【2016年国民投票で英国は何故EU脱退派が残留派に優ったのか?】 

北 広次郎

私出張で先月超多忙でした。

日本から国際文化事業財団が英国会社を設立してほしいという依頼をうけて、その設立準備のためにロンドン.サウスハンプトンを駆け回っていました。

NPO部門(医療器や救急車の国際的寄贈)とコマーシャル部門を両立させるホールデイング・カンパニーをロンドンに設立させました。。

私は特別顧問として協力します。たまたまこの調査使節団の訪英中に,英国のEU脱退か残留かの国民投票が行う行なわれまして英国国会議事堂前を何べんも通りました。

私は2%僅差で残留と予測してましたが、結果は3.8%の差で脱退派に軍配が上がりました。

大体EFTAの宗主国英国はEUの前身ECの前の頃には加盟してませんでして、ドゴールに引っぱり込まれて加盟しましたが、私はパブの社交界で

医者やらビジネスマンの夫婦達が数組集まって飲み会に巻き込まれて、ECに加わるべきか否かの大議論をしていました。 その時日本人はどうおもうか?と訊かれました。

夫婦で意見が分かれ、旦那達は加盟派奥様方女性は圧倒的に反対派でした。大体加盟した時は,政治家達が決めて国民投票した訳ではありません。

今回の結論は英国らしい面もあります。世界はほとんど残留と見ていました。EUの脱退か残留かの可否をと問う国民投票はカメロン首相就任の時の公約でしたから、

彼の言い出した事です。これをもって、カメロンの失政という人々もいます。

しかし今英国は7千万国民の5人に1人が外国人、ドイツには1600万人の外国人が住んでいます。英国の例ではロンドンや大都市のホテルの受付から部屋の掃除婦など

従業員はいまフィリッピン人・パキスタン人・マレーシヤ人,タイ人、中国人などからEUの東欧圏人で,英国人はトップ幹部しかいませんから,滅多に表に出て来ません。

これロンドンばかりでなく、田舎地方のホテルでも同じで従業員には非英国人が多くなっています。マンチェスター地区でもホームレスがルーマニヤ人やハンガリー人で物乞いしています。

英国は戦後国民社会福祉制度医療福祉制度を世界で最初に創った国だけに、外国人がなんとか英国に来て働きたいとして潜り込もうとします。それがEU貧民国ばかりでなく、

旧大英帝国時代の世界中の旧植民地圏国からもです。

そこへ持って来てシリヤ難民、アフガニスタン、パキスタン難民です。

この事情が地球の反対側の四海八方海洋孤島国ジャパンの方々には理解されていません。日本のマスコミの流す偏頗的モノトーン情報ですべてが判断されていて、

何か現地の感覚からずれています。私はある特殊な衛星システムで日本のTV放送が合法的に英国で観えるようにしてあります。

もともと内容が異なってる付加価値税と消費税を日本では同じ物だと誤解して政治家もジャーナリズムも国民も論議しています。理国では最初から食品、医師処方箋付き薬品、幼児用品、高齢者用品、新聞雑誌教科書印刷刊行物などを 食品は人間生活の糧と同様の政治哲学理念で、頭脳の糧として全て付加価値税はゼロとされてきています。

政治哲学無しに何にでもかけてる日本の消費税8%は、英国付加価値税方式計算では今すでに14%位になっています。欧米では高速道路は全部どこも無料です。

日本のマスコミはどうしてそういう相違については報道しないのでしょうか?

今回の脱退派投票の増加の大きな原因はテロリストの混入したシリヤ難民問題が引き金になっています。この起因の元はというと,ロシヤ・中国がシリヤのアサド独裁者を支援して、そこへもってきて国連の前代未聞の私利私欲を肥やす無能事務総長が、無為無策で何もしないで、難民問題からは逃げて世界の大中小国の大学の名誉博士号を集めてる事です。すでに60余りにたっしてるが、先回シリヤ難民問題で大騒ぎの時、マルタ島の大学の名誉博士号の授与式に飛んでいってまして、批難されてました。任期切れも近いので、とにかくノーベル平和賞を狙って運動してるし、もう次の南朝鮮半島の大統領就任の事しか頭にないようです。

今の国連はもう世界の為には機能していません。常任理事国5ヶ国以外は全部オブザーバーにしか過ぎない。私は女性子供学生主体の第二国連を創るしか無いと思っています。

これは私がたまたま中学生か高校生初期の頃、古代ギリシャのアリストファネスの(女の平和)という読んだ戯曲小説が頭にこびりついていて,それからヒントを得ていたものです。

難民問題には無策で、関心はないというか、わざと避けてるとしか思えません。まだ明石さんや緒方貞子さんがいた時代は難民問題にはン熱心でしたが。

私は、もし日本にシリヤ難民が50万人とか百万人が入って来たら、どうしますか?と日本列島の人々に訊きたいです。

さてパイプライン・プロジェクトの件、出張先でもあるところでこの話をしてきています。訪英使節団と同行出張していましたので、忙しかったのですが、今ちょっと視点を更に拡大した外資ファンドの事も考えています。ロンドンに前から懸案の準備会社を速く創設すべきと考えます。

先月別な使節団のために創ったのは、その代表が4月に訪日した時、プロジェク事業の達成のためには、世界の金融の中心地ロンドンに基地基点を持たないと欧米他の信用が得られない事を痛感しての結果でした。

たまたま先回伊勢賢島でのG7開催時に会場のホテルに展示するある平和運動のユネスコの欧州の小学生の寄せ描き絵のbannerを学校から集める運動に加担していました。

たまたまその直前安倍首相夫妻がロンドンに来てカメロン首相の官邸に晩餐によばれて居て、その翌日ロシヤのソチに向かいました。バカンス中のプーチン氏に会いに行きました。

四島問題がなお絡んでいますが、しかし天然ガスにも絡んでいます。秋訪日がそこで決まりました。

英国は米国の歩調とは異なるのっですが、世界最大の王室財団をかかえるエリザベス女王は先回5月バッキンガム宮殿に中国のトップ夫妻を,カメロン首相の懇願で泊めました。

そしてそのトップは一帯一路で英国から大西洋側の方から米国に迫ろうとしましたことは明らかです。先回訪米時ローマ法皇訪米が優先されて、議会演説もさせて貰えず

厚遇されなかったからです。

中国のトップは最後の一泊をここマンチェスターに来て泊まり、翌朝そこから北京へ直行便で北京へ帰りました。その翌日からウランバートルやマニラの日本人や日本からも電話が入り何で習トップッが英国であんなに歓迎されたか?何でわざわざ最後の晩リバプールとマンチェスターチャイナタウンにきてマンチェスターに泊まって帰国したのか?という質問攻めになりました。

1966年からここに住み働いて来た私にはもう良く分かっていますが、日本の外務省も分かっていなかったようです。かつて日英同盟が結ばれていて第一次世界大戦のころ、マンチェスターには日本領事館があり,大正時代昭和天皇がまだ皇太子だったころにここを訪問し、マンチェスター市タウンホールでは大歓迎晩餐会が開催されてまして、今でもその時のメニューと皇太子サインが残されています。 その同じ場所で戦後日本の九電力東海村の社長会長が家族ぐるみで招かました。

その訳は原発燃料英日間専用運搬船二隻を通産省と丸紅が英国造船所で建造し、その進水式の前夜の歓迎晩餐会大パーテーが、マンチェスタータウンホールで開催されました。

東電からは平岩外四社長が秘書 代わりの娘さんと来ていました。私はその日本からの代表団をお世話する役目を任命させられていました。

夜通産省代表の方々を丸紅の副社長(もと通産省局長だった松尾氏)ともに私宅にも御招きしました。

英国核燃料公社*(BNFL)*(マンチェスター市・リバプール市中間に位置する核燃料棒製造工場)から原発燃料を60年余り、英国丸紅はBNFLの対日独占輸出代理店として日本の電力会社に輸入運搬業務を護衛船をつけてマラッカ海峡を通り運搬し続けてきています。

福島原発事故以来日本は削減方向にむかいつつあるが、しかし世界は発展途上国では原発建設計画が増えてるのは皮肉ですが、ここを狙ってるのが中国です。

国営起業の鉄鋼材や太陽光パネル等の過剰生産で困ってるので、それを海外へ中国丸抱え?で原発と新幹線などを輸出し売り捌こうという狙いでAIIB*(アジヤ開発銀行)を建ち上げたのですが、最近その意図を誤解した国々から購入キャンセルを食らい初めています。

 英国にも7兆円あまりチャイナマネーで原発インフラ(日立新幹線敷設株)を請負うという事で、カメロン首相は以前北京にとんで武器などの爆買いされたので余り気乗りしない女王にバッキンガムに泊めるようにと懇願したのです。女王は泊めた後で習主席への皮肉めいた発言していましたが、香港までは伝わったが、中国メデイヤは一切本土では伝えられませんでした。そして金に眼がくらんだ中国派のカメロン首相は今回退陣に追い込まれました。

EC残留は野党労働党党首コービンも支持してたのです。しかしスコットランド国議会は残留派支持です。

EC脱退は二年間の猶予期間があります。その間にまた変わる可能性は大です。

そして脱退しても、個別国と自由貿易協定を結ぶ手もあります。またECに加盟してるためにEC議会に度々否決されてきた英国は人口12億の旧大英帝国の忠実な植民地大国インドとの自由貿易協定をやっと結べる事にもなります。悪い事ばかりではないのです。

かつて世界の七つの海を支配したある意味では百戦錬磨の永いしたたかな外交の歴史を持つ英国の事であり、転んでもただ起きるわけではありません。

英連合王国(四つの王国が合併連合してるがスコットランド国もアイルランド国もウエールス国も別な議会を有している)への理解が日本人には全く理解されていません。

それからEUについて99%の日本人がまったく理解してない事があります。EU28ヶ国中欧州大陸国は26ヶ国がほとんどカソリック国です。

ドイツはマーチンー・ルーターが免罪符へ抗議して以来のルーテル教会ですが、しかしAnglican Church英国国教会のプロテスタント(米国もアングロス・サクソニアンの大統領)はジョージ・ワシントン以来1人だけカソリックで後は全部プロテスタントです。

1人とはアイリッシュ・アメリカンのジョン・F・ケネデイの事です。

ですから 英国は同じキリスト教でも宗派が違う16世紀ヘンリ–八世が創設した英国国教カンタベリー大主教(カソリック・ローマ法皇に匹敵)のプロテスタントです。というと英連合王国には田舎村でも町にもかならずカソリック教会とプロテスタント教会が、どこでもアベックで、対になって並んで建っています。しかし大陸国はほとんどカソリック教会しかありません。

EUキリスト教国でないとメンバーになれません。 トルコは40年以上EC ・EU加盟を申し込み続けていますが、入れてもらえません。イスラム教国だからです。

そういう視点から観る日本人はほとんど居ませんで、ピントのずれた評論家ばかりが繰返しお笑いタレントと並んでTVに登場して,お笑いの添加剤になってるって感じにしか見えません。

国民投票のあった直後日本からも多く電話がかってきました。また海外にいる日本人からも電話がかかってきました。英国のEU脱退は 英国が欧州を裏切ったという日本人も何人かいました。私は地球の反対側の孤島国日本の欧州(EU)の歴史観、実状観、展望観が、失礼ながら欧州の実態からかけはなれてる悲哀感を感じました。

住んでみなければ、分からない事は、口で説明しようが有りません。 私の住む町のスーパーの表通り脇には、ルーマニヤ移民のホームレス老婦人がいつも立っいます。

町のごみ屑を回収したりする運送屋にはポーランド移民のグループがたむろしています。

汚物を扱う職業の分野は移民難民がやっています。

駅や空港構内とかのトイレとか掃除人は 難民移民達がやっています。 いま欧州の大問題はシリヤ難民です。シリヤの今のアサド大統領は完全な独裁者で、反大統領派国民を爆撃したり細菌爆弾をつかってたりしてるが、それを支援して反大統領派国民を爆撃してるのはロシヤ空軍です。英国にはシリヤばかりでなくアフガニスタンとかパキスタンとかアフリカ諸国とか旧英国植民地国からも入ってきてます。

日本にもしシリヤ難民が50万人入ろうとしたら、日本国の日本人はどう対応しますか? と訊いてみたいです。

紀元前700年アッシリヤ帝国がイスラエル帝国に攻め込んで10種族が又奴隷の身に戻る事をきらって国外脱出して消えたという歴史があります。

イエス・キリストのキリスト教はローマ帝国時代は異端教として弾圧されていました。キリスト教が初めて国教として認められたのは西暦紀元300年で、それはアルメニヤ国でした。イスラム教も発祥は実はユダヤ教に関係あります。

イスラム教開祖モハメッドの夫人はユダヤの砂漠のラクダの大豪商人の娘で,布教活動の大スポンサーでした。イスラム教の発祥は意外に遅くて8世紀以降です。

これらは全て一神教ですが、日本の神道とインドのヒンズー教だけは多神教です。

EUの発祥はキリスト教同盟で、今現在もそうですが、欧州大陸ほとんどがカトリック国ですが、ここにギリシャ正教アルメニや正教もあります。

本当はロシヤもギリシャ正教の流れを汲む、ロシヤ正教国家ですがEUに加盟していません。しかし 私はやがてはキリスト教の流れを汲むロシヤがEU加盟事は将来ありうると見てます。なぜならマルキシズムに傾いた革命政府時代一時宗教を否定してたが、やはりロシヤ正教は根強く残り、完全復活しました。

西欧南欧はカソリック教国です。英国も16世紀以前はカトリック教のみだったのですが、ヘンリー八世王時代プロテスタントに代わり、英国がそのプロテスタント総本山になっています。

シリヤ難民にイスラム原理教の難民のテロリストが紛れ込んで欧州に入り込んできて頻発してるテロ事件が今回の国民投票に影響を与えてる事も事実です。

エーゲ海地中海をボートピープルで渡る途中で転覆して幼児が海に呑み込まれるビデオが欧州中にTV訪英されました。英国のカメロン首相はそのTVビデオ放映を見て大変胸を痛めて

即座に当面2万人のシリヤ難民の受入れを表明しました。このビデオ欧州全土でTVに流され,欧州以外でも放映され視聴者の同情を集めました。

『』

その後一切この件には触れていません。 かつてイラク戦争の時、英国政府の労働党のトニー・ブレイヤー首相はサダム・フセインが核爆弾を製造してというCIAの偽情報に騙されて米軍をイラクに派遣しました。日本もイラクのサマワに自衛隊を派遣しました。 ところがイラクでは核爆弾工場は一切見つからず,最後はまたCIAは、トラック移動工場で核爆弾製造してるという情報に変えました。結局サダム・フセインは土中の穴蔵に潜って隠れてる所を発見され裁判にかけて処刑されるという事になりましたが、原爆密造に関しては全くの冤罪でした。このことをトニー・ブレイヤー元首相は国会で追求され、諮問公聴会にかけられましたが、懲罰責任は問わないという司法取引前提条件をつけて、諮問公聴会に出席してあの時はCIAの誤情報に基づいて派兵してしまった事を認めました。功罪ある中で2012年開催されたロンドン・オリンピックは1992年スペイン・バルセロナオリンピック以前から 国際オリンピックの幹部委員会スペイン人サマランチ会長以下幹部委員はオリンピック候補地やナイキ等から高額の収賄を受けてるることは、もうかなり公然化していました。トニー・ブレイヤー首相はロンドンにオリンピックを取って来る時に世紀の名演説をぶちまくりました。

その決選投票大会で、『クリーンなオリンピック・パラリンピックを!!!』と感動的名演説をもって訴えて誘致に成功したのです。ですからこれが初めての賄賂や裏金をところが国際オリンピック調査委員に今度は息子が入っていて、会場調査の視察団メンバーとして東京にも行っています。

2020年東京クリーンなオリンピック・パラリンピック候補地決定にも 投票収賄疑惑がかけられて、パリのEU調査委員会が調査開始してるニュースが出ているのは使わない初めてのクリーンなオリンピック・パラリンピックだと言われました。 この前にスペインのサマランチ会長は、この責任を追及されて辞任しました。もしこれが本当なら大変遺憾なことです。ということは戦後のオリンピックそして途中から認知されて加わったパラリンピックは2012の候補地決定以前は裏金だらけの開催地だった事になります。特にアジヤ国での開催の候補地の決定までには,接待攻勢からオリンピック委員会幹部への裏金のやりとりがつきものであったといわれています。

トニー・ブレイヤーの時に、それはさっぱりもう消えたと思っていました。2020東京オリンピックはパラリンピックは、本命としてはヨーロッパ・アジヤ・アフリカ中近東に繋がる架け橋のトルコのイスタンブールが最有力候補地になっていました。

そしてここは又オリンピック史はじまって以来初のイスラム教国での開催として世界中の注目を集めていて、イスラム教国からも特に期待がかかかっていました。またトルコにすれば、40年以上積年のEU加盟の熱望の思いが叶う突破口になるであろうという大きな期待もありました。

しかし不幸な事にイスタンブーではテロリスト事件がおきてしまい治安上の問題が大ネックとなって、最も期待値が大きかったイスタンプールが敬遠され、東京が漁夫の利を得る結果になったのです。トルコのボスボラス海峡には対岸に向かう海底トンネルが掘削され日本商社と日本メーカーが地下鉄開通工事を行なっていました。

 そしてトニー・ブレイヤーは英国首相を退いてから、今度はEU議会の議長にもなりました。

 EUについては 日本人にはまだまだ理解されていない裏表の深奥部がありすぎます。日本の評論家さんや、政治家さんや、マスコミが なぜかそうう報道をしない。

特にEUの付加価値税と消費税は日本では同じ物として報道してますが、まったく違う税法です。

日本は食品や書籍新聞雑誌や医薬品など何にでもかけてるが、英国ではこれら人間の命を保つ糧と頭脳の糧となる知識インテリジェンスの刊行物には最初から税金をかけないという

政治哲学思想に基ずいています。英国式計算方式だと日本の8%はすでに英国計算式では12%以上になります。なぜなら食品に課税してるのはほぼ4%分に相当するからです。

英国ではまた高速道路は全部無料です。これは欧米でも同じですが。こんかい英国のEU脱退の国民投票以後多くの人々から電話メイルで状況問い合わせが,私に沢山来ました。

その反響の大きさにおどろきましたが、ここで私のコメントをまとめて書いとく事にしました。 正直私も2%の僅差で残留と希望的予測をしていました。

しかし欧米は歴史的にも多民族多人種の混合民族国家で成り立っていている点では四海八方海洋孤島国家のジャパンとは、大いに異なる事が起きます。

私は以前日本人はよくヨーロッパ人ていっぱ一からげで言うが、ヨーロッパ人ていう人種は居ないと,北広次郎のネットエッセイ(ミスター・ヨーロッパ)や日英友親交会資料庫の中でも書いてきましたが、雑種民族国家群と書いた事もあります。 英国の2016年6月23日の国民投票以後、あまりに多くの問い合わせ質問が私の所へも海外や特に日本から来ましたので本文を書く事にしました。離脱までにまだ2年間の猶予があります。キャメロン首相の退陣以後の首相の施政方針実践次第です。

私はかつて公私でお世話になったマーガレット・サッチャー首相を思い浮かべてしまいうました。彼女なればいかなる対処法を取ったであろうか?と思いました。彼女は在位中、何度も世界な世紀の決断を行いました。マンネリ化した280の職能別労働組合の改革、フォークランド戦争、真ん中の政府不要論からロンドン都庁とマンチェスター都庁廃止、小さい政府を主唱し、国公営企業の民営化(これを唱えたのはロンドンサミット会議の時、日本はこれをパクった。 ただし郵政民営化はやりかけたが中止した。)

外国企業特にニッサン・ソニー・サンヨー・シャープ・ブラザー・三菱電機・古河電池・紀文かまぼこ・のりたけチャイナ、保谷ガラス・日立マクセル・富士通、ホンダローバー合弁、富士通合弁、トヨタ・日野自動車などなど日系企業の英国生産工場誘致運動(中央政府地方政府の返済不要の助成金グラントなど恩典供与)、教育制度改革、南アのマンデラを支援し独立国家化支援、ソ連ゴルパチョフ書記のロンドン招聘と女王の謁見セットしベルリンの壁崩壊につながる鉄の女首相が鉄のカーテンを溶かした。

そして99年間借款統治の香港を中国に返還を決断し1997年返還実現、香港上海バンクの中国の接収阻止などなど。まさに天才政治家とは彼女の事をいうべきかと思う。

日本にも田中角栄という天才政治家がいたが、それの数倍スケールのでかい女性政治家であった。国民投票直後、サッチャーさんを思い出していたら、出た!!英国のTVでもそれが早速採りあげられた!!

ここでマーガレット・サッチャー首相の偉大さが見直されています。私はマーガレット・サッチャーさんが首相退任後、日本の宇都宮グランドホテルで2泊3日本商工会議所女性経営者会議(2000人余)を開催した時座長を勤められた時、随行し同じ階の部屋に泊めていただいた。通常世界中でサッチャーさんの宿泊階にはセキュリテーの問題上で、他客は泊まれない契約になっていたが、私だけ例外にして戴いたのです。階にはSP達が配置されていたのでした。実は私はマーガレット・サッチャーさんとは、たまたま公私で関係がありました。先ず私がメイド・イン・ジャパンのニッサン製ウオータージェット・ルーム織機を納入したヨークシャー州の織物工場見学に来られた時に現場にいた私が世界各国で創立した丸紅テクマテックス会社の英国人技師が握手で激励されていました。

ただしその頃はまだサッチャーさんは普通の一般保守党議員であって,やがてその数年後に首相になるとは誰も思っていませんでした。何故わざわざ田舎のメイド・イン・ジャパンの

繊維機械が稼働し始めてる工場見学に来たのかなと当時首を傾げました。その工場はニッサン自動車繊維機械部が製造した織機で英国空軍のパラシュート用の布を織っていました。

この同じ機械で織ったナイロン布はウエールスの工場でコーテイングして熱気球を作り、バージン航空バージン鉄道のリチャード・ブランソン会長が又若い頃ですが、種子島から太平洋上空を越えて米国へ、又英国から大西洋上空を越えて米国へ飛ぶ冒険を成功させたのです。

当時ニッサン繊維機械部(実はその前はプリンス自動車で合併した)は、後にカルロス・ゴーン氏がニッサン自動車社々長に就任後、トヨタグループの発祥母体会社豊田自動織機に日産自動車繊維器械部門は売却したので、今度トヨタブループに入ったのです。

このヨークシャー州の田舎織物工場を見学に訪れて我が社丸紅テクマテクス社の英国人技術者トムに質問し話しかけた一介の保守党議員が、やがて首相になったと聞いて驚きました。

英国の歴史始って以来の初の女首相が誕生した時には英国一般国民は余り期待をかけていなかったといえる.私の部下の年配の保守的な英国人マネージャー達は、女首相もごときに何ができるのか?どうせ長続きしないだろうと冷ややかな態度だったのを記憶しています。サッチャー首相も、そういう回りの空気は十二分に感じていたらしい。

そこで女首相は男に負けまいと構えて表面はわざと強がりを見せる態度をとってるかに見える部分もあった。しかしそういう面もあったのだが、一見頑固そうに見え、

一見サッチャー節のあの独特な口調での演説スタイルが板についてくると周囲が耳傾けて惹きこまれるようになっていった。あのアクセント、あの抑揚、あの転結、あの抗し難い聴かせる雰囲気、昂揚するクレッシェンドの声調、も一度生で聴いてみたい気がする。戦時中のウインストン・チャーチル首相とは対照的である。後者あの激戦時代にも一見淡々とした口調の中でも余り激することなさそうでいて強い意志を表現する英国紳士らしい演説スタイルであった。同時代のもっと対称的だったのはナチス党のアドルフ・ヒットラーであった。彼はもともと画家を目指したアーテイストであった。第一次大戦では一兵卒の兵士で怪我もした。たしか母方の祖母はユダヤ系であったと聞いている。彼の演説スタイルは煽動熱狂型で熱狂タンジェント急騰型で ポルトガルのファドースタイルで、最後陶酔的ナルシストタイプ。

彼の好きなニュールンベルグの指輪の演奏舞台に立ってる指揮者みたいだった気がする。サッチャーさんはスコットランドのお茶(スコッチ・ウイスキー)大好きの,男顔負けの

愛飲党主でもあった。男に負けまいという気もあったが、もともとアルコールに向くDNAがあったらしい。ある地方の時にと気に新種のスコッチ・ウイスキーの醸造元がプレゼントしたボトルに対してそのメーカーの送主宛に書いた礼状を私が見たことがある。首相官邸の立派なロゴ入りレターヘッドにタイプされてサインしてあった。

サッチャー首相は私の友人のロンドンのユキ(本名 鳥丸軍雪)と言われるファッション・デザイナーの作品を徹底的に御贔屓にしていた。イブニングドレス、旅行カバン、ハンドバッグなんでもかんでも愛用されていた。 早朝4時位のまだ戸外は暗い頃SP二人連れて首相官邸からユキさんの家に来て一時間たっぷり仮縫いを行い、事務所に寄ってから国会にでるという事をされてた。そこで私は幼い娘のために、サッチャーさんのサイン入りの白黒写真をユキさん通じて戴いた事がある。

私もユキさんのファッションショーのスポンサーもした事もある。ロンドンのハロッズ・デパートからほど遠くない名門ドーチェスターホテルとか立派なパリのパビリオン・ガブリエガブリエルとかである。 後者の時は。当時パリに在住されていたデビ・スカルノ夫人もおみえになっていたし、デザイナーの鳥居ユキさんも立派な和服姿でお見えになったいて、私はちょっと御挨拶をしたとホールの外で御会いしたこともある。サッチャー首相は、超多忙で昼間は仮縫い時間がないので、早朝ユキさん個人宅に仮縫いに来る奇策さでした。そして表にはSPがいつも二人立っている。SPといえばサッチャー首相が退官sれていご、日本の宇都宮市グランドホテルで日本商工会議所夫人経営者の部の二泊三日のセミナー(座長マーガレット・サッチャー元首相)が開催された時、2000人の婦人経営者メンバーが参加された。

通常サッチャーさんが泊まるホテルのその階は、セキュリテイー上の問題で、他客は泊めない上演になっている。これは世界中どこでも同じ条件です。

しかし私は英国から飛んでいったので,例外として同じ階に泊めて戴いたのです。その階にはやはり日本人のSPが二人夜っぴてたっていました。ご苦労様と思いました。

私が泊まった部屋から窓外を眺めたら立派な松の樹木が、まるで盆栽がおおきくなったように見えていました。部屋係の方にお聞きしたら昨晩までこの御へにいたのはお泊まりになられていたのは浩宮皇太子殿下と雅子様ですと聞かされて恐縮しました。

サッチャー書証は日本を度々訪問されて、ニッサン、トヨタ、パナソニックなどなどの日本メーカーの工場を訪問されて、英国への工場進出を呼びかけました。

そのため建設資金の約50%近い返済不要の助成基金を日本メーカーに与えてくれました。それで英国の産業構造とか労働組合制度、社会的陋習を一変させる革命を起こしました、

それに英国に日系工場を熱心に招聘した事が効を奏したのでです。特に幕末から明治大正時代にかけて、マンチェスター発祥の世界産業革命を忠実に継承し進化させた日本国の

日系工場を優先して英国に招聘して引っ張って来たのがマーガレット・サッチャー首相でした。これは私は〖ペリーの黒船日本開国来航〗対してその逆版として〖ニッポン丸英国恩顧返礼寄港〗と称しています。そして日本は英国発世界産業革命を忠実に継承し進化させて、戦後アジヤその他の地域へ伝播させる役目を果たしたのです、それが〖富岡製糸工場〗そして〖日本版産業革命世界遺産〗としてユネスコに公認されました.そして私は地域英国工業開発教会のPRビデオの中に海外特に日本工業誘致運動促進のための調査団代表の役で出演を依頼され、地図をもってヘリコプターから降りて地域の意見を聴く役で出演しました。

そのビデオは世界に送られましたが、特に日本にも送られ日本製造工業界の英国工場建設地視察調査団訪英時には、私は講演講師を勤めました。

最後にもうひとつ日本人はいっぱひとからげで英国といってますが、北部から実はスコットランド王国、イングランド王国、横の島のアイルランド王国、南のウエールス王国の4つの王国があって連立してるのです。それぞれに議会があります。サッカー・ラグビーの国際大会にはこの4国のそれぞれの王国から代表チームが出て来ます。日本人の中で4国の歴史的区別につき正確な知識を有する人は10%以下でしょう。

外務省の国別呼称には英国って国名はないし,イングランドもないので、連合王国となっています。これがまたややこしい。

スコットランド王国は英連合王国から離脱するか、残留かの庫民投票を行なったばかりです。そしてかろうじて2%位の僅差で残留に決まりました。

ところが今回のEU離脱か、残留かでは、スコットランド王国内としては残留派が勝利してます。となると又スコットランド王国としては、イングランド王国から独立してEU加盟に向かうのではないかの分裂問題が生じてます。じゃ先回のスコットランド御異国の英連合王国の国民投票は一体何であったのか? また振り出しに戻ってしまったのではないか?という事になります。日本人には理解しがたい歴史的変遷があるのです。

アイルランド島がまたややこしい。この島は元々別王国、;イングランド国の属領となったが独立運動がおきて、島の南側がカソリック教徒国としてアイルランド共和国として独立したのです。島の北側は北アイルランドと言って、プロテスタント教徒7割、カソリック教徒3割でここはアイルランド共和国には所属せず、イングランド王国領となって居ます。一昔前はここはカソリックとプロテスタントの紛争地でテロ爆破事件が頻発していて、カソリック系IRA予備軍の事件に私も悩ませられました。マンチェスター・ユナイテッドのサッカー場の近くに丸紅テクマテックス社繊維機械ショールームを開設していたのですが、そのショールームの煉瓦の壁一枚の隣のトラック運送会社の倉庫に昨日北アイルランドから届いたばかりの荷物の中に時限爆弾が入ってる疑いがあるとして『貴方のオフィスの建物から直ちに外へ出て批難するように』という電話が警察からかかってきました。

そこで全社員に通告し全員を建物から外へ出るように指示しました。 そして建物からかなり離れた場所に立って皆で事務所の二階建ての工業団地のビルを凝視していました。そして自分がタイプライターを抱えてる事に気がつきました。警察の通知を受けた時、それまでタイプライターで書簡を打っていたので咄嗟に無意識のうちに、目前のタイプライターだけ両腕で抱えこみながら、秘書や社員に『爆弾が破裂する!!全員、即座に屋外へ出ろ!!!』と大声で叫んでいたのでした。ポリスもパトカーでやってきましたもそして3時間くらい経過しても、なんの爆発も起きないので、おそるおそる事務所のビルの中へ戻りました。これは誤報なのか、偽情報なのかわかりませんでした。 結局その日はなにも起きなかったのですが、2日後,マンチェスター市内のデパートの地下の食品売り場で時限爆弾が破裂して死傷者が出ました。

そのデパートから余り遠くない市中繁華街の通りが爆破されてから長く閉鎖されてしまい、復旧され再開されたのは一年後でした。

同じ爆破事件は、ロンドンやバーミンガムなどでも起きてました。

北アイルランドには、警察官ではもう足りず軍隊が常時駐留するようになりました。この北アイルランド・テロリスト団は、少数派のカソリック教徒軍団で、自分等は正義の味方だと思い込んでいますから、犯罪意識がまったくありません。

武器の供給元やスポンサーは米国のアイルランド系移民達(当然カトリック教徒)でしたので、余計にややこしかったのです。

パターンで決めつける事が好きな日本の評論家達を含めて日本人にまだ理解されてない点が有り過ぎます。

日本ではカメロン首相が国民投票なんかやらなければ良かったのにやってしまって無能だという評論家もいるようですが、しかしカメロン首相は政権につく前、EUの残留脱退の可否を国民投票で問うと公約していたから、これやらなければ公約違反になっていたところです。英国の首相には国会解散権はない。更に比例制なんてない。小選挙区制しかありません。

私はネット・エッセイでヨーロッパ人ていう単一人種は無い。ヨーロッパは混合雑種民族であるという事を言い続けてきました。

更に英国はかつて植民地を世界中に有していたので、その意味ではもともと植民地からの移民が多い上に、ヨーロッパ大陸EU移民と難民が入って来てる。非英国人が増えつつ有るのが現状です。それは名前を見ると出自と先祖が分かり易いのです。

そして前のロンドン市長ボリス・ジョンソンはスコットランド人と思われるが、しかしボリスは北欧かスラブ系に聴こえる。

今度のロンドン市長は、歴史上初めてイスラム教徒がなった。

それに比べると日本国は名前が一般人は分かるようで分かりにくい。苗字帯刀を許されるというように、昔は一般平民には苗字がなかったが、明治維新以後平民も苗字が持てるようになったのですが、日本はなりすまし天国みたいです。

ところが、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒はバイブルやコーランが基になって、系統が読み易い。

英国に1966年以来永く住んで人名から原英国人、欧州系英国人、旧植民地系英国人、旧植民地外英国人,以上は原英国人と英国籍帰化人ですが、それ以外に帰化をしない外国人がいます。欧州系EU内外国人(駐在、出稼ぎ外国人)、欧州系非EU外国人、旧英植民地系外国人、旧英植民地系外外国人(日本人駐在員などはこの範疇)、合法難民、非合法難民、不法入国外国人、観光ビザ外国人(MAX.6ヶ月),学生ビザ外国人という訳です。私が商社時代ビジネスを通じ人名からその相手の御先祖や出自とルーツを判断する癖がついてしまった。

最初はただ好奇心からであったのです。ところが意外にその好奇心が人間家系で役に立つ事があった。こちらが、その御先祖の出自を名前から判断し当てると欧州混合雑種民族は意外に喜ぶのです。まして極東の孤島国ジャパンから来てる人間がそれを言うと、意外性の驚きを示しながら頬が緩んで来て、先祖の話を始めるのです。これは米国のサウスキャロライナ、ノースキャロライナに居た時にも経験した。たとえばゴルフ場内の床屋で散髪してるときに、客が集まって、私が英国から来てると分かると、自分の父方か母方の先祖が英国のどこの村から、何処の町から移民して来たかという事を盛んに得意げに皆の前で話し出すので

した。多分米国やブラジルやペルー等にいる日系移民の末裔の方々も同じ傾向にあると思います。欧州圏内混合雑種民族の場合、紀元前からの永い歴史を経て民族の移動や、戦闘の歴史が繰り返されて、複雑に混じり合った血統とDNAのルーツを知る事は誰しもの関心事である。欧州は多人種混合混血雑種民族地区です。

その象徴的例をいうと旧ユーゴスラビヤで、共産圏に入っていた頃英国の代表的バレリーナ・マーゴット・フォンテーンの、恋人だったチトー大統領ってのがいたが、鉄のカーテンが溶解してから、内戦で7つの国に分裂してしまった。

欧州混合民族にとって先祖の出自がいかに大切かは、時には単なる好奇心的アイデンテイテイーではなく、生命の危険と安全が背中合わせになってきた歴史があり、これが極東の四海八方海洋孤島国民には歴史的実体感がないので、理解を越え過ぎてるのです。欧州や中近東では戦争と内乱では、出自が生死の境目になるのです。

日本にはあるが、欧州には戸籍謄本とか抄本制度がない。

代わりに先祖の出自を求めるには欧州ではキリスト教の教会に御先祖のルーツの記録が残されている場合が多い。私の英国人と結婚していた末妹の旦那の場合も、教会から先祖のルーツを辿って、少なくも父方はアイルランド系英国人であることを突き止めて

いた。

今米国西海岸に住む英国育ちの私の上の娘の旦那は米国人で、その先祖は英国からの移民だが、ハンガリー・ルーマニヤ、ポーランド、チェコ、ウクライナの血が混じっていて、孫娘はそれに日本人のDNAも加わってるから、私も頭が混乱する。

この孫娘の顔を眺めていると、血統的には何人なのだろうか?と不思議な混合芸術品?に見えて来るのです。

欧州混合混血雑種民族圏では、いかに自分のルーツ つまり先祖のルーツ画どこにあるかは、最大の関心事になるのは当然の事です。国境陸続大陸国家とは隔離された四海八方孤島国家では、単純に単一民族国家だろうという漠然とした意識概念のまま育ってきた。しかし欧州大陸はまったく異なるのです。

欧州も中近東も紀元前から戦争の歴史のデパートであって国境線は絶えず変わってきた。マケドニヤのアレクサンダー大王はインド迄遠征してきたし,以来ローマ帝国も領土拡大に邁進、ジンギスカンもナポレオンもヒットラーもスターリンも大陸土上で領土拡大に邁進して来たわけです。しかし陸路以外,海路からの領土拡大を目指したのは、ポルトガル・スペイン・大英帝国でした。

さて英国のEU脱退に関して,大英帝国の復活を夢見る英国民がという日本の評論家がいるのは見当違いです。

しかし混合民族国家の自分のルーツやアイデンテイテイーを求めるのはDNAを継承している人間の本能的欲望です。

その観点から今一度EUを見直して見る必要があります。私は1966年から英国に住んで、欧州米国を駆け回ってきて、いつもこの多人種多民族混合混血雑種民族のアイデンテイテイーは一体どこにあるのかしらと、自分の中で疑問と好奇心が渦巻いていました。メンデルの法則によると、世代を経るとまた元の純粋種に戻る事も有るとしても、エンドウ豆のような植物と動物は混血すると双方の血が混じって段々中間色になっていくとも、理科の先生に習った事がある。