ユーモアクラブより転載。

北広次郎エッセイ集 ミスターヨーロッパだより

第25号

 『マンチェスター英北西東部で日本クラブ誕生・パレスシアターそして シャルトッテ・ロスチャイルド・コンサートへの道程』

 私が創設した英北西東部日本クラブは、上記の英国オリンピック招致委員会スコット会長が持つ、大劇場のひとつがパレスシアターで、ここの改装こけら落としの式典にはチャールス皇太子、ダイアナ妃が来て行いました。

 演劇、バレー、コンサート、世界中からのスターたちが公演にやってきます。

 その大劇場と同じブロックの地下に日本クラブがあったので、終演後気楽に大スターたちが、入り込んできました。

 ステージでもらった大きな花束をそのまま抱えてきて、置いてゆくスターもいました。又スター達のプライベートな誕生パーテーがそこで行われたリしました。

 私はそのころのアルバムを持ってますが、実におおくの人々がやってきたことがわかり、それらの人々がアルバムに残していったサインや落書きや、マンガやどれも懐かしいものばかりです。

 オリンピック招致委員会スコット会長は、もう一つ更に大きいオペラハウスという大劇場を別な処にもっていましたが、私が1966年丸紅時代、機械販売の事務所を構えたのが、オペラハウスと隣接するサンライトハウス5階で 地下道はこの二つののビルはいつでも自由に往来できるようになっていました。

 そんな関係でスコット会長が長野オリンピックに結びついたのです。そして来年2011年のロンドンオリンピックです。

 私が英国庭園万博のNHKの現地エイジェントに指名されました。

 万博期間中の8月の日本週間の大イベント行事。そして和太鼓、楽団と和服での大舞踊団と音楽のショーをNHKが開催する会期前の準備を、私が請負い行ったのです。

 その時のマンチェスター市パレスシアターやオペラハウス大劇場主がMR SCOTTで等もあって掛け合いました。

 このスコット会長が、何と英国生け花岩石オブジェ装飾花を担当した池之坊専永宗匠や大舞踏団の和服をデザイン制作担当した着物の鈴屋チェーンの小泉京子社長やら、後に世界的米人画伯サム・フランシスと結婚したマーガレット・スミス・フランシス。日本全国から朝日新聞とNHKが公募した4000人から10名選抜したミス着物大使の一部が、私の家のさほど広くもない裏庭で開いたバーベキュー・パーテイーに来てくださいました。

 当初はマンチェスターもオリンピック候補の一つにもなっていました。中層画家SAM FRANCISの絵は、日本では出光美術館や草月会館が持っています。その作品は色の魔術師とでもいうか、色使いの天才です。

 YAHOOかGOOGLEに、北 広次郎 と打ち込んで「ミスターヨーロッパだより」を覗いてみてください。サムフランシスが末期癌で亡くなる二ヶ月前に、ロスのサンタモニカ海岸の元チャーリー・チャップリンのリゾート別荘だった屋敷に、お見舞いに行った時に、私が彼のアトリエをくまなくビデオで撮影した時の、カメラ写真が掲載されています。

 奥さんのマーガレット・スミス・フランシス画伯の絵も応接間にあったのを撮影してます。この二人作風が全く違います。

 

 彼女が日本にいた時、山梨県の清里のうちの別荘で描いた富士山と空と雲の作品は、木曽楢川村平沢の私の高校同級生の老舗城取漆工芸が所蔵しています。

 その娘さんの城取美保さんが英国KENT大学科へ留学して、大学院まで進学卒業して、いまスイス・ジュネーブの国連に勤務してもう20年近くになります。美保さんは高校時代から、留学を強く希望していましたが、名古屋錦城女子大へ入学したが、休学して、私を頼って英国へきたので、最初の1年コースはマンチェスター工科大学(UMIST)の英語訓練コースに入学させました。

 そして英国ケント大学に転学し、親は大学卒業後帰国するとばかり思っていたら、こんどは本人は大学院に進みたいと言い出したのです。結局大学院を出て国連に就職したのです。

 ところが世の中狭いもので、美保さんの後で、同じ英国ケント大学大学院を出たもう一人の横浜生まれの

七歳からガールスカウトにはいっていた女性がいました。それが岡智子さんで、世界のあちこちで国連活動してきました。特に中南米。

 その岡智子さんが、2011年9月14日の、私が粕谷泰央(自民党最高顧問粕谷茂氏嫡男)さん、近衛忠大(ただひろ)(日本赤十字社社長近衛家嫡男)さん、と開催する学習院大学、10大学合同東北福島支援シャルロッテ・ロスチャイルド音楽文化親善特使チャリティー・コンサートの公演と講演のしんがりをつとめる特別講師が、国連職員・日本ガールスカウト連盟岡智子副会長さんです。

 上述の城取美保さんも岡智子さんも英国ケント大学大学院出身です。

 友人が買い取って持っていて、いま木曽の老舗城取漆工芸が私の同級生の友人が買い取って、日本人でケント大学大学院出たのはこの二人だけで、しかも二人は偶然の一致です。おまけに勤務先も国連。城取美保さんも米国にいる私の娘の親友です。美保ちゃんも 次回ジュネーブから、コンサートに来てくれるといいのですが。

 ケント大学というのは エリザベス二世女王の従兄のケント公が領主貴族で、ケント州にある名門大学です。ついでに言うと、ロンドンのウインブルドンと言えば、何を思い浮かべますか?そうです、テニスです。

 

 ウインブルドン・テニス大会で優勝者にトロフィーを与える背の高い貴婦人がしばしばTV で観られましたが、これがケント公妃ですが、この方がマーガレット・サッチャー首相と並んで、ファッション・デザイナー・ロンドンのユキの大ファンでした。

 ロンドンのユキは、鹿児島出身のファッションデザイナー鳥丸軍雪氏のことで、私の家族ぐるみの旧友で、私が丸紅テクマテックス社長時代、丸紅テクマテックス社が欧米市場等に販売して来たトヨタグループ本家の豊田自動織機製作所製の紡績機械、村田機械製作所製紡績ワインダー、ニッサン自動車繊維機械部(今はゴーンさんのアレンジで豊田に合併)製ウオーター・ジェット織機・津田駒工業性サイジング機、大阪機工製毛紡機等の繊維機械により生産された繊維製品織布素材を多く提供するスポンサーになって、ロンドンやパリ(パビリオン・ガブリエルパレス)その他都市で大ァッションショーを開催してきました。

 パリのファッションショーの時には、デビ夫人、着物姿でファッションザイナー鳥居ユキさんなどもこられていました。