Published using Google Docs
mihara14学術図書出版社 情報リテラシー 原稿修正
Updated automatically every 5 minutes

情報を引き出すことと得たい結果を計算すること: ゲーム理論と社会選択理論から

注.香川大学総合情報センター編『大学新入生のための情報リテラシー』(2014年,学術図書出版社) に所収した文章にもとづいている.


「ゴミを入れればゴミが出て来る」と言われるように,コンピュータがいくら情報を正しく処理できても,入力データが誤っていれば出力結果も使い物にならないことがある.そのようなことでは正しい問題解決や意思決定はできないだろう.たとえば4人の学生と私のいる教室の室温設定問題を考えてみよう.5人はそれぞれ自分にとって最適な温度を知っていて,その温度から離れるほど「利得」(満足度) が下がるとする.各自に最適温度を申告させてその平均に室温を設定するルールを考えよう.(「どんな温度でも実現できるのか?」とか「コンピュータを使わなくても平均くらいすぐ計算できるだろ」といった問題は置いておこう.) 仮に私にとっての最適温度が28℃だったら,私はそのままその温度を申告するだろうか? いや,「学生4人の申告温度の平均は25℃くらいかな」などと予想し,(25×4+x)÷5=28 の解である x=40℃を申告するだろう.もちろんそういう私の行動を読める学生は,10℃などと申告して来るかもしれない.要するに,工夫されていないルールではまともな情報は引き出せないのだ.

情報リテラシーを学ぶことで「世の中に転がっている情報のかなりは当てにならない」という事実をみなさんは知ることだろう.でも,ある分野の情報がゴミかどうかを的確に判断できるようになるにはどうすればいいかと尋ねたら,結局「情報リテラシーを高めなさい」とか,「関連分野にたいする知識を深めなさい」と言われたりする.限定的な場面でいいから,そういう個人の努力に頼らずに有用な情報を引き出せる「仕組み」はないものか? もちろんそのような研究はたくさんあって,「ゴミみたいなデータから有用な情報を抽出する」という方向もそのひとつだ.しかしここでは情報の発信源に注目し,彼らから「まともな情報を引き出す」という方向での研究をゲーム理論とその関連分野からいくつか紹介しよう.ポイントは「人間である情報発信者が嘘を言っても得をしないような仕組みを作る」という社会科学的視点である.

まず,冒頭の室温設定について「中位投票者定理」が教える解答は「平均ではなく中央値を使え」というものだ.5人の申告温度を低い順に並べ,低い方から3番目の (高い方から3番目でもある) 温度に室温を設定するルールを使えばよい.各自は自分の最適温度以外の温度を申告したところで得はしないことは次のように証明できる: 自分の最適温度 t ℃が他4人の申告温度の低い方から2番目の s℃と3番目のあいだなら,t ℃と申告することでそれが中央値つまり設定温度になるのでそのまま言うのがベストだ.最適温度 t ℃が s℃未満なら,自分の申告温度に応じて s℃またはより高い温度が中央値になるが,その中で自分にとっていちばん好ましいのは s℃であり,それは t ℃を申告しておけば実現する.t ℃が3番目のより高い場合も同様だ.

次に「モノの配分」という経済問題を取り上げよう.「どういう配分が望ましいかはあくまでその経済を構成する人々の好みによって決められるべきだ」というのが経済学の基本姿勢で,特に「効率性」という基準が重視される.しかし「選好」ともよばれるこの「好み」,じつはデータとして簡単に入手できるものではない.にもかかわらずいくつかの配分方法はこの基準に関して良い性能を持つことが分かっており,その最たるものが競争的な市場,つまり需要と供給で決まる価格を通じた交換だ.

ここではある単一の (商品) を配分する問題を考える.何人かいる個人それぞれが,自分がその財にたいしてギリギリ払ってよいと思う評価額を知っているとしよう.このばあい効率的な配分とは単にもっとも高い評価額の人にその財を渡すこと (売ることをふくむ) を意味する.評価額自体は他人が見れる情報ではないため,そのような配分を実現することは難しそうにも思えるかもしれないが,じつは (買い手が入札額を書いた紙を封筒に入れて売り手に提出する「封印型」をふくむ) 代表的なオークションのいずれかを使えば実現できるのだ.ただ,通常用いられる封印型入札である「第一価格オークション」では,落札者 (財を受け取る人,つまり最高額入札者) の支払額は自分自身の入札額であり,買い手は入札額をどの程度に設定すべきか (評価額よりどれだけ低く設定するか) 悩むことになりがちだ.

一方,自分の評価額以外の値段を入札してもなにも得をすることはないため,買い手が入札額に悩む必要のないオークションもある.「第二価格オークション」とよばれるちょっと変わった (でも同等と見なせるものがネットオークションで実際に利用されている) 方式がそれで,落札者の支払額は2番目に高い入札額と決められている.たとえば上位2つの入札額が9万円と5万円だったら,9万円を入札したひとが5万円を払って財を受け取ることになる.この方式では,自分の評価額をそのまま入札するのが買い手にとってつねにベストとなる.(自分以外の入札額のうち最大のものが自分の評価額より小さい場合,大きい場合,同じ場合に分けて考えてみれば分かるだろう.財を獲得しなかったときの利得はゼロで,獲得したときの利得は評価額マイナス支払額であることに注意.) よってすべての買い手が合理的に振る舞えば,各自の「評価額」という目に見えない情報が「入札額」という形で適切に引き出されることになる.その結果,評価額が最高の者に財が渡り,効率的配分が実現する.(注1)

世の中には他人の自由な取引にたいしてとやかく文句を付けたがる人がいるもので,お金での取引がふさわしくないとされる場面もある.たとえば腎臓病患者はお金では腎臓を買えないことになっている.そのような場面でもゲーム理論家は腎臓ドナーと患者とをうまくマッチさせるための仕組みを考えて米国などで実用化している.「マーケットデザイン」とよばれる応用分野では,この例のようなお金を用いない資源配分方法が重要な研究対象になっている.

たとえお金の受け渡しを排除したとしても,評価額が最高の個人に財を渡すことが望ましい状況は多いだろう.「ソロモン王のジレンマ」とよばれる古典的事例はそのような状況と考えられる.じつは第二価格オークションに参加するのを自由とし,2人以上が参加表明した場合のみわずかな参加費を取ってオークションを行うことにしておけば,結果的にお金の受け渡しをせずに効率的な配分を実現できる.参加しても財を獲得する見込みがない人たちが辞退するため,けっきょく評価額が最高の個人だけが参加表明することになり,オークションを実行することなく財を配分できるのだ.(注2)

最後に「まともな情報を引き出す」という観点から離れ,「入力されたデータをアルゴリズム (機械的な計算手続き) で処理することにより得たい結果を得られるか」という (チューリング) 計算可能性にかかわる研究を「社会選択理論」という関連分野から紹介しておこう.

社会選択理論とは投票ルールをふくむグループ向け意思決定ルールの良し悪しやその限界を数学的に分析する分野だ.社会選択理論でもっとも有名な結果であるアローの不可能性定理は,複数の個人の持つランキングをひとつに集計することの困難さを示している.ここで「ランキング」あるいは「選好」とは,選択肢をなんらかの順 (通常は個人の好む順) にランクしたリストである.ただし「個人」は抽象的概念だから生身の人間である必要はなく,たとえば「個人」を n 個の検索サイト,「選択肢」をいろいろな Web ページと解釈してもよい.その際,ある単語を n 個の検索サイトで検索することで Web ページのランキングを n 個並べた束ができるし (引っかからなかったページは引っかかったページより下に同順でランクされていると考える),別の単語をそれらの検索サイトで検索すれば別の束ができる. アローは,それら様々な束をインプットとするような「集計ルール」が満たすべき要件をいくつか列挙し (たとえば「すべての個人が選択肢 x を選択肢 y よりも高くランクするならば,集計結果でも x が y より高くランクされていなければならない」「集計結果が常にある特定個人のランキングと一致するようではいけない」といった要件),それらを同時に満たすルールは存在しないことを証明した.

これだけでは集計の困難さについてイメージしにくいので,例を挙げておこう.2つの選択肢ごとに比較する単純多数決では,a が b に勝ち,b が c に勝ち,c が a に勝つといった「サイクル」が生じ,選択肢 a, b, c をうまくランクできないことがあるのだ.たとえば3人がいて個人1が abc,個人2が bca,個人3が cab の順で選択肢をランクする場合がそうである.(室温設定の例では選択肢が一次元に並んでいて,20℃と30℃といったふたつの選択肢の両方を25℃といったその間の選択肢よりも好むようなケースが除外されていたため,この種のサイクルは生じなかった.アローの要件を満たす集計ルールは,このようなケースも除外してはならない.)

選択肢が3個以上ある場合このようなサイクルを生じる可能性があるので,単純な多数決がマトモにあつかえる選択肢は2個までである.それ以外の集計ルールを考えるといろいろと別の不都合が起きては来るが,とりあえず (集計結果が有限個の選択肢からなるサイクルを生じないという意味で) マトモにあつかえる選択肢数を増やすことはできる.たとえば67パーセント以上の賛成を要求する多数決では3個までの選択肢ならマトモにあつかえる.より一般的には,ある範囲のルールに後年「中村ナンバー」と呼ばれるようになった数を定義し,「集計ルールはその中村ナンバー未満の数の選択肢であればマトモにあつかえる」ことをしめした定理がある.この定理は近年結論を強化した上で複数方向に拡張されている.(注3)

さて,アローのしめした不可能性を回避するため,研究者たちは集計ルールにたいする要件を緩めたりしていろいろな努力を重ねた.ポジティブな決定的結果がなかなか出なかったなか,意外な回避法を見つけた研究があった.個人が無限人いる場合,アローの列挙した要件をすべて満たすようなルールが存在することが明らかにされたのだ.しかしこの集計ルール,ある意味数学の世界にだけ存在するような代物であり,何かおかしかった.そう,現実に見られる投票ルールはほとんどいつもアルゴリズムによって与えられており,計算可能性は問題にならないはずだ.ところが上記の回避法が提示した集計ルールというのはアルゴリズムで書き表せるようなものではなく,実用性はないことがしめされた.「可能をまた不可能にしてしまった」ちょっと陰鬱なこの結果は,じつは私の手によるものだが,アローの不可能性定理の「不可能」の部分をさらに頑強にしたものと言える.(注4)

以上,ネットオークションや Web ページのランキングなどにも絡めつつ,情報を引き出すことと得たい結果を計算することに関連するゲーム理論と社会選択理論の研究を紹介した.ゲーム理論は合理的な選択を研究する学問であり,ミクロ経済学をはじめとする分野に多大な影響を与えて来た.ミクロ経済学といえば限られた資源をいかに効率的に配分するかを研究する学問だから,ゲーム理論やミクロ経済学を学ぶことは情報リテラシーを学ぶ目的にも通じるところがある.本書の一章分をゲーム理論に割いてくれないかという誘いもあったくらいだ.これらの分野をきちんと修得するには授業を受講するのがベストだ.(ゲーム理論は経済学,数学,情報科学,経営学,政治学などの科目として提供されることが多い.みなさんの情報検索能力を駆使して見つけてもらいたい.) とりあえずれらの分野を概観したければ,伊藤秀史『ひたすら読むエコノミクス』(注1) という超入門書を読むといい.

三原麗珠

注1.第二価格オークションの仕組みはゲーム理論入門書やミクロ経済学中級以上のテキストの多くに載っている.たとえば伊藤秀史『ひたすら読むエコノミクス』(有斐閣 2012) の第8章はオークション理論を含む後述のマーケットデザインを簡明に紹介している.

注2.   ただし各自は (他人の評価額を知っている必要はないが) 自分の評価額が最高かどうかは分かっているものと仮定する.Mihara (2012) The second-price auction solves King Solomon's dilemma 参照.以下,正確な文献情報および解説は三原のサイト http://researchmap.jp/reiju/ (「三原麗珠 research」を検索すれば見つかるはず) を参照.

注3. Kumabe and Mihara (2011) Preference aggregation theory without acyclicity: The core without majority dissatisfaction.

注4. Mihara (1997) Arrow's Theorem and Turing computability.