていました。

1865年(慶応元年)薩摩藩英国団体密航留学生19名や1868年(慶応四年=明治元年)に尾崎三良、三条公恭(三条実美嫡男)、長州藩毛利公嫡男など明治維新政府派遣英国留学生達が長崎を出帆しイングランド島に蒸気船で到着し上陸した日英間を結ぶゆかりの地が、この玄関口ソウザンプトン(SOUTHAMPTON)港湾市でした。薩摩藩英国団体密航留学生19名中16名がロンドン大学の様々な学部にて学び、帰国後日本国近代化に貢献しました。

そのソウザンプトン(SOUTHAMPTON)市やウインチェスター市のある地域の大貴族藩主はモンタギュ公(LORD MONTAGU)といいます。ここの現藩主モンタギュ公と私とは30年の交流があります。

モンタギュ家は中世からの英国高等位の大貴族で、かつては英国カトリック総本山であり、英国副王の地位にあった英国高等位の大貴族の家柄です。

そしてここで、この御領地内のウインチェスター市と岡見蘭学塾がどう結びついたかという歴史を説明します。幕末、吉田松陰の米国船潜入密航企て事件に影響を与えたとされて江戸から信州へ追放された佐久間象山と密着関係にあり、後に慶応義塾に改名される岡見蘭学塾の経営者岡見彦三の孫である岡見清直は、第二次世界大戦後この英国ウインチェスター市にウインチェスター大学とSHOEI-WINCHESTER女子大を開設しました。こういう一連の隠れた日本史を、私は今後日本国を双肩に背負って行く次世代には、文科省の歴史教育指針による教科書にて、自然に正しく教えられるにふさわしい歴史的事実に基づく事柄であると思うのです。イギリスに1966年以来住んで、様々な経験と英国側で学習した結果こう言う理念が年々固まってきました。

つきましては 更に具体的な詳細は、次のリンクを開見してみて戴けますなら幸甚に存じます。そして、この歴史的事実内容をなるべく多くの友人知人の方々に御理解いただけるように、インターネットでリレー御伝達をして戴けますように応援を呼びかけていただけませんでしょうか? 御願い申し上げます。

新<日英友親交会>促進委員会メンバーになって戴けませんでしょうか? 入会無料です。

北 広次郎  英連邦王国

E-mail: norionplanets@gmsil.com

日英友親交会促進委員会代表

Skype ID: norikitaskype77

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