開催趣旨

市と市民とのパートナーシップで開催する農業文化園公開講座

農業文化園公開講座運営委員会


 公開講座の目的

 市民と農業のふれあい施設として農業文化園では、こどもたちに農業体験を伝える講座を開催と展示をおこなっているが、館内の活動だけでは量的質的に限りがある。そこで、広く市民に呼びかけ農業体験の必要性とその具体的効果を示すために、それに賛同する市民が各地域で具現化している手法、ノウハウを伝えあえる公開講座が効果的である。


 公開講座の特徴

 先行事例に学ぶということは、具体的な参考になるという長所がある反面、普遍性に乏しいと思われがちである。しかし、昨年度の公開講座を通じて、多数の事例を一気にみることにより、マニュアル化が困難なノウハウが、それぞれの参加者の中で全体的に把握され、その後の活動をとおして自然に定着していくことが可能であることが確かめられた。

 昨年は、学校現場の事例を多数とりあげたが、最後の総括で語られたのは、学校がまちづくりの主体になるのではではなく、家庭と地域が主体性を取り戻し、一人一人が地域の市民として、主体的に地域と学校と連携させて、こどもたちの食べもの・農業・健康・自然環境についての原体験の機会をつくりあげていってほしいということだった。

昨年度に提案したパートナーシップによる実体験の提案をさらに進め、今年度はこの方法を継承しつつ、各事例の良い点をみんなで見つけ合い、ノウハウをお互いに確認するグループディスカッションを充実させる。


 公開講座の成果

 こどもたちの現状をなんとなく不安に感じつつも孤立し動き出せない親に対して具体的な行動指針を示す。また日頃、市民社会とのかかわりが薄いといわれる教員や学校にとっては、市民社会の視点で開催される公開講座は、型にはまった教育的な研修とは違った意味で貴重である。

 地域の面では、なごや新世紀計画で示された市民とのパートナーシップにより各区で市民との特色ある協働事業が具体化されつつある。紹介された活動は、そのまま手本となる場合もあれば、手法やノウハウを共有できる場合もある。これらの実績はまちづくり推進部や、行政と協力してまちづくりに乗り出そうとしている市民に有効に活用されうる。

その結果、体験を通して学んでいくこどもたちと、こどもたちと関わることで学んでいく大人たちによって、大地に根をはる樹木のようにおだやかに、自律的な人が育ち、雑木林のように多彩なひとたちの関係性がしっかりと育っていく。そのゆるやかな過程と、きらめく原体験活動を名古屋型まちづくりの原動力にしよう。

これらが一体となり、こどもたちが食べもの・農業・健康・自然環境についての原体験を積み重ね、こどもたち自身が生きていくための知恵と勇気を学びとり、育っていけることを願っている。




 わたしが見た「公開講座2001」関わった人たちの感想文から

市民活動の時代的変容が顕在化した一日

三矢 勝司  千葉まちづくりサポートセンター

(市民運営委員・当日井戸端コーディネーター)


 8月19日(日)。朝10時から夕方5時まで続いた「名古屋市農業文化園市民公開講座―事例に学ぶ、家庭・学校・地域のパートナーシップ―」は、60名そこそこの参加者ながら、緊張感も切れずに濃密かつ贅沢なフォーラムとなった。

昨年の公開講座以降、市民の手作りで進められてきたこの企画は、僕もちょくちょく企画会議にお邪魔しつつ、終盤のグループ討議(井戸端会議)を任され遂行した身としては、終わってほっとした反面、振り返って考えても、すごい内容だったと痛感する。


画期的事例のオンパレード

僕の不勉強のせいか、今回の事例発表は、信じられない程柔軟な発想や手法を駆使して、「結果を出している」ことが報告され、状況の成熟振りを感じた。愛知県各地に広がる各事例のトピックスを自分なりに紹介すれば、以下のようになる。

福田小学校や大曽根中学校では、地域の人たちに田植えや、仕事について学ばせてもらったお礼に、地域の方々を踊りや食べ物などでおもてなしする関係づくりが紹介された。地域の人からもらいっぱなしではない、お返しをする気持ちいい関係があった。

リリオの会(尾張地域)の今枝さんからは、どこか人の心をくすぐるキーワードが噴出し、「濡れ落ち葉のお父さんを、堆肥にする(気持ちや能力のあるお父さんが地域活動に引っ張り出すこと)」は圧巻であった。しかも、会費や会則の無い、実態としての組織性が不確定な枠組みが、圧倒的に柔軟にネットワークを広げながら、環境問題から派生して、子育て支援や防災対策にまで触手を伸ばしている現実に驚く。

大口自然塾では、「設計図を引かずに、市民参加で公園作り」や「5年の期限付きで借りている土地で楽しい活動を続けていたら、地域の人たちから“自分の土地や畑も使って欲しい”という名乗りがあがり始めた」など、先行する成功事例のもつ力の大きさを物語っていた。

春日井少年自然の家では、「イナゴを食べる」経験を通じて、日々自分たちが食べる牛肉や豚肉が、誰かに殺してもらっているものであることを体感させているという。「虫なんて食べられない」という緊張感と「食べてみたらおいしかった」という味覚による衝撃は、きっと子どもたちの心に残るに違いない。

名古屋市緑区鳴海町の猩々の会(商工会と婦人会がベース)は、良い意味で行政や学校の仲間たちに「目をつむってもらう」だけの信頼関係を構築し、ギネスブックに載る長さの絞り染め作品を市民参加で完成させた。

日進市の参加型福祉施設づくりでは、働き虫の父親が寝る時間を削りながら施設設計の会合に出る中で、地域の人々とのコミュニケーションや信頼関係づくりを実感し、マイホームパパならぬ「マイタウンパパ」に目覚めるという、ありたい方向性が提示された。

長野県の“あったかとお”は、若きスタッフが地域の大人たちに知恵や協力をもらいながら、しかも企画の重要な部分を任されながら、地域と都市の子どもや大人に向けたプログラムを遂行して行くしなやかさを見事に表現していた。


時代的可能性を使いこなす

便利な近代科学の技術そのもの(ハード)の活用と共に、その仕組みを地域社会(行政や学校を含む)のソフトウェアとして使いこなすとき、市民活動の新しい戦略となる可能性が、多種多様な事例から実証されたことが、僕なりの驚きと発見であった。

最近は、インターネットを通じて、電子メールが毎日飛び交う。夜遅くまで働いた日は、コンビニに行って食料を買うことも多い。こんな時代を反映してか、今回の地域・学校・家庭のパートナーシップ事例の奥底に「インターネットのようなネットワーク展開」や「コンビニのような戦略性」が見えた。

もちろん、インターネットへの過信はデジタル・デバイド(電子メディアを利用していない人が、情報弱者になる状態)という問題を引き起こすし、コンビニの便利さに依存した生活をすれば健康状態も危ういのを反省的に受け止めながら。

それは、多様に存在する「キーパーソン」という「プロバイダ」と契約(約束)を結んでから、(行政や学校、市民グループの)お互いのネットワークが相互に乗り入れ可能となり、些細な一言が全体への情報発信を可能にし、受信や応答が生まれうる状況。

また、働くお母さんやお父さんが仕事を終わってから、参加(関与)する場を設ける、会合の設定やインターネットの活用(電子掲示板やメーリングリスト)のこと。

とある参加者は「500人規模をまかなえる市場戦略が、コンビニの基本」と教えてくれたが、顔の見える程度の500人の住民が持つ能力や情報や資金をマネジメント出来る枠組みをつくることは、確かに分かりやすい指標かもしれない。

こんなコンビニ型市民グループが地域にたくさんあって、ネットワークで地域にリズムを生み出すとき、地域のあらゆるバリヤーが解き放たれた、真のパートナーシップ型社会が到来するに違いない。


何をめざしておこなうんや

森岡 三裕紀

(市民運営委員・当日タイムキーパーおよび井戸掘り案内人)


「そろそろ終わりにしてください」

タイムキーパーである私にとって、このボードを掲げることが、今回はとても辛かった。それほど「伝えたい」という発表者の皆さんの思いと、もっと聞きたいという私の思いが感情を通して押し寄せ、時間厳守という理性は、私の体の中であっぷあっぷであった。

参加者の皆さんも、事例発表の中から良い「宝物」を拾って帰られたのではないかと思っている。

ただ、もう少し参加者を増やす手だてはあったのでは。企画の立場で反省し、来年につないでいきたいと思う。


テーマ設定について

 次回は、サブテーマを次回の講座内容にそくした、もっとメッセージ性の強い明解な表現にしたい。

延藤先生の書かれた本に「何をめざして生きるんや」がある。実にストレートで分かり易いテーマである。公開講座のチラシを手に取った人がテーマに興味をもち、裏面の事例内容まで目を通してくれるものにしなければいけない。

「体験を通して学ぶ子どもたち 子どもと関わることで学ぶ大人たち」 子どもは体験を通して生きる力を学ぶ。では大人は子どもと関わることで何を学ぶのか。それをここで議論するつもりはないが、要は、このサブテーマは今年の講座の主旨の一部ではあってもすべてを表す言葉ではないということである。にもかかわらず安易に使用してしまった。ここに講座内容との乖離が生まれてしまったように思う。

事例発表者のプロフィールと簡単な活動内容をもっとアピールすることにより、また、自分たちの公開講座をおこなう意義、メッセージとしてのサブテーマを明解に掲げることにより、手に取った人が、「何か得るものがありそうだな」「面白そうだな」と思えるチラシづくりをしたい。

 

手法について

事例に学ぶ。この大切さは、現場をもっている人は皆実感していると思うし、これからもこの公開講座の手法は「事例に学ぶ」であってほしいと思う。しかし、理念が曖昧なままに手法の議論に走ってしまうのは、とても危険であることを、今回改めて感じた。

 議論の焦点化は、今後の課題として残る問題である。想像で議論しても全く建設的ではないが、今後の方向性を決める1テーマになると思う。「誰に」参加を促すかである。

最近の講座の傾向として、方法論への過剰な期待や依存が起こっているように思う。同じような参加型の活動が紹介されるだけで終わり、それぞれ取り組んでいる個々の具体的な「課題」が参加者には見えてこず、よってつぎのグループトーキングにそれが反映されないことがある。

ワイワイがやがやの中から、新たな発想とパートナーシップを生み出す。その議論の難易さを想定し、興味は持っても参加を躊躇してしまう人もいたのではないだろうか。

発表者の「課題」をもとに井戸端会議をおこなう方が、発表者には井戸端会議における存在意義を感じてもらえるであろう。しかし、参加者の思いはどうなんだろう。何かを得たくて参加する人にとっては、チラシに水脈を設定した方が参加しやすいだろう。

 

なにをめざしておこなうんや

「参加型講座の方法論は、立場を越えて対等な人間関係を築き、開かれた議論のできる環境を生み出すという、いわば方法論自体が既存の社会関係を変革するものである」と述べた人がいる。そのことは十分に認めるものの、井戸端会議に意義を感じるのではなく、今後幾度かの井戸端会議を通してみえてくる課題・問題を各自で整理し、どのような社会の実現をめざして活動していくのかということを問い直すことが必要であろう。こうした議論を積み重ねてこそ、講座で扱う「内容」もより明らかになるのではないだろうか。

「一過性のイベントでは文化にはならない」。じっくり腰を据え、三矢さんの言われたように「インターネット」「プロバイダの存在」をキーワードに、発表者ともパートナーシップを築きながら、とにかく回数を重ねていくことが、この講座の進むべき道だと思う。



農業文化園公開講座2001の感想

おおぐち自然塾 江口昌宏

(事例発表者)


1.初めの独り言

 「夢きゃん」の活動を紹介することは何も問題ないけど、名古屋で紹介しても参加者が増える訳でもなく、「夢きゃん」にとって、どんなメリットがあるんだろう。

(活動が始まって1年数ヶ月…活動の内容には満足しているが、「先進事例」などという自覚は全くないため、「公開講座に来た人のためにお話をする」という答はいくら考えても出てこない。)


2.疑心暗鬼

 その後、小牧JCから9月に開催されるイベントへの参加依頼が来る。活動の紹介、他の団体との交流…美味しい(と思っているらしい)言葉を並べられても、熱意が伝わってこない。「紹介させてやる」と顔に書いてある。おいおい、公開講座は大丈夫かな?

(休日の活動に、連夜のホタル狩りが重なり鬼が出る。そう言えばホタル狩りの最中に佐藤さんから電話があった。キツイ対応したような…反省してます。)


3.この人たちは何者?

 農業文化園MLに参加させていただき、活動の雰囲気が少しずつ分かってくる。原さん、森岡さんからいただいた自己紹介への変身(鬼が人に戻った)もとい、「返信」は嬉しかった。でも、この人たちは何者?

(事務連絡用の一時的なMLだったようだが、私たちにとっては面識のない方がほとんどなので、ML参加者の紹介があった方が良かったと思う。また、情報交換の場として利用できるのなら、継続しても良いかも…)


4.どんな原稿作ろうかな

 A4の4枚分なら夢きゃんの瓦版と同じだし、ここんとこ月1回の発行に減らしたんで、これくらいならスイスイ…活動の経緯、内容、自慢話、失敗談…アレレ、どうやったら4枚にまとまるんだろう。

(苦し紛れに写真を小さくしたら、何が写ってるか分かんなくなっちゃいましたね。2回目の反省してます。)


5.夢きゃんの晴れ神話

 公開講座の1週間前、「目指せ!60m流しそうめん」が、野外で活動を始めて2回目、イベントでは初めての雨、それも雷雨になり水浸し…せっかくデジカメ持って出掛けたのに、雨が上がった頃にはすっかり忘れてて、公開講座で使えませんでした。

(みなさんの発表を見せていただき、やっぱり夢きゃん参加者の笑顔をたくさん紹介したかったな…と後悔してました。)


6.当日の感想

(1)大失敗

 集合場所を間違え、スタッフの予定を大幅に狂わせてしまいました。ごめんなさい。3回目は大反省してます。


(2)ひらき座

 とてもパワフルな活動をしているようですね。大口町のまつり創生研究会の活動も元気いっぱい!こういった元気系の活動をどういった方向に展開して行くかのヒントがありました。でも、最近はどこへ行っても和太鼓、笛、鳴子…これで良いのかなぁ~


(3)うんちく鍋

 本当にご苦労さまでした。もっと堂々とやっていただきたかったような…でも、あの謙虚さが好きでした。


(4)事例発表

 まず持ち時間の15分は、さすがに短かったと思います。正直、午後のWSで、これを補うための質疑をWS形式で行うのだと勘違いしていたので、まったく違った形でWSが始まり、困惑してしまいました。何か事例発表をする甲斐がなかった気がします。事例発表がメインなのか、WSへの呼び水なのか、事前に理解しておきたかった。

 タイムキーパーの件は「見てもらえなかった」ではなく、「見なくても分かる」方法を考えるべきでしたね。発表に慣れている人ばかりではないので、「数分前に音で知らせる」方法が一般的ではないでしょうか?

 猩々さんの件に関しては弁解の余地はありません。地元ケーブルテレビを連れてきて時間超過…あれは明らかに確信犯!ルール違反以前の問題です。他の事例発表者に不快を与えた訳ですから、スタッフは反省すべきです。MLに流れた原さんの肯定的?なコメントは必要なかったと思います。選考された理由、スタッフのご苦労が分かったから、誰もイスを投げつけたりしませんでしたよね。ただ、質問の時の追加分は目に余りました。


(5)WS、発表

 事例発表のときに与えられた「水脈探し」の投げ掛けが、私たちの活動を例にあげながら、みなさんの抱える問題解決へつながる…そんな展開を予想していました。そのように進んだグループもあったのかもしれませんが、「公務員の嫌い」な私たちのグループは、夢きゃんの話も、日進の話も、あまり出ませんでした。これなら事例発表しなくてもやれた気がします。ただ、林先生の話が聞けたこと、加藤さんと話が出来たことはラッキーでした。

 今年に入り、住民の方とWSをご一緒する機会が何度もありました。どれも七並べ(夢きゃんではこう呼ぶ)をして、発表へ…いつも同じです。一通りの形は出来ているんですが…私が「委託事業」だったと感じたのはこの点にあります。事例発表、WS、発表…行政の好きなものを並べ、格好を整えた?短い時間なので仕方ないのかもしれませんが、WSの体験講座ではないので、何かお土産が欲しかった。なぜか行政の方が集まってしまい、愚痴ばかり…本当は市民活動をしている人の苦情や体験が聞きたかった。この点では猩々さんが入ると面白かったかな?と思っています。

 みなさんの発表は良かったですね。地元でも感じるんですが、みなさんとても上手く発表をされます。ただ、今回はテーマが抽象的なため、結論も面白いものは出にくかったと思います。あの後、全体会を開いて討議する時間があるとお土産が作れたかも…お土産を探せなかったのは、私だけかもしれませんけどね。

 結局、時間的な問題が多かったと感じます。

 猩々さんの発表が一番心に残ったのなら、全員に同じ時間を与えるべきでした。(この場合、発表者に何らかの「演出」が必要になりますが…)それには事例発表の数を半分にする必要がありますね。

 事例発表とWSのどちらがメインなのかを明確にして欲しかった。上手く事例発表から流れを作れなかった私たちのグループだけの課題だったかもしれませんが、WSで私自身に与えられた役割が何だったのか、質問に答える?アドバイザー?グループのひとり?未だによく分かりません。

 WSも事例発表を柱にした質問、回答、討議という形にするか、事例発表はなくして、WS、発表、全体討議という形の方が、お土産が増えたのかもしれません。ただしこれは当日の参加者の数によりますので、参加者が100人を超えていれば、あの形でも良かったと思いますし、参加者の数がつかめない公開講座の難しさは理解しています。


(6)反省会

 仕事に追われてしまい、時間が経ってしまいました。そろそろ書かないと…と思い、再開したのですが、反省会でどんな話があったのか、すっかり忘れてしまいました。確か「次回は文化園では出来ない」とか…「大口でやったら?」なんて話が出ていたような…


 ここ数日、市民活動に対する役場幹部、議員、教師の理解の無さ、担当窓口の動きの悪さに呆れ、唯一救いだった町長とのNPOに対する考えのズレに戸惑い、市民活動の難しさを痛感しています。…とは言っても、23日は小牧市のイベントで市民活動の紹介を兼ねて、七輪陶芸に挑戦!気の合う仲間と騒いで、気分転換でもしましょうか。また、みなさんとお逢いできることを楽しみにしています。


農業文化園公開講座
「事例に学ぶ家庭・学校・地域のパートナーシップ」に参加して

自然学校ふる里あったかとお 大村 洋一

(事例発表者)


 何故、長野県高遠町のNPO団体が、名古屋の公開講座に参加しているんだろうと思われるかもしれません。今回の事例発表団体でりリオの会のメーリングリストに「公開講座」の事例発表をする団体募集が、2001年2月にあったのが始まりでした。そして一方で、私達はちょうどその頃平行するように、小牧市立大城小学校の野外学習を、高遠町で5月に行うことを進めていました。

 あったかとおという高遠町の地域ボランティア中心のNPO、小牧市の小学校、そしてそれをつなぐ環境NPOリリオの会、このダイナニズムをどこかで伝えたいという思いが、ちょうどマッチしました。ぜひ名古屋でこの活動を伝えたいという思いから、参加させていただくことになりました。

この活動は人から人へと長いくさりをつないだ結果、実現しました。そのつながりの一人一人誰が欠けても、実現しなかったことでしょう。そんな様子をうまく伝えることができたでしょうか。

 小さな地域では、活動する人達は限られています。所属団体や活動母体が変わっても、その構成員の面々がほとんど同じということもよくあります。そういった意味では地方の多様性は小さなものであると感じます。しかし、多様な方々が住む都市部では、なんと多様な団体、多彩な人々がいることでしょう。今回の事例報告では、ほんとうに多彩な方々のお話しが聞け、刺激をいただくことが多くありました。

 ところで、私は最初の「寸劇」が非常に印象に残っています。「子どもを出汁“だし”にすると、活動鍋の味に深みがでる、、、」という事でしたね。確かに本音はそうですね。つまり、子どもは出汁にして、大人を相手にすることが本来の主眼なのでしょうね。ちょっと考えさせられました。


「市民の手で」

自然学校ふる里あったかとお事務局  菊池 美智世

(事例発表者)


 どんな発表が聞けるのだろう?という楽しみよりも、どんな形で講座が運営されるのだろう?という興味を強く持って参加しました。今回は「市民」が中心となって企画したと聞いて、正直想像がつかなかったからです。

 実際に参加して良かった点は

アットホームな雰囲気

手作り感覚

他のグループと打ち解けやすかった  

点が挙げられます。

 反対にこれからの課題であろう点は

コーディネーターが不在に近かった(もしくはもっと介入してほしかった)

テーマが多岐に渡り過ぎ、視点がぼやけてしまった

講座で得たことが広範囲にわたるため、地元に帰ってから実際に生かしにくい

ということを感じました。

 たとえば「環境」「自然」「住民参加」「教育」などの大きな視点が入ればOKとするならば、かなりコーディネーターの力量が必要になるのではないでしょうか。これを「水」「森林」「総合学習」「ボランティア」など、もう少し絞った視点で召集していただけると今回と全く同じグループが参加したとしても共通点が見出しやすかったのではないかと感じています。

 しかしながら、今回参加して、とてもよかったと思っています。ボランティア団体を運営したり先進的なことを進めるということは結構しんどいものです。今回のような「場」で発表することで自分達自身の活動を見つめ直すことができたり、他グループの発表を聞いて励まされました。また、「市民の手で」運営された講座ということで、日本もまだまだ捨てたものじゃないなぁと勇気づけられます。このような「場」が日本全国で行われれば、本当の住民参加のまちづくりも遠い日ではないかもしれません。スタッフの方は大変な苦労をされたと思いますが、私たちの未来のためにも、もう一肌脱いで下さいますよう、心からの感謝とともにお願い申し上げたいと思います。


 

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