ユーモアクラブより転載。

北広次郎エッセイ集 ミスターヨーロッパだより

第22号

 『英国万国庭園博覧会と日本つくば科学技術万博、日系企業の英国工場建設ブームの関係』

 それは、当時日本国政府が英国リバプールでの『万国庭園博覧会』(GARDEN EXPO)に参加し、日本庭園建設を決定した事で、私は現地でこのプロジェクトに関係しました。

 

 庭園万博の翌年が『つくば科学技術万博」でしたので、日本も国家の威信をかけて二年がかりで日本庭園の建設を行いました。

 日本政府は英国リバプールでの万国庭園博覧会(GARDEN EXPO)を翌年日本で開催するつくば科学技術世界万博のPRE-IVENTと銘打って、つくば万博のPRをかねて特に力点を置いていたと伺ってました。

隣には中国が中国庭園を建設中でした。

 エリザベス女王が開会式典のテープカットを行いました。日本庭園建設には当時の建設省が箱根庭園の延べ200人の庭師が入れ代わり派遣されました。その海辺の土地はで泥沼のようなところで、歩くには常に長靴でないと駄目でした。日本庭園建設中2年間の庭師のお世話を、公私にわたり私がしてきました。

さて、英国庭園万博の日本週間に、全国4千人公募から選ばれタミス着物大使10名を引率してきたのが、この後サム・フランシスと結婚した上記マーガレット・スミス画伯でした。

 これも大の日本びいきそのものです。マーガレット・フランシスについては、北 広次郎のインターネット・エッセイ集  『ミスタター・ヨーロッパだより』を参照してください。

 ロスアンゼルスのサンタモニカ海岸のアトリエ屋敷は、昔はチャーリー・チャップリンの家でした。そこにサムとマーガレットは住んで、別別のアトリエもって絵を描いていました。

  晩年サムが癌で苦しんでる時に見舞いに行き、撮影した写真が 『ミスタター・ヨーロッパだより』の中にあります。

 その後サムが亡くなってから、ハリウッドのビバリーヒルズの『サム・フランシス大遺作展』を訪れて私が展覧会場で全作品をビデオ撮影しましたが、素晴らしいものでした。

 マーガレットは日本で結婚前『英国の生活』とかいうNHKラジオ番組にレギュラーで出演していて、たまたま北京から東京へ立ち寄った時、マーガレット・サッチャー首相をインタビューしました。

 そのミス着物大使に選ばれた一人が田口恵美子さんでした。

 恵美子さんは、日本女子大生時代、毎夏リバプールのマーガレット・スミス・フランシスの実家やその親戚の家にホームステイに来ていました。そしていま米国シアトルに住む私の長女と同年で、親友関係になっています。

 恵美子さんは、その後ボストンハーバードに留学し、帰国してTV局に入りました。ニュースキャスターアシスタントになっていましたが、ウインブルドン・テニス8位まで行ったテレビ朝日『報道ステーション』で月曜のスポーツの顔として新天地でさらなる挑戦を続けていて、他にも11代目くいしん坊として『くいしん坊ばんざい』に出ている松岡修造氏と結婚しました。

 松岡修造・恵美子夫妻は、男の子と女の子の二人のお子様連れてシアトルの娘の家にバカンスで来ましたが、その後又三人目の子宝に恵まれたようです。

 まだ女子大生で、私の家に来てた頃が思い出されなすが、まだアナウンサーやってた頃、私が東京で元伊藤忠の友人と青山学園の前を昼間暑い太陽の下で人込みの中を歩いてたら、突然『アラー、おじさまー』って大声が、どこか脇の方から聞こえた気がしました。 呼ばれてるのは私ではないのではないかと思いましたが、どこか私の耳には聴きなれてるような声に聞こえたので、とっさに左右後ろを振り向きましたら。そこに笑顔の恵美子さんが立っていました。

 

 稀に日本に帰った時に、広い東京で、こんな所でこんな遭遇をするとは、やはり昔から御縁があるんだなあと思いました。